旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

東北・会津に佇む地味な山。その名も三岩岳!

 10月1日、初秋の会津は灰色の雲で覆われていた。穏やかな陽光を浴びることが出来ず、ブナの木々達はなんだか悲しそうに枝葉を垂らしている。僕ら3人はそんな生い茂る木々の下を通り、山の上へ上へと目指して歩いてゆく。

標高2,000m程の三岩岳。この山のすぐ近くには名高い尾瀬があり、多くの人はその有名な名に気を引かれ、この三岩岳には見向きなどしないかもしれない。標高もそれほど高くはなく一般的にみれば地味な山だ。しかし、そんな人をあまり引き寄せない山を僕らは登っている。空はどんよりと曇り、天気予報は雨が降ると予測していた。登山にはあまり向かない天気の中を登っている。目的は美しい景観でも、紅葉でも、山頂を踏むことでもない。木にょきにょきと生えるキノコが僕らの目的なのだ。だが、僕個人の目的はキノコでもなんでもないのである。

 傍から見れば夫婦とその孫、そう見えることだろう。僕と、一緒に登る他2人とではそれ程年がかけ離れていた。歩くスピードもその2人に合わせてとてもゆったりとしていた。ズカズカと歩かない分、それだけ周りに目を配ることが出来る。「姿勢を低くして下からすくい上げるように見ながら歩いてごらん?それがキノコを見つけるコツだよ」そう説明してくれるのは僕の3倍近くも生きている女性だ。道の両脇に生い茂る藪、その中に佇む朽ちた木。その朽ちた木にひっそりと生えるキノコを、それらは目を凝らさなければ容易には見つけられないのだが、彼女はそれらを次から次へと見つけてしまうのだ。「あ、あそこにあったわ!よし八須君出番よ!いってこい」キノコを見つける度に彼女はそう言い放ち、それを受けた僕は犬の様に藪の中へ突っ込んでキノコを採って来る。あっという間に袋はキノコで満たされた。

 

   標高が上がるに従いブナの木は姿を消し、代わりに針葉樹が現れた。キノコも同時に姿を消した。僕らは黙々と歩き続ける。晴れていれば所々開けている場所で遠く貫く山々を一望できるのであろうが、ガスで充満していたこの日は辺り一面真っ白。何も見えない。展望も何も無かった。最近降った雨で土はぬかるみ、足は泥だらけ。それでも僕は落ち込むことも気を悪くすることも全くない。歩を進める度に新しい発見があり、心が躍っていった。ふと立ち止まり、しゃがんで足元に広がる水たまりを眺めてみる。一匹のアメンボが、人であれば落ち込む様な曇った天気の中でも元気よく気持ち良さそうに泳ぎ回っていた。もっと目を凝らして水の中を見てみると、なにやら5mm程の細長いものが蠢いていた。筒状に丸まった落ち葉がひとりでに動いているのだ。よく見ると芋虫が筒の端から少しだけ顔を出し、もそもそと水底をのんびりと散歩していたのだ。

 

  その日の夕食はその日採れた新鮮なキノコ料理だ。塩コショウで炒めれば肉汁の様な汁を楽しめ、味噌と煮れば深いダシを堪能することが出来る。

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翌朝も変わらずどんよりとした空が広がっていた。三岩岳山頂を踏み、僕らはすぐ隣に隣接する窓明山を目指してゆっくりと尾根を歩いてゆく。

途中、上りが増えて2人が息を上げた。歩く速度も極度に落ちてゆっくりゆっくりと歩いてゆく。そうして足を止めて尻を着いて休んでいる時だった。近くでバキッと木が折れる音がした。咄嗟にその音の方を見るも、生い茂る藪で何も見えない。風で倒れたのかな?そう思うも続けてバキバキッと音が鳴った。藪の中をガサゴソと枝葉をかき分けながらこちらに真っ直ぐに向かってくる。シカ?シカかな?そう思ったが、シカにしては重量感がある歩き方だった。「聞こえますか?この音!」他の2人にそう尋ねるが、音が聞こえないのか「え、何が?」と全くの無関心。その間にも何者かがこちらに近づいてきていた。ガサゴソガサゴソと藪の中を音を立てながら。1人がようやくその音に気が付き、僕の横に立ってその音のする方をじっと眺めた。音はもう数メートル先の藪から聞こえてきていた。次の瞬間、僕らは見た。藪の上に黒い耳を持った黒い顔・・・熊だった。自然の中で初めて目にする熊を前に心臓は激しく打ち鳴りサッと血の気が引いた。しかし、熊も熊で、二本足で立ち尽くすほっそりした奇妙な生物を前に、僕以上にぶったまげたのだろう。瞬時に反転し、その場を慌てて去って行ってしまった。

   夏の間ジッと待ち続けようやく顔を出したキノコ、普通ならば気にも留めない水たまりに生きる小さきもの達、冬眠を前に必死に食料を求めて山を徘徊する熊・・・人をあまり魅力しないかもしれぬ地味と言われる三岩岳。僕の目的は美しい景観でも、紅葉でも、山頂を踏むことでもキノコでも無い・・・。あれから2週間が経ち、山はもう紅葉しているのだろうか、あの熊は今何処に、アメンボは?キノコもまた違った種類のキノコが顔を出していることだろう。

 

人で賑わう尾瀬、その尾瀬の側にあるこの山では今でも様々な生物が賑わいをみせていることだろう