旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

日光旅 森に呼ばれた朝

   今思えば、あの引き寄せられるような感覚は凄いものであった。それはなにか見えない紐でぐいぐいと引かれているかのようであった。

 

   10月16日の日曜日早朝の事であった。僕は叩き起こされたかのように突然はっと目が覚めた。皆まだ気持ちよさげに眠っている。部屋は暗くまだ夜が明けていないことが分かった。普段ならばそこでもう一度布団にもぐりこみ、再び眠っていただろう。しかしそうはしなかった。頭はボッとしてはいたがためらうことなく布団から抜け出して、暗い部屋の中を速足で戸口へ向かった。時計を見ると5時を過ぎたばかり。サンダルを左右間違えて履いたことなど気にもせず戸口の扉を勢いよく開けて、まだ夜が明けていない青暗い外へ僕は飛び出した。辺り一面に薄い霧が立ち込めていた。キンとする冷気が肌を突き刺し、吐く息が白い。バンガローの前を横切る一本の道、その道路の真ん中に立ち留まり、左右を見渡した。右手に伸びる道(昨日夜中に歩いてきた駅へ続く道)は、古い民家が両側に立ち並び、町の中へ続いている。続いて左手を見た。道の片側には数件のバンガロー、もう片側には畑が広がっている。道は真っ直ぐ数十メートル程続き、その先には霧を被ってかすむ森が広がっていた。道はその森の中に続いていた。左右反対にサンダルを履いていること、上着を取りに戻ることも忘れて僕は迷わずに左へ歩き出した。

夜明けの冷えた空気が服を突き抜けてくる。鳥肌が立ち、両腕を互いにスリスリと擦り合わせる。それでも体はどんどん冷えてきて、体温を温める為に僕は走った。パタパタパタとサンダルが音を立てる。あまりの走り難さにサンダルを途中で履き直し、再び走った。

特に目的があるわけでも、目指すところがあるわけでもなかった。ただ森の中に無性に入りたかったのだ。そうして間もなく森の中へ入っていった。繁茂する枝葉でより森の中は暗く、シンと静まりかえっている。コンクリートの道は草が茂るアスファルトに変わった。朝露に濡れた草の葉が足をペちょりと濡らすが、そんな事など構いやせず、歩を進めていった。どこに続いているのか分からない。ただ引き寄せられるように奥へ奥へと体が引き込まれてゆく。起きてまだ間もない寝起きにも拘わらず、心は妙に安らぎを覚えていた。

道は森の中に延々と続いているわけでも無く、いくらか進むと立ち入り禁止のロープに行く手を阻まれた。僕はようやくそこで歩みを止め、立ち止まった。生い茂る木々が周囲を囲む薄暗い森の中、心地がよい。ロープが無ければどこまでも行ってしまったかもしれない。それほど森の中に引き寄せられていた。

しばらく森の中でたたずんで、いよいよ寒さに耐えられなくなり元来た道を引き返した。森を出ると、空には雲がかかっていたが辺りはもう大分明るくなっていた。バンガローに戻ると、もう皆起きて布団を畳み朝食を作り始めていた。僕は何事も無かったかのように、それらに加わった。森に入ってから続いていた心の弾みは消える事無く、しばらくの間続いていた。

 森には決して目に見えぬ不思議な力がある。この日それをひしひしと感じた。なんだかいつの日か俺は・・・深い深い森の中に入っていってしまうんだろうなと漠然とした予感が頭をよぎった。