旅する蜂ブログ

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自然を愛する男の日記 現在、カナダ・アラスカのユーコンの荒野で生きている!

温泉大国・米沢の旅館に忘れ去られた者達

 それはつい昨日10月13日の事だった。

「おいどうした八須君!お前・・・このままじゃ始末書もんだぞ・・・」部長は苦笑いを見せながら言った。

「ごめんなさい、2日前から見当たらないんです。絶対にどこかにあるんですが・・・」

僕は答えた。

「そりゃ~絶対にどこかにはあるわな!!」

「そうなんです、どこかに絶対にあるんです。もうちょっとだけ待ってください。見つけるまで探しますので、絶対に見つけます」

10月11日火曜日、僕は会社の携帯を無くしてしまったのだ。

車の中、机上、バッグにリュック、引出しという引出しをひっくり返して、懸命に探すもどこにも見当たらなかった。

約1年半、あいつは僕の耳へ日々毎日様々な情報を伝え、そして口から情報を発信してくれた。時に嫌な情報、また時には嬉しい情報を否応なしに伝えてくる。

その度に僕の感情は色とりどりに変化していった。小さなあいつのあの体1つで一体どれ程僕が翻弄されてきたことだろうか。

1年半も共に生きてきたあいつが突然消えてしまうと何だか哀情がこみ上げてくるものだ。

もしかして道路にでも落としたのだろうか?そんなことをしてしまっていたのならば、あいつは今頃、車に踏んづけられて木っ端微塵にでもなってしまっていることだろう・・・。

無くしたその日から僕の心は落ち着かず、何をやるにしても頭の隅にあいつの姿がぼんやりと浮かんでいた。

 10月14日、まだ太陽の上りきらぬ朝薄暗いなか、目覚めて窓を開けると清々しい風が部屋の中に吹き込んできた。空を見上げると薄暗い空には雲が無い。晴れるぞ!!そう思って洗濯機に溜まった服をぶち込み、続いて布団からシーツをひっぺがした。その時だった。ボトリッと鈍い音がして、何かが床に落ちた。あいつだった。11日から無くしていた携帯だった。数日間、シーツと布団の間に上手く挟まっていたのだった。布団を畳む時にシーツごと畳んでしまうので、今まで上手く挟まっていたのだろう。

床に転がったその姿を見て僕は歓喜し声を上げた。「おっしゃー!!」

何故そんな所に入ってしまったのか・・・何故今まで気がつかなかったのか・・・理解し難い点は幾つもあるけれど、それらは一旦さて置き、それは感動の再会であった。

無事僕の手元に戻って来た携帯を見て、僕は安心すると同時にあることをふと思い出した。

(そういえば・・・あいつらは今どうしているのだろうか・・・)

 

 あいつらと出会ったのは、1ヶ月程前東北を友人2人と旅をしている時のことだった。

その時、僕らは温泉大国である山形県の米沢にいた。

午前中の澄み切った空気の中を、温泉温泉温泉・・・そう呟きながら米沢の古い街並みを眺め、僕らはのんびりと温泉を探し求め歩いていた。

無数の温泉宿がひしめくなか、その内の1つを選んで扉を開けてゆく。

すると宿の人が来てこう言うのだ。

「ごめんなさいね、今男風呂は清掃中なの。終わるのは3時頃なのよ」

そう言われて渋々諦め、僕らはまた他の旅館にあたってゆく。

しかし、入りたいと思った旅館の男風呂はどこそこも全て清掃中なのだ。

僕らは途方に暮れて、どこでもいいから入れる温泉を探した。

そうした中で見つけたのが“扇屋旅館”だった。

木造の外観はとても古く、のっそりとのれんをくぐって侍が出てきそうだ。

扉を潜って中に入るが薄暗い館内には誰も居らずガランとしていた。

受付のテーブルにあった案内書にはこう書かれている。

皿に300円を入れ階段を上がって行って下さい、と。

皿ってなんだ!皿って!と僕らは互いに突っ込み合った。

ゲラゲラ声をたてていると館内の奥から若い女将が現れた。

その後ろにカモの子供の様にヨタヨタと付いてくる男の子。とても可愛らしい。

「あ、いらっしゃいませ!温泉ですか、温泉は階段を上がって右側へ進んでいってください!」

30代前半と思われる若くて美しい女将だった。

その優しい声に従って僕らは階段を上がって行った。

外観からは分からなかったが館内はかなり広かった。

廊下が20m程もあろうか、どこまでも伸び、部屋が幾つもある。

また壁の至る所に様々な絵画が垂れ下がり、日本人形をはじめ見たことも無い奇妙な人形などの置物が沢山置いてあるのだ。

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今では滅多に見られないであろうダイヤル式の電話にミシン、数十年前の料金表・・・温泉に辿り着くまでの長い道のりは旅館と言うよりもむしろ美術館であった。

進むごとにあらゆるものに目を奪われてようやく温泉に辿り着いた。

もうどこであろうと、どこを見ようともそこには何かしらの発見があり、僕は終始感動していた。

脱衣所の中でも好奇心は衰えず僕は新たな発見をすべく脱衣所の中を何か探し回った。

メッキの剥がれた流しの蛇口、黒ずんだ壁。

そしてそこで僕は見つけてしまったのだ。

 

そいつらは寂しそうに横たわっていた。

何年もの間そこでジッとし、自分を置き去りにしていった主人を待っているのであろう。

体は埃にまみれ、錆びついていた。

そいつらは忘れものだった。洗濯バサミにワックス、カミソリにドライバー。

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ワックスとカミソリは分からなくも無いが、ドライバーと洗濯バサミが何故そこにあるのだろうか?

僕は無い頭でそいつらが置き去りになった情景を想像しようと一生懸命試みたのだが、結局納得のゆく答えが見つからなかった。

旅館も旅館で何故埃まみれになるまで放置しているのだろうか・・・。

理由は特に何もないのかもしれない。しかし、なにか面白い理由があるのかもしれない。時間があればゆっくりと話を聞きたかっのだが、そうもいかず・・・僕らは扇屋旅館を去って行った。

 

そして後から知ったのだがこの扇屋旅館は108年もの歴史を持っていた。明治時代から数え切れぬほどの人を癒してきたのだろう。温泉に辿り着くまでの由緒あるあの長い廊下・・・一体あの旅館にはどれ程のドラマが眠っているんだ!後日僕はその深みに改めて飲み込まれたのだ。

 

 床に転がった携帯を見て一瞬の内に扇屋旅館のことを思い出して感動してしまった。

そして今も尚寂しそうに主人を待っているであろう扇屋旅館の忘れ物達。

いつの日かあいつらが主人の元に無事帰れることを願うばかりである。