旅する蜂ブログ

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旅先で見つけた物語を面白おかしく書いてゆきます!

越後三山縦走 ~所長からの選別~

登山 私生活

 その日、東京都世田谷区のある建物の中は普段よりも荒れ狂っていた。電話は止むことなく鳴り響き、FAXに印刷機は休むことなく次から次へと紙を吐き出し、社員は皆PCの画面を凝視しながらカタカタと絶え間なくキーボードを打ち鳴らして、舞い込んでくる仕事を処理している。そうこの日11月4日は、昨日の文化の日・祝日明けともあって仕事がいつもより溜まっており、社内は普段よりも目まぐるしく動いていた。そんな中、僕の机はすっとぼけたようにガランとしている。トイレだろうか・・・?5分程待ってみる。だが、僕は現れない。買い出しだろうか・・・?30分程待ってみる。だが僕は現れない。外出しているのだろうか・・・?3時間程待ってみる。あぁやっぱり現れない。営業が休む時や外出する時、出張する時にその旨を書かなくてはならないホワイトボードが壁にぶら下がっている。そのホワイトボードの僕の欄には何も書かれていない。はっちゃん・・・一体はっちゃんはどこへ行っちまったんだ?僕の隣の席の常井さんは、いつまでも現れない僕の行方を疑問に思っていた。常井さんの斜め前には久末所長が険しい顔でPCを睨んでいる。180㎝を裕に越える背丈に、ライザップで鍛え上げられた筋肉を全身に身に纏った、仁王様の様な久末所長がPCを睨むその姿は気迫に満ち溢れている。常井さんはその巨大な背中を椅子の背にググッと寄りかながら眼鏡を上げて、いつもののほほんとした調子で尋ねた。

「所長、あれ、はっちゃんは・・・?はっちゃんは今日、休みですか?」

「八須?あぁあいつは今山、山に登ってるよ!」所長は顔を一瞬だけ緩ませてPCから離し、再び険しい顔に戻してPCに向き直った。

「山ぁ・・・山かぁ」常井さんはそう呟いた。

そう僕は会社から200㌔以上も離れた新潟県の山の中に居た。

 

 その一週間前の週に、僕は、断られるだろうな~・・・無理かな~・・・そう心の中で呟きながら、玉砕覚悟で久末所長に11月4日を有給休暇にして貰えるよう申請した。

「まじか・・・おいおい4日かぁ・・・」所長はそう呟き、眉間に皺を寄せて悩んだ。その間、僕はやや下を見ながらジッと動かず、所長の頭に念を送っていた。許してくれますように、許してくれますようにと。その甲斐あってか返事は予想外に早かった。数秒後、所長は顔を上げて、明るい声で僕に言った。

「山だろ?行ってこい!!行ってこい!!!」

それを聞いて僕の気持ちは飛び上がり、満面の笑顔でお礼を言った。

選別だった。それは所長からもうじき会社を去る僕への選別だった。物欲の全く無い僕にとってそれは金や物よりも遥かに価値のある選別であった。所長の大きな懐によって、僕は11月3,4,5,6日と4連休をとれ、その連休で越後三山(越後駒ケ岳、中ノ岳、八海山)の縦走に晴れて挑むことが出来るようになったのである。そうして僕はホワイトボードに有給と書くこともすっかりと忘れ、2日の夜に4人の仲間と共に東京を出て新潟県中越地方へ向かったのだった。

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 11月4日、越後駒ケ岳から中ノ岳に向かう道にも、中ノ岳から八海山に向かう道にも、どこにも僕の姿は無かった。従来の計画ではその日、越後駒ケ岳にある駒の小屋を早朝に発って、中ノ岳に向かっている筈であった。しかし、その道筋のどこをどう探しても僕の姿は無かった。岩の下に隠れているのだろうか・・・?だがいくら岩の下を覗いたところで僕は隠れて居ない。木影で休んでいるのだろうか・・・?しかしいくら木を切り倒して探そうと僕は居ない。それもそのはず、11月4日丸々1日24時間、僕は越後駒ケ岳に留まっていたのだから。天気が予想以上に荒れに荒れ狂ったのである。朝から晩まで大量の雪を伴った風がごうごうと怒り狂った様に唸りをあげて、止まることなく吹き荒れていた。濃いガスが辺り一面を覆い尽くし、何も見えない。雪はどんどん降り積もり、終いには山の上をすっかり雪景色に変えてしまった。本格的な雪山装備で来なかった僕らは、危険だと判断して先に進むことを諦め、穴に身を隠すネズミの様に駒の小屋に引きこもったのである。

 

 小屋の中は僕ら以外に誰も居ない。冬を前に管理人は小屋を去り、世間では平日ともあって無人と化した小屋には人の気配は全くなかった。広間の壁に付いている3つの窓の内、2つは木の板で塞がれて、唯一残る1つの窓から洩れる細々とした光が、暗い小屋内にもれてくる。外は猛然と吹雪いており、差し込む光も貧相極まりない。頼りなくポッポ燃える蝋燭の小さな火を囲って、色彩に富む様々な話がやたらめったら交差する。

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しかし、その蝋燭を囲む人の輪の中に僕の姿は無かった。便所に行っているのだろうか・・・?便所を覗いてみるが僕は居ない。吹き荒れる雪の中、雪だるまでも作っているのだろうか・・・?小屋の周りを見渡すが僕は居ない。遭難してしまったのだろうか・・・?30分程待ってみる。すると、ガチャリと戸が開き、冷たい風と踊り狂う細かな雪と共に、僕は小屋に現れた!両手には水の入った容器が大量に抱えられている。

「汲んできましたよ、水!」

そう僕は、水場で水を汲んでいたのである。

 

 水場は小屋から5分程斜面を下った所にあった。昨日の夕方に小屋に到着した時、雪はまだ降り積もっておらず、難なくその水場を見つけることが出来た。一本のホースからチョロチョロと音を出して湧き出ているのである。しかしこの日、ひざ下まで降り積もった雪が、水場もろとも地を覆い隠してしまったものだから、どこに水があるのか手で足で必死に雪をかいて探さねばならなかった。僕はケージーさん(東京都小平市に住む会社員)と共に、飯を探す野良犬の様に懸命に雪をかいた。ここだったかもしれない・・・そういって雪をかくも現れるのは、黒々とした岩。いやこっちだったかもしれない・・・そういってまたしても現れるのは、ゴツイ岩。いやこっちに違いない・・・そういってもやっぱり現れるのは、憎たらしい岩なのである。吹き荒れる雪が顔を打ち、靴の中に雪が入り、手がかじかんでくる。あぁ一体どこに水があるんだ!水など諦めて小屋に今すぐにでも逃げ込みたいが、水が切れた今、どうしても水が必要なのである。もういっそのこと雪を溶かして作りたかったが、限られた燃料を節約する為に水が必要であったのだ。僕とケージーさんは死に物狂いで雪をかいてかいてかきまくった。“努力はいつか報われる”そんな言葉を今までに何度も聞いたことがある。そして努力は報われた。ついに水場を掘り当てたのだ。辺りを見回すと、その場はまるで堀り荒らされた金鉱の様であった。ほんの小さな水場を探す為に、僕らは力の限りその何十倍もの面積を無茶苦茶に掘り返したのである。そうやって苦労した水を小屋に持ち帰り、コッフェルに入れてバーナーにかけた。

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冷え切った体を温めようとボーと激しく燃える炎を見つめる。コッフェルの底は燃える炎に炙られていた。しばらくしてふたを開けてみると、小さな泡粒がぷくぷくと底の方に出来始めていた。蓋を元に戻し、再び炎に目を戻す。炎はコッフェルの底に激しく燃えたかっている。直ぐに蓋の隙間から湯気が薄く立ちのってきた。我慢して蓋を開けずにしばらく待つ。湯気はパタパタと音をたてて蓋を揺らした。出来た!!僕はそう声をあげて、バーナーの火を消す。その瞬間に炎の音が消えてシンと辺りが静まり返る。カップの中にインスタントコーヒーをばらばらと入れた。コーヒーの薄い香りがほんのりと漂ってくる。湯をカップの中に注ぎ込むと、じゅうと音をたてた。先程とは比べ物にならぬほどの強いコーヒーの香りが一気に鼻をついてきた。唇をカップのふちに触れさせて傾ける。ズズッと音をたてて熱いコーヒーを少量口に流し込んだ。はぁ一息ついて、僕は思った。久末所長、どうもありがとうございます!!所長の大きな懐から生まれた4連休、越後三山縦走は叶わなかったけれど・・・このコーヒーはその無念を埋めるほどめちゃくちゃ美味しいです!!

ありがとうございます久末所長。