救われた人生
山には秋が来ようとしていた。
木々の葉が少しずつ赤く、黄色く色づき始め、どこからか涼しい風がサワサワとやって来る。
燃える様な夏を耐え忍んだ山に住む生き物たちは、心地よい森の中で踊り、歌い、秋の到来に心を躍らせる。
そんな陽気に溢れる森の中に、一筋の苦しそうなうめき声が響き渡っていた…。
「うう…ううぅ…ううううぅー…」
それは一本の木であった。
まだかすかに息はあるが、彼の体はもうほとんど腐りかけていた。
皮は剥がれ、枝は折れ、葉はほとんど枯れて落ちてしまっている。
恐らくその体では、もう彼は今年の冬は越せないであろう…。
そんな死にかけている彼に、おいらは寄生した。
足を彼の体の中に突っ込み、チューチューと栄養を吸い取った。
彼はまだ生きているのに…まだ朽ち果てていないのに…
おいらは容赦なく彼の体を分解していった。
生きながら栄養分を吸われ、分解される苦痛に耐えきれず彼は耐えずうめき声をあげた。
「うううぅ…まだ僕は死んでいないよ…。頼むからまだ僕に生えないでくれ…」
その悲痛な訴えに応えることは出来ない…。
それがおいら達“キノコ”の生き方だから。
周りの生き物たちはそんなおいらを見て口々に蔑み、非難した。
なんて奴だ、悪魔の様な奴め、情けというものは無いのか…
おいら達キノコはいつもそうだ。
醜い見た目から、皆にはいつも気持ち悪がられ、引かれ、邪魔者扱いされてきた。
何度汚く、酷い言葉を浴びせられてきたのだろうか…。
おいらの心はもうズタズタだ…。
見た目を良くしようとおいら達の先祖は昔より、体の色を鮮やかにしてみたり、面白い形にしてみた。
けれども、それは全くの逆効果だった。
なにあの色は…、不気味な形…、うぇ~うぇ~…
ただ嫌われることに拍車をかけただけだった。
それでもおいらは自分の役目を全うする。
朽ちたものを分解し土に返すのだ。
いくら非難されようと、酷い言葉を浴びせられようと、それらに耐え、朽ちたものを分解してゆくのだ。
本当はおいらも秋の到来の喜びを、森の皆と分かち合いたい。
歌いたいし踊りたい…
屍や死にそうな者に寄生をするよりもそっちの方が楽しい筈だから…。
うめき声をあげて苦しむ彼に、おいらは心を痛め泣きながら寄生した。
おいらの人生はなんて悲しいのだろうか…。
非難され、罵倒を浴びせられ、今の様に死にかけている彼に苦痛を与える…おいらの人生はなんと悲しいのだろうか…。
おいらの心はもうズタズタだ…。
そんな悲しいおいらの人生をぶっ壊し、変えてくれた者達がいた。
彼らは心地よい太陽の下、陽気に話し笑い合いながら、歩いてやって来た。
数メートル程の距離になった時、彼らの1人が声をあげた。
「あ、ヌメリスギダケだ!!」
彼らは一目散においらの周りに集まって来た。
そして物珍しそうにじろじろと眺め、口々に言い合った。
「美味そうだー!!あぁー腹が減って来た!」
そんな言葉を聞いておいらはゾッとした。
抵抗する術も無くおいらはナイフで切りとられ、そのまま袋に詰められた。
ザックの中に入れられた。
そこは暗くて何も見えず、これからどこに連れていかれるのかも分からず恐ろしかった。
数時間後、ザックが開かれ暗い空間からようや出られたかと思うと次には、おいらはフライパンでグツグツと煮られていた。
体はとろけ、ヌルヌルの体液が溶け出していった。
数分でおいらは煮えたち、周りに芳醇な香りを放っていた。
おいらは、我先にと箸で突いてくる彼らに食われていった…。
おいらの人生が終わる瞬間に聞いた言葉や彼らの顔をおいらは忘れもしない。
おいらを食べる時、彼らは皆、美味い‼と言い、顔には幸せが溢れていた。
それを聞き目にし、どれだけ救われたことか…
おいらの人生は悲しいままで終わることは無かったのだ。
その後、山の中にはいつまでもいつまでも楽し気な笑い声や、話し声が響き渡っていた。
語り
金峰山に生えていたヌメリスギタケより。