旅する蜂ブログ

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母なる地球を、自然を愛する!!

ユーコン川・荒野の旅 ~孤独への渇望~

鶏が、けたたましい一声を早朝の冷えきった大気の中にとき放ち、僕は目覚めた。久しぶりだった。鶏の鳴き声で目覚めるのは久しぶりのことだった。目覚めると共に、はるか昔の記憶が芽を覗かせた。幼い頃、祭りのクジを引いたときに鶏のヒナが当たったことがあった。そいつを育て、自由に成長した雌鳥と共に数年間生きた頃の、数々の記憶がバカバカと飛び出てきた。夜明け前の外へ出ると小屋の周囲に広がるツンドラの広大な野を、何匹もの鶏がはりつめた霜をものともせず歩き回り、コッコと草かなにかをついばんでいた。実に良い。実に喉かな朝である。
僕は今、マーシャル村、ツンドラの丘の麓に建つ小さなイヌイットの村にいます。海から400キロ程の距離だろうか。

1ヶ月前、リュービー村を出てから僕は孤独を欲した。誰にも会いたくなく誰とも話したくなくなってしまった。人の姿も声も気配も無い、静かな途方もない孤独を猛烈に欲した。そんな孤独への渇望に、嫌悪感を抱くことなどない。孤独を欲する心をそのままに、それに従って生き、どこへ導かれるのか、何を感じ何を思うのか、孤独にすごし、その先にあるであろうそれがもたらす未知なるものが楽しみであった。孤独への渇望からは冒険の匂いがぷんぷんと匂ってきた。僕はブレーキのぶっ飛んだ特急列車の様に、数々の村を留まることなくすっ飛ばしていった。村に少しだけ足を踏み入れる。すると直ちに、村中を土埃を散らして走る車や4輪バキー、犬の吠え声、そこいらに落ちているゴミが耳に目に入ってきた。あらゆるものが不自然でやかましく鬱陶しく思えた。すると直ぐに僕はカヌーに飛び乗り、静かな川の上へ逃れていった。
それでも特急列車は、時に停車するものである。アンビックという村がそれであった。支流・アンビック川沿いに建つこの小さな村には、他の村々と違って、圧倒的に木々が多かった。村の家々は森の中にポツポツと離れて点在していた。木々の間を飛び回る小鳥たちの姿と声、木々の香りが村に漂い、それらは心と体に心地よく響き渡った。

長い間孤独に身を置くことは良かった。 すぐ目の前に座って見つめてくる一匹の狐と過ごした雨の降る薄暗い森の中。森を抜けて出た広大な湿原で巨大な雄のムースに追い立てられ、逃げ、急いでテントを撤収してカヌー乗った直後、グリズリーの親子に出くわした。すぐ近くに危険があったことをムースに教えられた。フクロウの鳴き声に包まれる満点の星の下、ビーバーの木を削る音と自分の心音を聞きながら過ごした静かな湖畔での一夜。沢の水、木の実やベリー、草の葉を飲み食べ、体の隅々までがすっかり森になった。そんな中で長い間、じっくりとゆっくり思索にふけった。地球について、これからの自身の未来についてあれこれ考えを巡らした。世に溢れるどーでもいい、知る必要も意味もない負のエネルギーで満ちた情報共から隔絶された、静かな世界で考え作った未来には汚れたものも不安も何もなかった。自然と共に生きる未来はただただ楽しく輝いていた。雨に陽射しに風に寒さに・・・荒野に揉まれながらもその中で過ごした孤独の時は実に素晴らしかった!自然の中で生きることへの大いなる喜びを、与えてくれた!
※孤独孤独孤独と連発してはいるが、実際は孤独ではない。なんという言葉が適しているのか分からないが、それに近い言葉の気がするので孤独と言っている。

今はマーシャル村。2日前に着いたときに愉快で陽気なおじさん家族に捕まり、ツンドラの中へ連れていかれ、鶏と共にもっぱらブルーベリーと湧き水 を食べ飲んで生きている。
もう少ししたらUSのビサが切れてしまう。そろそろ荒野を出なければならない。大きな文明へと戻るときがもう近く迫っている。

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夕暮れ、炊き上がるのを待つ間の読書

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すっ裸で川岸のクランベリー摘み、そのあとは川の中へ
写真のために服を着ている

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3時間に及ぶサウナ
この間に体の水分が殆ど入れ替わった気がした

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アンビック村でインディアンと共に大鹿ハンティング
人に悲しみと喜びを与える死とを見た

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マーシャル村
25年の人生で食べた以上のブルーベリーをこの日集めた
それほどブルーベリーとは縁がなかったこれまでの人生
だがブルーベリーを食べなくても全く問題なく生きてきた
必要としなかったし食いたいとも思わなかった
美容・健康等といって空気と水等を汚しながら世界中から引っ張ってくる食物に溢れている日本、日本に限らず他国も同じ・・・
が、それらは本当に健康なんだろうか、必要なのだろうか・・・地球にとってはどうなんだろうか?地球を汚してまで自分の健康の為と食べるとは・・・地球は生みの尊い親であり、そして自分自身でもある
欲にのまれて外に外にと目を向けずもっと足元をみれば、身近にもっと良い食べ物は沢山あるだろう
地球はその地に生きる生き物たちに必要なもの最も有益なものを提供してくれているはずだ
それはでも・・・旅をしている自分にも当てはまった
自分にも言えることであった
様々な感情と思いがブルーベリーを食べて、頭のなかで弾けとんだ

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動物の足跡は美しいといつも思っていたが、人の足跡も負けてなかった
グリズリーと僕の足跡

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月に映え月に吠えるカヌー

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月夜をゆく

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地に生きる鮭

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