旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

1人ユーコン川の旅 ~酔っぱらいの村を去り、ビーバー村へ~

僕は目覚め、古びた木の扉を開けて、薄暗いインディアンの小屋から外に出た。清清しい早朝であった。空には白く薄い雲が広がり、それらに遮られて降り注ぐ日差しが柔らかった。心地よい風が村を吹き抜けてゆく。大半の人々はまだ寝ているらしく、騒音と砂ぼこりを巻きちらす車も何も走っていない。嵐のように荒れ狂っていた昨夜とは真逆の世界が広がっていた。そんな朝の、静まり返った涼しい村を、僕は歩き始めた。
しかし、そんな清々しさも直ぐに消え去った。
ある道角を曲がった時だった。小屋の前にインディアンが1人立っていた。その姿を目にし、瞬時に僕は、僕の中の心地よい朝が崩れることを悟った。インディアンは僕に気がつくと、おぼつかない足取りでフラフラとこちらに歩み寄ってきた。僕の目の前に来ると、ろれつのはっきりしない口調で話しかけてきた。「おぅユーマ、どこに行くだぁ?」男の顔は真っ赤で、目の焦点は合わず、酒の臭いが漂ってくる。酔っぱらっていた。朝から壮大に酔っぱらっていた。
フォートユーコンに着き、村のインディアンに招かれて、彼らの家に数日滞在したのだが、その間、物凄い勢いで40度のウィスキーを胃に流し込み、べろんべろんに酔っぱらった多くのインディアンと共に時を過ごしてきた。彼女に振られて目の前でぶっ壊れた洗濯機のように号泣する青年、こうやって悪者をやっつけるんだと鉄パイプを家の中でぶん回すオバチャン、数分おきに何度も何度も名前は何だ、どこから来たんだと同じ質問を繰り返すおじさん、椅子から物凄い勢いでぶっ転びそのまま何が起きたのか分からずに暫くの間唖然と固まる男・・・酒を飲めず、常時しらふだった僕には数日間でだいぶくたびれてしまった。そして素晴らしい早朝に、早速目の前に現れた酔っぱらいを目にし、僕はカヌをー出し、村を去ることに決めた。驚くほど物凄く親切ではあるのだが、僕は朝から晩までべろんべろんに酔っぱらっている彼らに疲れてしまった。

カヌーに乗ると、そこはもう世界がまるで変わった。広大な空が広がり、その下をゆったりと静かに川が流れていた。風が、通りすぎた森の木々の香りを運んできてくれた。それはスプルースであったり、ポプラであったり、その時々によって違った。風は僕に語りかけてくる。それは言葉でなんと表現したら良いのか今はまだ分からない。それは、大きなく、途方もなく大きなものである。広がる広大な世界に吸い込まれ、僕はオールを船に預けて、カヌーを漕がずに水の流れに身を任せることにした。

僕はその日、20時間程ゆっくりと川に流され、大小様々な形をした幾つもの流木が、至るところに積み重なる砂利の岸辺にキャンプをした。朝、目覚めてテントを出た。昨晩行った焚き火跡の前に座わり、目の前に静かに流れる川を見つめた。遠くの対岸の森から鳥の鳴き声が微かに響いてくる。空は曇り、日差しは弱い。それでも水面には、か弱くキラキラと日が光っている。草木の葉を揺らして吹き抜けてくる風が冷たく感じられた。僕は細い枝を集めて小さな火を起こし、近くに生えていたトクサを混ぜて、湯を沸かした。数分後に出来上がるまで、水浴をした。全身水に濡れよりいっそう寒さが増したが、その分不要なものが落ちてスッキリした。涼しい風に煽られ、パチパチと音を立てて燃える火に身を近づける。湯は沸き、コーヒーを作ってコップにに注いだ。立ち上る白い湯気が顔に触れた。ほんのりと暖かった。飲むと暖かい液体が口を満たし、喉を通って胃に達した。通った器官が暖かくなった。火にあたる体の部分が熱くなってきた。先程まで冷たいと感じていた風が、今度は温かく感じられた。暫くすると再び体は冷え、風も冷たくなった。僕はインディアンに貰った丸々1匹の巨大なキングサーモンを切り、フライパンで焼いた。水分を含んだ油が滲み出てきてパチパチと音をたて、オレンジ色の身が薄い灰色へと変わってゆく。ミミズのような細い寄生虫が苦しそうに身をくねらせて柔らかい身から出てき、やがて動かなくなった。暫くして油は茶色く変色して消え、焦げ臭い白い煙が生じてきた。フライパンを火から下ろして、焼けた切り身を箸で口に運んだ。痛いほど熱く、噛むごとに旨味が口に広がった。食べているうちに体の奥から熱が生じるのを感じた。再び冷たかった風は温かくなってきた。雲が薄れて遮られていた日差しが強さを増してきた。一瞬一瞬に小さくも、世界は変化に満ちていた。そしてこれこそが僕の望む世界であった。
カヌーを水に浮かべた当初は、見るもの聞くもの触れるもの全てが真新しく感じられ、興奮の日々であった。それも最近は落ち着いてきて、自分自身の体に心に注意が向けられるようになった。身の回りも変化に富むが、それに反応し、自分自身も常に変化に富んでいた。人が住む村で、人との接するのは刺激的だ。僕は人が大好きだ。しかし、人が誰もいない、大自然の荒野の真っ只中で、1人で過ごす時間もまたこの上なく素晴らしい!

こうして今日7月3日、フォートユーコンから100キロほど離れたビーバー村へたどり着いた。

フォートユーコンのインディアンが皆口にしていた。ビーバー村にアイさんという素晴らしい日本人女性が日本から来て、現地の人と結婚して住んでいるんだと。それを聞いて、ビーバー村に日本人が住んでいることを初めて知った。僕は楽しみになった。辞書を片手に下手くそな英語では伝わらない多くの事を、日本語で思いきり語ろうと楽しみにしていた。おそらく似たような思いで北の地に憧れを抱いたのだろうと思いを馳せた。しかし村につくと、二人のインディアンの女性に迎えられ、あることを伝えられた。1ヶ月程前にアイさんはボートの事故を起こし、現在行方不明なのだそうだ。彼女の家に案内され、数々の嬉しそうに生き生きと生きている彼女の写真を見せられると、途方もない悲しみが込み上げてきた。今日も村人が彼女を探しに川を下っていった。僕は暫くこのビーバー村に滞在しようと思う。

※電波が悪いため、写真は無しです!