森の中の化け物。
奴らに囲まれた時、俺は悟った。
俺の命ももうここまでか・・・。と
奴ら恐ろしくでかかった。
今まで見た生物の中でも、こんなにでかいものは見たことが無い。
俺の体の何倍・・・いや何十倍もあった。
見上げるとそれはまるで大木でも見上げている様であった。
長くて太い2本の足に支えられた体は細長く、腕が両脇にぶらりと垂れ下がっていた。
顔は平たく、頭の上には草の様な黒いものがもしゃもしゃと生えていた
化け物・・・まさしくあれは化け物だ!
奴らは小さな俺を取り囲んだ。
俺はもう悟ったよ。
何をしてももうダメだ、俺の命ももうここまでか・・・。と
それは9月4日の朝だった。
その日、俺達の住んでいる山には雨が降った。
雨は俺達にとっては無くてはならないものだ。
久しぶりの雨は、乾いた土を、乾いた空気を、乾いた俺達の皮膚を濡らしてくれた。
しとしとと降りしきる雨は心を躍らせ、俺は土から這い出ずには居られなかった。
腹に伝わる濡れた落ち葉のひんやりとした感触、体に滴る水滴の心地よさ、息を吸うと湿った空気のなんと美味い事か!
雨は俺達“カエル”には無くてはならないものだ!
俺は森の中をビョンビョコとはしゃいで飛び跳ねて回った。
それは突然だった。
俺は恐ろしい気配を感じた。
巨大な何かがこちらに近づいてくるのだ。
しかも一匹ではない。
何匹もいる。
群れでやって来る。
ズシンズシンと腹から伝わる地響き、ザッザッザッザッと地面を踏みつける足音。
恐ろしい速さでこちらに近づいてくる。
鹿でもない、タヌキでもない、猿でもない…
ものの数秒で奴らは俺の視界に入って来た。
奴らは一列に列を成して、こちらにやって来た。
恐ろしかった。
あれはまさに化け物。
今まで見たことの無い巨大な生き物。
俺は奴らの余りの恐ろしさに耐えきれず、その場から逃げようと渾身の力で飛び跳ねた。
しかしそれは間違えだった。
俺の体は茶色い。
その場でジッとしていれば奴らは土と同化した俺に気が付くことなく通り過ぎていったことだろう。
俺の渾身の飛躍は、歩く奴らの足を見事に止めてしまった。
奴らは物珍しそうにジロリとこちらに目を向けた。
そしてあろうことかこっちに歩み寄ってきやがったんだ。
俺は逃げた。今まで苦労して食った虫達のエネルギーを使い、あらん限りの力を振り絞ってビョンビョンビョンビョン飛んで飛んで飛んで・・・飛びまくった。
息が切れた。
小さな心臓が弾けんばかりに爆動した。
どれぐらい飛び跳ねたのか分からないが・・・俺の必死の逃亡も奴らの大きな一歩にはとても敵いやしなかった。
奴らの巨大な足が一瞬で俺のゆく手を壁の様に阻んだ。
気が付くと左右、後ろ、どこを見ても巨大な足が俺を囲っていた。
奴らは俺をとり囲んだんだ。
奴らの全ての目が俺に向けられた。
気味の悪い言葉を何やら発していた。
食っちまおう・・・丸飲みだ・・・焼いちまおう・・・踏みつぶしちまおう・・・早く捕らえるんだ!
何を言っていたのか分からないが俺に対して話し合っていることだけは明らかだった。
もうここまでか・・・奴らに全てを奪われる。
恐怖でもう体は動かなくなっていた。
奴らの一人が持っている棒の先を俺に伸ばしてきた。
あぁついに来た・・・あの野郎は・・・俺をあの尖った棒で突き刺すつもりか・・・
だが奴は突き刺さなかった。
棒の先を俺の腹の下に潜り込ませ、俺の体をひっくり返したんだ。
俺はデーンとひっくり返った。
もう奴らに対して抵抗しても無駄だ、いくら飛び跳ねようと奴らの包囲網からは抜けられないであろう。
奴らがもし心を持つ生き物であればきっと無抵抗の俺を逃がしてくれるはず・・・。
俺はひっくり返ったまま動かなかった。
それがその時俺が思いつく限りの唯一の生き延びる手段だった。
奴らはそんな俺を見て、ケラケラ笑った。
惨めで、哀れに見えたのだろう。
奴らは俺のひっくり返った姿を見て笑ったんだ。
俺はピクリとも動かなかった。
奴らの何人かがしゃがんだ。
細い棒でつんつんと無抵抗の俺を突いてきた。
黒い物体が、俺に向けて、カシャカシャと音を立てていた。
一体何をされているのか分からないがもう生きた心地がしなかった。
だがしばらくすると、奴らの一人が一言声を発した。
その声と共にとしゃがんでいたものは立ち上がり、全員俺に背を向けた。
そして四方を取り囲んでいた巨大な足の包囲網が解かれた。
奴らは俺の元から去って行った。
ズシンズシンズシンズシンと地響きを立てながら、ザッザッザッザッとバカでかい足音を立てながら・・・。
その恐ろしい後姿はあっという間に森の中へ消えて行ってしまった。
俺はもう2度と奴らに出会いたくない。
あんな恐ろしい体験はもうこりごりだ。
だが羨ましくもあった。
奴らのあの巨体であれば、まだ俺の知らない世界へ行けるのだろうから。
いつも見えるはるか先のあの山を越え、いくつもの川を越え、どこまでも歩いてゆけるのだろう。
俺のこの小さな体ではこの山から抜けることだけでも困難だ。
いつかこの山を抜けて、この小さな世界から抜け出して俺の知らぬ広い広い世界を見てみたいものだ・・・
突然現れた奴らは俺に恐怖と憧れを与えてくれた。
いつの日か聞いたことがある・・・
この世界には人間と言う巨大な生き物が居るという事を。
奴らがそうだったのかもしれない・・・。
語り