旅する蜂ブログ

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母なる地球を、自然を愛する!!

小さな車の鍵を巡る、小さな男達の物語

8月7日日曜日、男は疲れ果てていた。
時間は深夜の11時30分を過ぎている。普段ならばもう寝ている時間だ。
眠気で頭がクラクラとするし、体は鉛の様に重い。
出来ることなら座りたい。座って眠りたい。
だが周りは人だらけ。座れる席など席など無い。
座って眠る・・・満員電車ではそれは叶わない儚い夢。
だがあと少しで最寄駅に着く。あと少し・・・。

ダメだ眠い。
男は立ったままドアに体を預け、目を閉じて顔を下へ向けた。
そうすることで直立よりかは少しばかり眠りやすそうだったから。
次に男は手の置きどころに困った。眠るにあたってブラブラする手が気になるのだ。
男は手をズボンのポケットにするりと突っ込んだ。
体は安定し眠れる態勢が整った。
これで10分ばかりの移動時間を眠ることが出来る筈。

しかしそれは違った。
ポケットに突っ込んだ手の指先が何かに触れた。
5cm程のプラスチックの塊だ。
家の鍵・・・?いや違う。この感触は鍵ではない。
財布・・・?いや違う。財布はもっと大きくて柔らかい。

なんだろう?そう思いその物体をポケットから取り出した。
それを見た瞬間、男は愕然とした。
思考は停止し目の前が真っ暗になった。

手に握られているものは車の鍵だった。
それも友人・ボイの車の鍵・・・。
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一体俺はなんてことをしてしまったんだ‼
眠気は一瞬で吹き飛び、代わりに焦りと後悔の念が嵐となって男を支配した。

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「凄まじい渋滞だこりゃ・・・」男は言った「車が全く動きゃしねぇ!」
「ああ本当に凄い渋滞だ。王子駅に着くのは23時を過ぎそうだな」ボイが言った。

8月7日(日曜日)時間は8時を過ぎ、外はもうすっかり暗くなっている。
男とボイ達は土日を使い山梨県でクライミングをした。
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その帰宅時、彼らは渋滞にはまってしまったのだ。
上りの中央道は帰宅ラッシュ。
車の光が点々と光り、遥か先まで線となって続いている。
車は少し進んでは止まり、しばらくして少し進んではまた止まる。

男は助手席に座り動かない外の景色をぼーっと眺めていた。
運転をしているのは仲間のボイ。首をグルリグルリと頻繁に回し、眠気と戦っている。
車は相変わらず動かない。渋滞は酷いものだった。

9時を過ぎた頃だった。
「あぁもうダメだ眠い、運転交代!」ボイが男に言った。
「了解!次のパーキングで交代だ」

パーキングに車を止めて2人は席を交代した。
「はいこれ、車の鍵ね」
助手席に座ったボイは男に車の鍵を手渡した。
男は受け取った鍵をポケットに入れ、エンジンをかけた。
ボイは疲れて萎れた草の様にへなっている。

そのあとしばらく車内は静かで暗かった。助手席に座るボイはスースーと寝息をたてて眠っている。
前を走るワンボックスカーの赤いブレーキランプが男の目を照らし続ける。
静寂が続き、しばらくすると男は耐え難い眠気に襲われた。
気を抜くとまぶたがフッ・・・と落ちてきて、目の焦点も定まらなくなる。
なんとか眠気を振り払おうとハンドル一杯まで体を前のめりにし、再び椅子にもたれかかる。それを何度か繰り返し、ほっぺを左手でバチバチとぶっ叩いた。ジンジンと痛みが走り眠気が少しばかり和らいだ。だが眠気は直ぐに舞い戻ってきた。
意識が一瞬遠のきハンドルがぶれた。車は進行方向を逸れて壁に向かって進み、ぶつかる直前で男はハッと目を覚ました。
「あーねみぃ、眠すぎるぞ!!なぁおいボイ!眠すぎる」男は悲痛な声をあげた。
ボイは目覚めた。
「このままだと前の車に突っ込んじまいそうだ、いや突っ込む、絶対に突っ込むぞ」男は言った。
「運転を見れば分かる!危ないな!次のパーキングで交代だ!」
「パーキングまで7キロある」
「7キロだ、あと少しじゃないか頑張ってくれ」
「前を走るあの黒いワンボックスカー・・・あの運転手はぶったまげるだろうな。いきなり後ろから突っ込まれるのだから。俺はこのままだとドンという音と衝撃、それに絶望をワンボックスカーへ届けちまいそうだ。そしてこの中央道に新しい混乱を巻き起こし、これからこの道はもっと酷い渋滞に陥るぞ」

ボイは顔をこちらに向けた。
「妄想が過ぎるぞ、安全運転で宜しく」
「冗談だよ!!でも今にも眠りそうだ。頼むから話しかけ続けてくれ。そうじゃないと前の車に突っ込んじまう」

「分かった。話しかけ続けるからあと7キロ踏ん張ってくれ、衝突は勘弁だ」ボイは言った。「明日は仕事?」
「そうだ明日は仕事だ仕事!眠気と格闘しながら仕事だ。ボイは?」
「俺も仕事だぁ」

ようやくパーキングに車を止めて男はボイと運転を代わった。
男からは緊迫感が消え、安心感に包まれた。
鍵は男のポケットに入ったまま。

車は再び、渋滞の中へ突っ込んでいった。
夜の中央道を東京へ向けてゆっくりと進んでゆく。

王子駅に着いて千葉の家に帰るのは12時を過ぎちゃうなー・・・今日は帰ってから洗濯をしなくちゃ」ボイが言った。
「これから洗濯?そんなの明日やりゃあいいじゃないか」
「今日やらないとダメなんだ、明後日にはまた山に行くからな」
「そうか・・・それにしても酷い渋滞だ。」

男とボイを乗せた車はノロリノロリと夜の中央道を進んでゆく。



そうして王子駅に着いたのは23時過ぎだった。
男の眠気はピークに達していた。
「お疲れ、ありがとな!千葉まで気を付けて」男は声を振り絞った。
「おう、こちらこそありがとう。また山へ行こう!お休み」

男は向きを変え、重いザックを背負い駅へと向かって夜道をトボトボと歩いていった。

男が去った後、ボイはタバコを一本吹かして車へ乗り込んだ。
ブレーキを踏んでエンジンボタンを押す。

しかし車のエンジンがかからない。
あれおかしい、そう思いもう一度ボタンを押した。
車はやはり動かない。
ハザードランプのチカチカチカと点滅する音だけが鳴り響く。
あとは静まり返っている。
ボイはイライラしながらな何度も何度もボタンを押した。
結果は同じだった。
車は眠りから覚めない。

「あいつ・・・鍵を持っていったな」
慌ててポケットから携帯を取り出したボイは男に電話をかけた。
「お客様のお掛けになった電話番号は現在電源が入っていないか、電波が届かないところにあります」
男の携帯に繋がらない。

ボイは曇る気持ち胸に車を飛び出した。
駅の方を見るが男の姿はない。
もう一度電話を掛けるが・・・やはり繋がらない。

「あいつ・・・携帯の電源を切ってるのか?」
その後ボイは全身に冷や汗をかきながら男に何度も何度も電話を掛けた。




ザックを背負った男は思い足取りで電車に乗り込んだ。
駒込で降りて電車を乗り換え、新宿へ向かった。
頭のなかは眠ることだけしか無い。
重いザックから解放され、シャワーで汗を流して布団へ飛び込むのだ。
体を伸ばし、安堵と幸福に満ちた世界へ入ってゆく。絶対に気持ちいいぞ!!男は眠ることだけし考えていなかった。




ボイはその間も男に電話をかけ続けた。
いくらかけても男は出ない。
時間は刻一刻と刻まれてゆく。
「オイオイオイオイやばいやばいぞ、何で出ないんだくチクショウ!」
ボイは苛立っていた。
目の前のコンビニからおじさんが出てきて店の前でタバコに火をつけた。
フーと煙を吐き出して静かにビルの上方を眺めている。

「あぁもう!!」
ボイが堪らず叫んだ。
おじさんはボイに視線を移し無感情な眼差しで眺めた。そのあとおじさんはタバコの煙を吐き出して再びビルの上方へ視線を戻した。

ボイは何人もの仲間に電話を掛けた。
男に電話をするように伝えた。
しかし、返ってくる言葉はみな同じであった。
繋がらない。
「このままじゃ帰れない、仕事にも行けないじゃないか!!!」
ボイは怒った。
静まり返った社内にチカチカチカとハザードランプの点滅音が鳴り響くいている。
おじさんはタバコの火をもみ消して暗い町へと静かに消えていった。




男は新宿で降りて電車を乗り換えて喜多見駅を目指した。
車内は満員、頭の中は相変わらず眠ることだけ。

そしてもうあと15分程で到着するという時だった。
男はポケットの中から出てきた小さな車の鍵を見て絶句したのだった。

男は慌てて携帯を取り出すが電池が切れている。
今頃Hさんは焦っているに違いない。
いや、怒り狂っているに違いない。
男の頭の中は罪悪感と後悔で一杯になった。

代々木上原に着くと同時に電車を飛び出した。
時間はもう11時半・・・まだ王子駅まで電車は出ているのだろうか?
男はサービスカウンターまで飛んで行った。
乱れる息のなかで尋ねた。
「まだ王子駅まで行けますか?間に合いますか?」
王子駅ですか。ちょっと待っててください・・・えーと・・・でも王子まで行ったらもう帰りの電車は無いですよ?」
「構いません!!!帰れなくても王子駅まで行ければいいんです!」
王子駅に舞い戻り、終電が無くなって今夜は道端でゴミのようになろうが構いやしなかった。
ボイの悲惨な状況を考えれば終電を逃して何処かで野宿になろうが構いやしなかった。
今頃ボイはコンビニの店員に注意され、警察に注意され、帰れずに絶望に陥っている筈だから。

「分かりました。ちょっと待っててください」
そう言って駅員は分厚い時刻表の本をペラペラとめくりだした。
時は刻一刻と刻まれてゆく。
「47分の電車に・・・あ、今もう出ちゃいます!走って下さい!!新宿まで行ってそこから埼京線で赤羽まで行って・・・」
僕は最後まで聞かず「ありがとうございます」とだけ残して階段を駆け上がった。
今にも出てしまいそうだった電車に乗り込むとハァハァと息が乱れていた。
車内で乱れる僕に対して回りの冷たい視線・・・。
「あの・・・すみません。電話を貸してください!友達の車の鍵をもってきてしまったんです。でも携帯の電池がきれてしまって連絡が取れないんです。電話をどうか貸してください!」
見ず知らずの兄ちゃんに男は嘆願した。
「使って下さい!」
兄ちゃんはなにも言わず貸してくれた。
しかし・・・電話番号が分からない。
急いでヤフーメールに送られていた登山計画書を見ようとするがヤフーの暗証番号をがあやふやだ。
何度も間違えてログイン出来ず。
何とかログインし電話番号を確認する頃には電車は新宿に着いてしまっていた。
男は携帯を返してお礼を言い、埼京線まで全力で走った。
ホームでハァハァと乱れる男に対して回りの冷たい視線・・・。

男は一番近くにいた化粧の濃い姉ちゃんに言った。
「友達の車の鍵を・・・携帯を貸してください」
しかし姉ちゃんの目は不審者を眺めるような冷たいものだった。
男はあっさりと断られてしまった。
男は嘆く暇もなく近くにいた青年に切り替えて再び嘆願した。
しかしこれもあっさりと断られた。
この国はなんと冷たい国なのだろうか‼‼

電車が来た。満員電車だ。
男は乗り込んで目の前に居た若いサラリーマンに嘆願した。
サラリーマンは言った。
「そうなんですか・・・好きなだけ使って下さい!」
この国はなんと親切な国なのだろうか‼‼

「もしもし?本当にごめん。車の鍵を持っていっちまったよ・・・本当にごめん」
「大丈夫だよ、今親父がスペアキーを持ってきてくれるから。あと20分ぐらいで着くはずだよ」
ボイの声は落ち着いており、何事もなかった様な口振りだ。
「来週の例会にはくるでしょ?そんときに鍵は渡してくれればいいからさ!心配しないで」
「本当にごめん。今度この償いは必ずするから」
「いいよそんなの!ビール一杯おごってくれるだけでいいよ!」

男は電話を切り、サラリーマンに携帯を返した。
「大丈夫ですか?」心配そうに男に話しかける。
「大丈夫です、助かりましたありがとうございます!これ、電話代です、気持ちですから受け取ってください」
小銭をサラリーマンに向けた。
「そんなの要らないですよ!!友達が助かった。それだけで十分ですよ!」
サラリーマンは笑みを浮かべて微笑んだ。
男の涙腺は潤んでいた。
周りの人は2人のやり取りをじっと眺めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・


これを書き終えた僕は小さな小さな車の鍵を眺めた。

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この小さなプラスチック・・・握りつぶせば簡単には壊れてしまいそうな小さなプラスチック。
だがこんなにも小さなプラスチックには大きな力が秘められている。
その何倍何千倍もの重さと大きさの車を動かす力を。
そして8月8日にこの小さなプラスチックは車を動かすだけにとどまらず・・・2人の男に嵐を呼びこんだのだ。
次はいったいどれ程のものを動かすのだろうか?
この小さなプラスチックは・・・・

車の鍵を見つめながら、
僕は心のなかで思い切り叫んだ。
「俺のくそバカ野郎!!!!」

※ボイとは現実の当人の名前ではありません。僕が勝手に考えた名前です。