旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

静かな生命

 僕はキノコに飢えていた。

 というのも、春~秋の半年間、僕はカナダとアラスカの荒野を1人で旅しており、キノコを殆ど食べていなかったからだ。日本に帰国後間もなく、キノコに飢えていたそんな僕に友人から声がかかった。

会津にキノコ狩りに行かない?」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中には赤に緑、黄色と色とりどりのキノコがニョキニョキと生えてきて、口内にはヨダレがにじみ出た。断る理由も何も無かった。「うわっ、キノコ!!絶対に行きます!!」僕は即答した。

 

 福島県会津高原の檜枝岐村キリンテ小屋に集まった総勢13人の仲間達。泊った小屋は、築六十年を越える囲炉裏がある茅葺の古い家。昔春から秋の間、農作業をするために村人が使っていたそうだ。その殆どが50、60代の筋金入りのご老人ばかりだ。口を開けばもう何ものにも止められない。ゲラゲラと笑い声があっちこっちから戦場の弾丸の様に飛んでくる。長期間1人で荒野を彷徨っていたものだから、久しぶりの弾ける会話に僕は嬉しさを覚えた。荷支度を整え、僕らは3つのグループに分かれてキャンプ場の近くの山や森へと出ていった。

 

 この時期、マムシや毒蛇はもういない。靴と靴下を脱いでザックにしまい、ズボンをまくり上げて木々がうっそうと茂る森の中に、僕は足を踏み入れていった。森は秋色に燃えていた。黄色にオレンジ、赤と、頭上の葉や地面の落ち葉全てが紅葉に染まり、涼しい風が木々の間を吹き抜け、葉が宙で躍っている。透明な水を湛えた小川がチロチロと優しい音を奏でて森の中から流れ出ている。灰色の雲間から一瞬陽光が差し込み、薄暗い森の中、小川が光り輝いた。僕は見とれ、途方もない満足感に満たされた。その後すぐに日差しは流れてきた雲に遮られ、小川は姿を消してしまった。

 今年はキノコが少ないと地元の人達が口を揃えてそう言っていた。確かに歩いていても毒キノコすら殆ど見かけない。(ただ観察眼が無いだけかもしれない)僕らは森の奥へ奥へと入っていった。

歩いていると木々の間に、はるか昔から時代を越えて佇む苔むした大木の朽ち木が見えた。近づくと白く硬いキノコがびっしりと生えていた。名前も何も分からないキノコだった。はるか昔に幸運な種が地に落ち、芽を出してすくすくと成長し、何十年も生きて地球に生命を与え、やがて朽ち果てて今その体を次の生命に受け渡している。美しき生命の流れ。人間の寿命などちっぽけに見えるその壮大な流れに少し触れ、僕は大満足だった。大木の根元を見てみると、赤茶色のかさをしたクリクリのクリタケが数本頭を出していた。僕は出てきたよだれを拭き、プツッとナイフで茎を切って網袋に入れた。よし、今秋一番のキノコだ。

 再び歩みを始める。湿り気を帯びた枯れ葉がひんやりと裸足に心地よい。秋の大地が肌を透して体の中を上がってくる。喉に渇きを覚えた。しぶきを上げて流れる細い沢に入り、顔を突っ込んだ。締め付けるような冷たさに、足も顔も引き締まった。喉を通って新鮮な水が体の渇きを潤してくれた。沢から上がると小腹が少し空いていた。倒木を覆う苔の上に、小さな山ブドウがまるで誰かが置き忘れたようにちょこんと置いてある。小さな可愛い果実を1つ摘まみ、口に入れて噛んだ。プチッという感触の直後、渋みを帯びた濃厚な甘みがじんわりと口いっぱいに広がった。ほっぺたが落ちそうだ。凝縮された森の味。小腹を心地よく満たしてくれた。その近くの太い倒木の窪みを覗いてみると、白い卵が7つ、宝石の様に置いてある。季節外れの卵。もう目前には、雪積る極寒の冬が迫っていた。これから孵化することはないであろう。親が見捨てたのか、それとも他の動物に食べられたのか…不思議な物語が詰まった森の忘れ物だった。

 

 小屋に戻ると、続々とほかのメンバーが戻ってきて、各自獲ってきたキノコをばらばらと出す。ブナハリタケ、ヒラタケ、なめこ、クリタケ…。少しだけ。やはり今年はキノコが少なかったようだ。(いや探し方が悪いだけかもしれない)

 その夜、土砂降りの雨が降り、湿った暗闇が会津を覆った。森のはずれに佇む築60年の小屋の中にはほの暗い光が灯り、静かに薪ストーブのぬくもりが漂い始めた。冬場は除雪機が入らない地にあるキリンテキャンプ場。今年最後のお客さんである僕らに、キャンプ場のおばちゃんが、保存食のブナハリタケをボール一杯分けてくれた。数日前から出始めたというカメムシが、冬眠する為に、小屋の中に続々と集まってくる。何百匹と集まってきた。壁に床に電球に、小屋の居当たる所カメムシだらけ。そんなカメムシに全く動じることなく、僕らの終わることなき大宴会が幕を開けた。天ぷらに、シチュー、鍋と、新鮮なキノコ料理に僕らは胃を躍らせた。

 翌朝、眠たい瞼をこすり、小雨が降る中、小屋のすぐ傍を流れる小川を覗いた。透き通った水の中に1匹のイワナが見えた。雨に撫でられる川の中を気持ちよさそうに身をくねらせている。そんなイワナを見て、僕らは洗剤を使えなかった。あのイワナは、ずっと昔から家の傍に住みついている。おばちゃんがそう言っていた。森の小さく静かな生命。木々は紅葉に染まり、もうすぐ目の前には冬が迫っていた。。

 

f:id:Yu-Ma:20171108065427j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065532j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065229j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065615j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065758j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065803j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065724j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065549j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065539j:plain

f:id:Yu-Ma:20171108065700j:plain森の中に建つログハウスでやる気のない作戦会議

f:id:Yu-Ma:20171108065000j:plain