旅する蜂ブログ

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母なる地球を、自然を愛する!!

小屋を建てる地

 

 僕は自転車から降りて辺りを見回した。滅多に車の入らない地は静けさに満ちていた。川の流れる音が絶えず響き渡り、気分を静めてくれる。この場所を訪れるのはこれで3度目だった。訪れる度にこの場所が好きになってゆく。  


 そこは、部落から100m程離れた山に囲まれた地。かつてそこではイワナの養殖を行っていたそうだ。もう使われなくなった古い小屋が寂しそうにポツンと建っている。僕は佇み、この場所にどういう空間を作ろうか・・・想像を膨らませた。  

 すぐ近くには澄みきった水を湛えた川が流れ、その川から引かれた水が小川となって荒れ地を流れている。川にはイワナがいるそうだ。小屋を解体し、荒れ果てた地を整備。白樺にブナの木を植えて森を作り、木々の間に小川を流せば面白そうだ。森のなかを流れる、木漏れ日に輝く小川。木には沢山鳥の巣箱を取り付けて小鳥を呼び込むのはどうだろうか。鳥の鳴き声に満ちた森。小川が流れる森のなかに建つ丸太小屋!畑も蜜蜂も勿論、木こり仕事で木材を引く小さな馬も飼えそうだ。少し手で掘れば湧き水も出ると言っていた。温泉へも歩いて10分位の距離。今一番の候補地♪  

 

 でも、1つだけ気がかりがある。日当たりがあまり良くないということ。ただそれだけ。 今は除雪車が入らないと言うが、僕が後継者のいないという除雪車のドライバーになって交渉してみよう。 土地の持ち主のおじいちゃんも、小屋でもなんでも好きに建てて良いと口頭で言ってくれている。良い流れ、絶好調! f:id:Yu-Ma:20171119153742j:plain 昔のイワナf:id:Yu-Ma:20171119153658j:plain イワナの住む川 f:id:Yu-Ma:20171119153829j:plain f:id:Yu-Ma:20171119153855j:plain

地球と大地

大地
 
荒野の旅で僕は靴を脱いだ。僕は大自然の中で常に裸足だった。

幼少期、僕はいつでも裸足で過ごしていた。
小学校に上がると、僕は靴を履くようになった。
それ以降24歳まで、僕は靴を履き続けてきた。
僕は幼少期の自然体に戻りたかったのだ。
靴を脱いで外で過ごすことは20年ぶりの事だった。

脱いで初めの頃、足の裏は傷つくばかりだった。
藪の中に入ればバラや松ぼっくりの棘がグサグサと刺さり、鋭利な石で切り傷を負ったりと、なかなか痛い思いをした。
それでも一晩寝ればほとんどの傷が治った。
体こそ万能だった。

日が流れるにつれて、日々、歩き方が変わっていった。それに伴って傷を負うことが減っていった。

どこを歩いても大丈夫だという信頼も待つようになった。たとえ岩場だろうが、藪の中だろうが、森の中だろうが、どこを歩いても大丈夫だという足の裏に対する信頼感。
それでいて出来る限り傷つけず、大事にしようという愛情も芽生えた。
足の裏に対するこの感情は生まれて初めての事だった。
一歩一歩が慎重な足運びとなった。
靴を履いて歩く時よりも時間はかかるけれど、ゆっくり歩くことで見られるものが多くあった。
 
 大地は生命で満ち溢れていた。
 芽吹いたばかりの小さな草
 長い年月をかけて作られた小石や流木
 静かに生きる苔
 川の中を歩けば、風と波が作った隆起が川底にある。
 
靴で大地との繋がりを遮断せず、裸足だからこそ、感じられるものが多くあった。
陰で湿った地は冷たく、キンと冷え、その後で太陽に照らされて渇いた地を踏んだ時の喜び。
森の地面を覆う、厚い苔を踏んだ時の気持ちよさ。
尖った石の上を歩いた後に、柔らかい土を踏んだ時の安心感。
地球は裸足を介して感情を揺さぶってくれる。
大地に平らな所などどこにもなく、どこもデコボコしている。
そのデコボコ、どんなに小さなデコボコにでも物語が詰まっている。地球が作った物語だ。 

岸辺はどこも動物の足跡だらけだった。
熊に狼、キツネにムース・・・中には小さな可愛い子供の足跡もある。
彼らは輝く夕日や朝日を見ながら歩いたのだろうか。
真っ暗闇の中、星やオーロラを見ながら歩いたのだろうか。
いつの日か、彼らが歩いた道を僕は歩いてゆく。
足跡を辿りながら歩いていると、すぐ目の前に、歩く彼らが見える様だ。

ふと僕の足が止まった。狼や熊の足跡に苔や草が生えているのだ。
他の地には生えていない苔が、足跡に寄り添うように。
その足跡を見て、僕は映画「もののけ姫」のあるワンシーンを思い出した。
シシ神様が森の中を歩く時、足を着けた瞬間にその場所から草木がニョキニョキと生えてくるワンシーンだ。
苔の生えた足跡は、川に沿って岸の上をどこまでも、はるか先までずっと伸びていた。
まるで動物達が大地に生命を吹き込んでいるかのように・・・

僕はハッとなって振り返った。大地には僕が付けた足跡が続いていた。
いつでも動物達の足跡は美しいと思っていた。
人間の裸足の足跡も美しいとその時初めて思った。
いつの日か僕の足跡にも苔が生え、草が育つのだろうか。
日本から海を越えて遥か遠くの地、ユーコンの荒野に付けた生命の足跡。

僕は裸足で大地を踏むとき、それがどこの地であろうと、ユーコンの地と繋がりを感じることが出来る。
  足とは地球と繋がることが出来る大切な器官。
カナダやアラスカの町中を裸足で歩いていると人々が目を輝かせて話しかけてくる。
「裸足!!すごいわ、素敵ね!」と。
そして僕はいつでもこう答える。
「地球が大好きなんだ!」
日本に帰り、裸足で外を歩いてみた。人々は変質者を見る様な訝し気な目で、僕を見た。
ある時、散歩中の両親にばったりと出会ってしまった。そしてこう言われてしまった。
「靴を履いてお願いだから。物凄い異様な光景よ」
人と地球との間に、物凄く大きな溝が開いてしまっていることを、僕は強く感じた。僕は再び靴を履いた。
 ※意識が小屋作りにすっかり移ってしまい、本の作成がなかなか進みません♪
 

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静かな生命

 僕はキノコに飢えていた。

 というのも、春~秋の半年間、僕はカナダとアラスカの荒野を1人で旅しており、キノコを殆ど食べていなかったからだ。日本に帰国後間もなく、キノコに飢えていたそんな僕に友人から声がかかった。

会津にキノコ狩りに行かない?」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中には赤に緑、黄色と色とりどりのキノコがニョキニョキと生えてきて、口内にはヨダレがにじみ出た。断る理由も何も無かった。「うわっ、キノコ!!絶対に行きます!!」僕は即答した。

 

 福島県会津高原の檜枝岐村キリンテ小屋に集まった総勢13人の仲間達。泊った小屋は、築六十年を越える囲炉裏がある茅葺の古い家。昔春から秋の間、農作業をするために村人が使っていたそうだ。その殆どが50、60代の筋金入りのご老人ばかりだ。口を開けばもう何ものにも止められない。ゲラゲラと笑い声があっちこっちから戦場の弾丸の様に飛んでくる。長期間1人で荒野を彷徨っていたものだから、久しぶりの弾ける会話に僕は嬉しさを覚えた。荷支度を整え、僕らは3つのグループに分かれてキャンプ場の近くの山や森へと出ていった。

 

 この時期、マムシや毒蛇はもういない。靴と靴下を脱いでザックにしまい、ズボンをまくり上げて木々がうっそうと茂る森の中に、僕は足を踏み入れていった。森は秋色に燃えていた。黄色にオレンジ、赤と、頭上の葉や地面の落ち葉全てが紅葉に染まり、涼しい風が木々の間を吹き抜け、葉が宙で躍っている。透明な水を湛えた小川がチロチロと優しい音を奏でて森の中から流れ出ている。灰色の雲間から一瞬陽光が差し込み、薄暗い森の中、小川が光り輝いた。僕は見とれ、途方もない満足感に満たされた。その後すぐに日差しは流れてきた雲に遮られ、小川は姿を消してしまった。

 今年はキノコが少ないと地元の人達が口を揃えてそう言っていた。確かに歩いていても毒キノコすら殆ど見かけない。(ただ観察眼が無いだけかもしれない)僕らは森の奥へ奥へと入っていった。

歩いていると木々の間に、はるか昔から時代を越えて佇む苔むした大木の朽ち木が見えた。近づくと白く硬いキノコがびっしりと生えていた。名前も何も分からないキノコだった。はるか昔に幸運な種が地に落ち、芽を出してすくすくと成長し、何十年も生きて地球に生命を与え、やがて朽ち果てて今その体を次の生命に受け渡している。美しき生命の流れ。人間の寿命などちっぽけに見えるその壮大な流れに少し触れ、僕は大満足だった。大木の根元を見てみると、赤茶色のかさをしたクリクリのクリタケが数本頭を出していた。僕は出てきたよだれを拭き、プツッとナイフで茎を切って網袋に入れた。よし、今秋一番のキノコだ。

 再び歩みを始める。湿り気を帯びた枯れ葉がひんやりと裸足に心地よい。秋の大地が肌を透して体の中を上がってくる。喉に渇きを覚えた。しぶきを上げて流れる細い沢に入り、顔を突っ込んだ。締め付けるような冷たさに、足も顔も引き締まった。喉を通って新鮮な水が体の渇きを潤してくれた。沢から上がると小腹が少し空いていた。倒木を覆う苔の上に、小さな山ブドウがまるで誰かが置き忘れたようにちょこんと置いてある。小さな可愛い果実を1つ摘まみ、口に入れて噛んだ。プチッという感触の直後、渋みを帯びた濃厚な甘みがじんわりと口いっぱいに広がった。ほっぺたが落ちそうだ。凝縮された森の味。小腹を心地よく満たしてくれた。その近くの太い倒木の窪みを覗いてみると、白い卵が7つ、宝石の様に置いてある。季節外れの卵。もう目前には、雪積る極寒の冬が迫っていた。これから孵化することはないであろう。親が見捨てたのか、それとも他の動物に食べられたのか…不思議な物語が詰まった森の忘れ物だった。

 

 小屋に戻ると、続々とほかのメンバーが戻ってきて、各自獲ってきたキノコをばらばらと出す。ブナハリタケ、ヒラタケ、なめこ、クリタケ…。少しだけ。やはり今年はキノコが少なかったようだ。(いや探し方が悪いだけかもしれない)

 その夜、土砂降りの雨が降り、湿った暗闇が会津を覆った。森のはずれに佇む築60年の小屋の中にはほの暗い光が灯り、静かに薪ストーブのぬくもりが漂い始めた。冬場は除雪機が入らない地にあるキリンテキャンプ場。今年最後のお客さんである僕らに、キャンプ場のおばちゃんが、保存食のブナハリタケをボール一杯分けてくれた。数日前から出始めたというカメムシが、冬眠する為に、小屋の中に続々と集まってくる。何百匹と集まってきた。壁に床に電球に、小屋の居当たる所カメムシだらけ。そんなカメムシに全く動じることなく、僕らの終わることなき大宴会が幕を開けた。天ぷらに、シチュー、鍋と、新鮮なキノコ料理に僕らは胃を躍らせた。

 翌朝、眠たい瞼をこすり、小雨が降る中、小屋のすぐ傍を流れる小川を覗いた。透き通った水の中に1匹のイワナが見えた。雨に撫でられる川の中を気持ちよさそうに身をくねらせている。そんなイワナを見て、僕らは洗剤を使えなかった。あのイワナは、ずっと昔から家の傍に住みついている。おばちゃんがそう言っていた。森の小さく静かな生命。木々は紅葉に染まり、もうすぐ目の前には冬が迫っていた。。

 

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f:id:Yu-Ma:20171108065700j:plain森の中に建つログハウスでやる気のない作戦会議

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ユーコン川・荒野の旅 ~旅の終わり~

 ユーコン川を下り、国境を越えてアラスカへ入る時にやらなければならないことがある。入国審査である。

 カナダとアラスカの国境といっても、川岸の草むらに、棒に付いている小さなユーコンの国旗がぱたぱたと揺れているだけだった。アラスカとの国境とはどんなところなのか・・・ずいぶんと気になっていたのだが、その簡素さに拍子抜けし、僕は写真を撮る気も起らず、特に気にも留めず、国境と思われるところを通り過ぎて行った。あっ、いまアラスカに入ったんだ・・・と。あれほど憧れていたのに、骨を焦がすほどアラスカの地に憧れていたにもかかわらず、いざ入ってみるとなんというあっけなかったことか。

 今となって記憶を探り、日記を見直しながらこれを書いているのだが、果たして立っていたのはユーコンの国旗だったのだろうか・・・なんとも自信が無くなってくる。なんだかアメリカの国旗だったような気もする。そう思うとカナダの国旗だった気もしてくる。でも思い出そうとしても無駄なこと。とにかく日記には「ユーコンの旗がハタハタと揺れていた」とあるので、その時の僕を信じることにしよう。国境にはユーコンの旗が一本揺れていた。

 

 入国審査は、アラスカに入って最初に現れる小さな小さな村、イーグルヴィレッジにて行う。と言ってもその小さな村に入国審査官がいるわけではない。入国審査室(おそらくアンカレッジの空港)へと繋がる電話が村に取り付けられており、それで自己申告をするのである。

 村に着いた僕は早速電話した。

「あの、僕はユーマと言いまして、今カヌーでユーコン川を下ってるんです。6月20日にアラスカに入りました」そこから何処から来たのか、どこまで行くのか、いつ出るのか、パスポートナンバーやらを聞かれる。そして審査官はこう言った。

「じゃあ、あなたのビザは3か月有効だから、そうね、9月の終わりごろまでにアラスカを出てくださいね。出る時はアンカレッジ空港の入国審査室に来るように」

 9月の終わりまで・・・日にちなんてそんなものでいいんだ。なんて大雑把なんだ。ゆるい、これがアラスカなのか・・・と僕は思った。じゃあ9月の終わりごろまでにアラスカを出ればいいか、と。

 

 アラスカのマーシャルヴィレッジで長く滞在している僕は、9月の半ば、ふとなにか物凄い嫌な予感がした。9月の終わりごろって言ってたけど、それは一体いつなんだろうか・・・と当たり前の疑問がその時になってようやく現れた。なんか今すぐ帰らないとダメな気がする!!そんな思いに駆られた。

 福島県の奥会津の山奥の小さな部落の古民家に、老沼さんという師匠(僕が勝手にそう思っている)が静かに住んでいるいるのだが、その師匠は、そのなんとも言えない胸騒ぎを”虫の知らせ” と、そう呼んでいる。僕はまさに虫の知らせを覚え、早急にアンカレッジまでの飛行機の手配をし、今にも墜落しそうなおんぼろセスナに飛び乗って、マーシャル村を発った。9月15日の事だった。

 (僕のユーコン川の旅はこうして終わった)

  べセルという町を経由して、アンカレッジに着いたのは16日の事だった。久しぶりに見るコンクリートの地面、込み合う人の多さ、走り回る車・・・・文明という牙に打ちのめされながらも僕は、早速入国審査室を探した。しかしどこにあるのやら。空港で働く人々に聞いても、さっぱりわからないという。そんなことがあり得るのかと思って何人もの人に聞くも、答えは一緒だった。そしてなんとかこぎ着けたそれらしい答え、「お客様相談室のことかな?」そう言って掃除のおばちゃんがそのお客様相談室とやらへの行き方を教えてくれた。行ってみた。開いてなかった。土日は休みだという。2日後の18日月曜日になったら開くそうだ。

 僕は気持ちを切り替えた。そしてアンカレッジに住む友人・キリスト教の牧師さん(ちなみに僕は無宗教)に電話した。牧師さんと僕はアンビック村で偶然知り合い、「アンカレッジに来た時には是非おいで」と言われていたのだ。

 牧師さんの義理の娘さん・カズエさんは、日本の沖縄から結婚して移住してきた方だった。

 僕はアンカレッジの中心地の住宅街にあるカズエさんのお宅に連れていかれた。ここに寝泊まりすればいいと。お互い全く知らずに出会った、僕とカズエさん。なにがなんだか分からずにとりあえず握手し挨拶した。カズエさんと数か月ぶりの日本語を話した。もうめちゃくちゃな日本語が、僕の口から飛び散った。こんなに日本語が下手になったのは初めての事だった。

 「これは何ですか?」キッチンの大きなざるに広げたあった真っ黒のニンニクがまず僕の目に入った。

「それは黒ニンニクよ!黒ニンニク!毎日食べてるの、作るのよ炊飯器でね!」そう言って、くれた黒ニンニク、チョコレートの10倍濃かった。

「これはガイアの水っていうの、波動が違うのよ波動が」フィルターが特別だというポットの水を入れてくれた。波動・・・

 カズエさんは発酵に物凄く凝っていた。もうキッチンはまるで魔女の実験所みたいだった。

黒ニンニク、EM、玉ねぎとニンニクとリンゴ酢で3週間かけて作ったという超濃厚エキス、ヨーグルト・・・他にも掘れば掘るだけ色んな所から出てくる発酵食品。話を聞けば聞くほど、発酵って興味深いなぁと、僕はどんどん発酵のその深みにはまっていぅった。僕は発酵に、生まれて初めてここまで興味を抱いた。カズエさんのこのお宅に来なければ、ここまで発酵について興味を抱くことはなかったろう。これから発酵もやっていこうと思う。

 

  発酵とは逆にカズエさんはアウトドアに全く無縁の方だった。僕のこれまでの旅の話を興味津々に聞いてくれる。原始人の様な僕が来なければ、アウトドアへの関心は抱かなかったそうだ。

 

 

 話は戻るが、アンカレッジに着いて空港内に居た僕は空いた時間の暇つぶしに、町とその周囲の地図をざっと見た。ふと目が、ある名前に止まった。

”イーグルリバー”

 アンカレッジ郊外に位置する川であった。なんというか、名前の響きが僕の心を瞬時に捉えてしまった。聞くとトレッキングも出来るそうで、もし可能であれば、他は行けなくてもいいけど、ここだけは是非行ってみたいな・・・と心の中で思った。

 そして空港を出、カズエさんご夫婦と会った時に、ご夫婦が僕に言った。

「今日か明日イーグルリバーに行くんだけど、いいかな?」

 僕は即答した。「はい!!!!勿論!!!!」顔はめちゃくちゃ輝いていたと思う。

 なんでも1週間前、カズエさんはスマートフォンの使い方講座に行ってきたそうで、写真の機能の段になった時に、絶好の被写体がイーグルリバーにはある、と講師の人に言われたのだそうだ。それで今週そのイーグルリバーに行くことになったそうだ。

 この時、”巡り合わせ”というものを僕は強く感じた。

 また、カズエさんはその講習でカメラに興味を抱いたらしく、カメラをもう少し知りたいと思ったそうだ。そこへカメラを持った僕が、荒野の奥底から、何処からともなく現れたのだ。巡り合わせだ。全ては巡り合わせ。

 

 紅葉に染まった森に、氷河を抱く壮大な山々を眺めながら車を走らせる。しばらくして僕達はイーグルリバー・ネイチャーセンターに到着した。ここを起点にトレイルを歩くことが出来る。

 僕はサンダルを脱ぎ、白樺の森の中へと続くトレイルを、時間もペースも距離も何も気にせず、何もかも置き去りにし、1人歩き始めた(ご夫婦は僕を置いて一旦帰宅、夕方ごろ再び来てくれた)。持ち物はカメラと水とベアスプレーだけだった。食料は無し。

 地面は腐葉土でふかふかだ。黄色い紅葉の葉が地面に一面に敷き詰められている。豊富にある赤く熟したバラの実やクランベリーを摘まみながら犬の様にふらふらと道草を食い、歩くこと3時間ほど。森を抜けて、眼前に涼しい音をたてて流れる川が現れた。氷河が作り出す清涼なイーグルリバーだ。僕は川岸に腰を下ろして暫くその場を取り巻く自然を思い切り吸った。地球は神聖で、とても美しかった。

 生活道具全てをカヌーに詰め込んで、数か月の川下りは、素晴らしい体験を僕に与えてくれた。そしてトレッキングもまたいいな・・・!!!と改めて思った。

 

 月曜日、空港へ行って入国審査室へ行った。そこでこう言われた。

「あなた、今日の12時までにアラスカを出ないともうここへ来れなくなるわよ・・・12時を越したら不法滞在よ不法滞在・・・。アラスカに入ってから今日がその丁度90日なのよ・・・飛行機のチケットを早くとって出た方が良いわ!!!それに一日1本しか便はないわ、席も空いてるか分からない。早く行きなさい!!!!!」

それを聞いてカズエさんと僕は縮み上がった。もう僕は腹を括った。もしこれで不法滞在扱いになったらアラスカに拒否されているということだ、これ以降もう一生アラスカには戻らないようにしよう、と。でももしアラスカを無事出ることが出来たならば、その時はいつの日かまた戻ってこよう、と。

 ヒッチハイクでのんびりカナダに帰ろうと思っていたのだが、その計画などもう実行不可能。僕は急いでバカ高いチケットを買い、カナダへと帰っていった。

 

ユーコンへ長期間行こうと考えている方へ!

 アメリカのEstaという観光ビザで滞在できるのは3か月ではなくて「90日」です!!それと月によって29日とか31日とか凸凹しているので、入った日から90日後をカレンダーをしっかり見て正確に計算してください!僕の様にがさつにやるとえらい目にあいます。でも時間の流れを感じさせない荒野の大自然にいると、そういうこともなんかどうでもよくなってしまうのも事実。もし行く人が居れば、十分気を付けてくださいね!

 

 何だかパッとしない終わり方だが、ユーコン川の旅ブログは終わりにします♪

これを読んで、一人でも多くの方が今以上に自然に興味を抱き、地球について考え、触れる機会が増えれば、僕は幸せです!

また今回の旅の体験を元に現在本を執筆しており、これから自費出版します!

内容は地球からのメッセージです。

出来ましたらここで連絡いたします。

また今回の旅において、応援してくださった”株式会社モンベル”さん、本当にありがとうございました。

これまで出会った全ての人、人に限らず全てのものに感謝いたします!!!!

どうもありがとうございました!

これ以降のカナダのヒッチハイクの旅や湖の湖畔の丸太小屋での1週間の滞在記など、もし気が向いたら書きます。

では!!

 

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イーグルリバー

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裸足が一番いい!!

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ユーコン川・荒野の旅 ~マーシャル村に捕まる~

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ツンドラの茶を飲みながら沈む夕日を家の前で眺める。
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ブルーベリー摘みの歴史が刻まれた手
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村の近くの湖で釣った夕食の魚、パイク
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ツンドラの丘を背に建つマーシャル村
丘は1000メートル程、5度程山頂を目指すも、情けなくも1度も登れたためしがない。

~アラスカ・マーシャル村の朝~
マーシャル村での僕の1日は、水から始まる。
全ての生物の命の源であり、それ自体が生命である水。まだ村が寝静まっている早朝、水タンクをつめ込んだ巨大なじゃが芋みたいな軍用ザックを背に、村の外れにある森の中へ1人静かに入ってゆき、湧き水を汲む。
雨の日も晴れの日も霧の日も、水を汲む。辺りに気を配りながら。ムースや熊が朝、頻繁に出ると村人が言うのである。
同じ道ではあるが、毎日毎日違った世界を見せてくれる!!そして自分自身も毎日変わって行く。昨日は目につかなかった草が今日見えたり、聞こえていた音が聞こえなかったり、森の中へと続く獣道に不思議と引き寄せられる日など・・・。水を汲んで顔を洗い、倒木に腰掛け、動かず辺りを包む空間に溶け込むの。すると頭は冴え、感覚がどんどん研ぎ澄まされて行く。全てのもの、風、石、水、草木、陽光、自分自身・・・全てが生きていると悟る。朝のこの1時間半程?2時間程?の時間が、僕の最も大好きな時間である。
生命の源であるように、これから始まる1日の源である朝も、水から始まる‼
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~マーシャル村での1日の終わり~
マーシャル村での1日の終わりは森の中で過ごす。
日が傾き空気が冷え込んで来る頃、針葉樹の森でトウヒの木々から葉を、ツンドラの野で草の葉を、川岸で一夜を共にしたいと思う流木を幾つか摘み、拾わせてもらう。
森の彼方へ消え行く太陽を、空にほとばしる優雅な夕日を眺め、やがて世界は暗闇に包まれる。僕は小屋に入り、ツンドラで摘み取った葉でお茶を作り、それを飲みながらゆらゆらと燃える炎を眺める。薪ストーブはゆっくりと部屋を温め、ストーブの上に置かれたトウヒの葉は焦げてゆき、やがてほんのりと香りを漂わす。
部屋の中、僕の体の中も森となる。
流木や木々、草のこれまでの過去に、そしてこれからの未来に思いを馳せ、感謝し、極上の空間が、森が出来上がる。
その心地よい温もりのある森の中で、本を読んでもいいし創作活動をしてもいい。考えに耽ったり、何も考えず、その森の空間を楽しんでもいい。何をするにも、森と過ごす空間は最高である!森と、地球の恵みと共に!!!
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自然との対話は僕にとってどんな遊びよりも楽しく、そして飽くことがない。心を空に純粋な気持ちのみで思想や知識、哲学、金も何も要らない。難しい事は何もなく、誰にでも簡単に出来る!そして日を重ねるごとに自然の奥深さが見に染み、染みれば染みるほど、楽しくなる!!!山登りやスポーツは体の老化と共に錆びて行くが、自然との対話は年を重ねるごとに錆びることなく、研がれて行く。10年、20年、30年後はどんな感性で自然の中で過ごしているのか・・・楽しみである!

PS
気がつけばマーシャル村で、もう1週間以上も時が過ぎていた。それほどこの村が気に入ってしまった。居候させてもらっているマービンおじさんの家での僕の仕事は、主に薪集めに水汲み、料理(もっぱら米料理、時たま虎フグの様な凄まじいブルーベリーパンケーキをこしらえる)である。
日を重ねるごとに色んな物が見えてくる。
自然を思いきり楽しむ僕に村人は、村の娘と結婚してここに住めと言う・・・今まで長く滞在した幾つかの村々で言われ続けた言葉・・・日本でやりたいことがあるのだが、日を過ごすうちに何だかそれもいい気がしてくるのである。若気のいたりである。

ユーコン川・荒野の旅 ~孤独への渇望~

鶏が、けたたましい一声を早朝の冷えきった大気の中にとき放ち、僕は目覚めた。久しぶりだった。鶏の鳴き声で目覚めるのは久しぶりのことだった。目覚めると共に、はるか昔の記憶が芽を覗かせた。幼い頃、祭りのクジを引いたときに鶏のヒナが当たったことがあった。そいつを育て、自由に成長した雌鳥と共に数年間生きた頃の、数々の記憶がバカバカと飛び出てきた。夜明け前の外へ出ると小屋の周囲に広がるツンドラの広大な野を、何匹もの鶏がはりつめた霜をものともせず歩き回り、コッコと草かなにかをついばんでいた。実に良い。実に喉かな朝である。
僕は今、マーシャル村、ツンドラの丘の麓に建つ小さなイヌイットの村にいます。海から400キロ程の距離だろうか。

1ヶ月前、リュービー村を出てから僕は孤独を欲した。誰にも会いたくなく誰とも話したくなくなってしまった。人の姿も声も気配も無い、静かな途方もない孤独を猛烈に欲した。そんな孤独への渇望に、嫌悪感を抱くことなどない。孤独を欲する心をそのままに、それに従って生き、どこへ導かれるのか、何を感じ何を思うのか、孤独にすごし、その先にあるであろうそれがもたらす未知なるものが楽しみであった。孤独への渇望からは冒険の匂いがぷんぷんと匂ってきた。僕はブレーキのぶっ飛んだ特急列車の様に、数々の村を留まることなくすっ飛ばしていった。村に少しだけ足を踏み入れる。すると直ちに、村中を土埃を散らして走る車や4輪バキー、犬の吠え声、そこいらに落ちているゴミが耳に目に入ってきた。あらゆるものが不自然でやかましく鬱陶しく思えた。すると直ぐに僕はカヌーに飛び乗り、静かな川の上へ逃れていった。
それでも特急列車は、時に停車するものである。アンビックという村がそれであった。支流・アンビック川沿いに建つこの小さな村には、他の村々と違って、圧倒的に木々が多かった。村の家々は森の中にポツポツと離れて点在していた。木々の間を飛び回る小鳥たちの姿と声、木々の香りが村に漂い、それらは心と体に心地よく響き渡った。

長い間孤独に身を置くことは良かった。 すぐ目の前に座って見つめてくる一匹の狐と過ごした雨の降る薄暗い森の中。森を抜けて出た広大な湿原で巨大な雄のムースに追い立てられ、逃げ、急いでテントを撤収してカヌー乗った直後、グリズリーの親子に出くわした。すぐ近くに危険があったことをムースに教えられた。フクロウの鳴き声に包まれる満点の星の下、ビーバーの木を削る音と自分の心音を聞きながら過ごした静かな湖畔での一夜。沢の水、木の実やベリー、草の葉を飲み食べ、体の隅々までがすっかり森になった。そんな中で長い間、じっくりとゆっくり思索にふけった。地球について、これからの自身の未来についてあれこれ考えを巡らした。世に溢れるどーでもいい、知る必要も意味もない負のエネルギーで満ちた情報共から隔絶された、静かな世界で考え作った未来には汚れたものも不安も何もなかった。自然と共に生きる未来はただただ楽しく輝いていた。雨に陽射しに風に寒さに・・・荒野に揉まれながらもその中で過ごした孤独の時は実に素晴らしかった!自然の中で生きることへの大いなる喜びを、与えてくれた!
※孤独孤独孤独と連発してはいるが、実際は孤独ではない。なんという言葉が適しているのか分からないが、それに近い言葉の気がするので孤独と言っている。

今はマーシャル村。2日前に着いたときに愉快で陽気なおじさん家族に捕まり、ツンドラの中へ連れていかれ、鶏と共にもっぱらブルーベリーと湧き水 を食べ飲んで生きている。
もう少ししたらUSのビサが切れてしまう。そろそろ荒野を出なければならない。大きな文明へと戻るときがもう近く迫っている。

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夕暮れ、炊き上がるのを待つ間の読書

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すっ裸で川岸のクランベリー摘み、そのあとは川の中へ
写真のために服を着ている

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3時間に及ぶサウナ
この間に体の水分が殆ど入れ替わった気がした

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アンビック村でインディアンと共に大鹿ハンティング
人に悲しみと喜びを与える死とを見た

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マーシャル村
25年の人生で食べた以上のブルーベリーをこの日集めた
それほどブルーベリーとは縁がなかったこれまでの人生
だがブルーベリーを食べなくても全く問題なく生きてきた
必要としなかったし食いたいとも思わなかった
美容・健康等といって空気と水等を汚しながら世界中から引っ張ってくる食物に溢れている日本、日本に限らず他国も同じ・・・
が、それらは本当に健康なんだろうか、必要なのだろうか・・・地球にとってはどうなんだろうか?地球を汚してまで自分の健康の為と食べるとは・・・地球は生みの尊い親であり、そして自分自身でもある
欲にのまれて外に外にと目を向けずもっと足元をみれば、身近にもっと良い食べ物は沢山あるだろう
地球はその地に生きる生き物たちに必要なもの最も有益なものを提供してくれているはずだ
それはでも・・・旅をしている自分にも当てはまった
自分にも言えることであった
様々な感情と思いがブルーベリーを食べて、頭のなかで弾けとんだ

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動物の足跡は美しいといつも思っていたが、人の足跡も負けてなかった
グリズリーと僕の足跡

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月に映え月に吠えるカヌー

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月夜をゆく

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地に生きる鮭

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ユーコン川・荒野の旅 ~探し求めていたものが見つかった~

タナナ村を出てから5日間、空は分厚い雲に覆われ、太陽は姿を消した。降りしきる雨に打たれ続けること5日間。最初のうちは何とも無かったのだが・・・テントも毛布も寝袋も荷物が次々と湿り始め、次第に心も湿り始めた。4日を過ぎる頃になると、もう殆どのものが濡れてしまった。荷物も体も心も・・・全て。乾いているものと言えば、過去、喉をからして酷い思いをした記憶位なもので、僕は濡れてヨレヨレになった藁草のように、萎れていった。こんなに雨に打たれ続けたことは過去になかった。こんなに雨を見続けたこともなかった。流れる川の水面に落ちて消えてゆく雨粒を、微かな感触と共に体に落ちて服を滴る水を、眺め、見続けた。テントに打つ音を、土や水面に落ちる音を、聞き続けた。長い、長い間一人、雨とゆっくりと向き合った。雨とは何なのか・・・じっくりと感じ、考えた。深かった。
ある小さな村の20キロ程手前で、川を流れてゆくひもじい濡れネズミの僕を拾ってくれた男がいた。その男は森の中で一人で暮らしていた。(正確には半年間1人、町で働くのが好きだという奥さんがおり、2週間町で働き、終わったら森にきて2週間一緒に暮らし、再び町へ行くという)夏も秋も冬も春も、雨の日も晴れの日も風の日も、その男は森の中で静かに暮らしていた。その男から貰った一杯の温かいコーヒーと、泊めてくれた丸太小屋の中の一夜・・・それらは極上の味がした!
小高い丘の中にある小さなリュービー村は、今までのどんな村よりも美しく、そして居心地が良かった。
そしてリュービー村を去り、白樺の森の中にあった無人の丸太小屋での滞在で、僕はこの旅で探し求めていたものを見つけた!!!!!!その瞬間、海まで行くという目標はすっかりその意味を重要性をなくしてしまった。途方もない開放感と満足感に満たされ、残りの2ヶ月間をこの荒野の中で存分に過ごそう!!!地球よ、ありがとう!

※これを読んでくださった方々へ。抽象的過ぎて何を言っているのか理解できないかと思います。まだ溢れる思いを文にまとめることが出来ないので、お許しください、御免なさい。

タナナから300キロ程下流のガリーナへ到着!

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タナナ村を去る。
美しい夕暮れ

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錆びて使えなくなったヤカンは、虫除け缶に生まれ変わった。

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タナナ村以後・・・ネッツと呼ばれる日本語で何と言うのか分からない、ブヨの様な吸血虫が何十匹と襲いかかってきた。煙で虫を追い払うも、僕も煙で苦しんだ。

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一夜を過ごした川岸。
そこは生命にみちあふれていた

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熊と僕

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オオカミと僕

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流れ着いた一本の大木が、その後幾つもの流木をせき止めた。この場所に。

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寒い夜、夕食を作ってくれた流木の火の最後の温もりで温まる。
この場所ですぐ近くまできょだいな熊がやって来た。

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お気に入りの場所

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写真を見返して、ゴミがその存在を教えてくれた。

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循環するサケ

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雨が来る

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今までで最も悪かったキャンプ

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誕生日のキャンプ
このあとはどしゃ降り

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白樺の皮は、火の焚き付けに欠かせない

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大好きなリュービー村

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リュービー村で迎えた一夜

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北の地で初めて見た猫のキティ
数年前、ドイツ人女性と共にカヌーで下ってきた。
そしてその女性にこのリュービー村で捨てられてしまったそうだ。
不思議な力をもったインディアンの女性の家にて

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色んな事を教えてくれた、森の中の無人小屋

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はるか下流の前方で老人が僕を待っていた

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老人の名はフィル、77歳だ。
川の上で乾杯した
巨大な脚が、フィルと僕の船を結ぶロープだった

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静かな支流へそれる

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夜中のスプルースと白樺と雲

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メモ帳。
僕の字は汚い。
しかし、早く書ける。
どんどん溢れでてくる言葉をこぼさず書き留めるのにこの字体は最適。
小中高の学校時代、先生達に字が汚なすぎる練習をしなさいと言われ続けたが、それをことごとく無視してきた。それで良かった!このままでいい、この字こそが自分が必要とするものであった。
※手紙は丁寧に書きます