旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

ドングリの森

 家から2キロ程離れた場所に雑木林がある。そこは僕の少年時代の思い出の地。

 小雨が降る中、今朝、その雑木林へ向かって歩いて行った。

 土手に登るとはるか前方に雑木林が見えた。歩き、近づくにつれて心が踊ってきた。雑木林に足を踏み入れると、空気は重く、涼しく、あたりが薄暗くなった。太くて高い木々が茂り、天井を枝葉が覆っている。そこまでの道中、ほんの微々たるものだった鳥たちの声が、林の中では溢れんばかりに満たされていた。心は落ち着き、ホッとした。暫く林の中を歩き回った。僕はあるものを探していた。

”どんぐり”である。どんぐり。

 

 世界中の森林が失われてゆく情報を受け取る度に(学校の授業やメディア等で)、僕はいつでも暗い気持ちになり、この世界に絶望感を抱いていた。でも絶望を抱くだけだった。特に何もしなかった。何をしたらいいのかも、世界は広すぎて分からなかった。

 しかし、アラスカの荒野の中で1人考えると、僕にも直ぐに出来ることがあった。非常に簡単なことだった。自分で木を植えること。僕には木を植えに行く足も、土を掘る手も、すべてがあった。

 僕はまだ25歳だった。体が朽ち果てるまでの残りの人生、毎年2本でも10本でも100本でも何本でもいい、とにかく木を植え続け、森を作っていけば、一体どれくらいの木々を、森を作ることが出来るのだろうか・・・。木を植えるのに金も要らない。特に難しい知識も要らない。なにもいらない。簡単だ。(どこに植えるのかこれから考え、探すとして)

 僕には色んな力があった。その力を使って、木を簡単に切り倒せるし、地球を汚し、殺し続けることが出来る。

 それとは逆に、木を植え、森を作り、地球をどんどん生き返らせて、浄化することもできる。

 また、特にどうでもいいことに時間を費やし、何もしないこともできる。

 どれにその力を使うのか・・・考えるまでもない。

 

 これからの自分の未来を思い描くと、たった僕1人でも、ゆっくりとではあるが沢山の森を作ることが出来た。嬉しいし、思い描くだけでめちゃくちゃ楽しい!!!!それだけで体の奥底から生きるエネルギーが湧き出てくる!!!

 自然が無いとか、川が汚いとか、森が少ないとか、そういったことに絶望を抱き、誰かと議論してそのまま何もしない時代は終わった。

 汚いならば綺麗にすればいいのだ!なければ作る!!それが出来るのが人間だった!

 

 握れるだけドングリを拾い、そのごつごつの感触を楽しみながら帰路に着き、使われず、家の裏に眠っていた幾つもの鉢を叩き起こして、土を入れ、植えた。来年の春、植えた鉢の土から芽吹くのが楽しみである!!ドングリ拾いの秋が始まった。これが秋だった!こんなに喜びをもたらす秋は今までになかったと思う!!!

 

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ユーコン川・荒野の旅 ~旅の終わり~

 ユーコン川を下り、国境を越えてアラスカへ入る時にやらなければならないことがある。入国審査である。

 カナダとアラスカの国境といっても、川岸の草むらに、棒に付いている小さなユーコンの国旗がぱたぱたと揺れているだけだった。アラスカとの国境とはどんなところなのか・・・ずいぶんと気になっていたのだが、その簡素さに拍子抜けし、僕は写真を撮る気も起らず、特に気にも留めず、国境と思われるところを通り過ぎて行った。あっ、いまアラスカに入ったんだ・・・と。あれほど憧れていたのに、骨を焦がすほどアラスカの地に憧れていたにもかかわらず、いざ入ってみるとなんというあっけなかったことか。

 今となって記憶を探り、日記を見直しながらこれを書いているのだが、果たして立っていたのはユーコンの国旗だったのだろうか・・・なんとも自信が無くなってくる。なんだかアメリカの国旗だったような気もする。そう思うとカナダの国旗だった気もしてくる。でも思い出そうとしても無駄なこと。とにかく日記には「ユーコンの旗がハタハタと揺れていた」とあるので、その時の僕を信じることにしよう。国境にはユーコンの旗が一本揺れていた。

 

 入国審査は、アラスカに入って最初に現れる小さな小さな村、イーグルヴィレッジにて行う。と言ってもその小さな村に入国審査官がいるわけではない。入国審査室(おそらくアンカレッジの空港)へと繋がる電話が村に取り付けられており、それで自己申告をするのである。

 村に着いた僕は早速電話した。

「あの、僕はユーマと言いまして、今カヌーでユーコン川を下ってるんです。6月20日にアラスカに入りました」そこから何処から来たのか、どこまで行くのか、いつ出るのか、パスポートナンバーやらを聞かれる。そして審査官はこう言った。

「じゃあ、あなたのビザは3か月有効だから、そうね、9月の終わりごろまでにアラスカを出てくださいね。出る時はアンカレッジ空港の入国審査室に来るように」

 9月の終わりまで・・・日にちなんてそんなものでいいんだ。なんて大雑把なんだ。ゆるい、これがアラスカなのか・・・と僕は思った。じゃあ9月の終わりごろまでにアラスカを出ればいいか、と。

 

 アラスカのマーシャルヴィレッジで長く滞在している僕は、9月の半ば、ふとなにか物凄い嫌な予感がした。9月の終わりごろって言ってたけど、それは一体いつなんだろうか・・・と当たり前の疑問がその時になってようやく現れた。なんか今すぐ帰らないとダメな気がする!!そんな思いに駆られた。

 福島県の奥会津の山奥の小さな部落の古民家に、老沼さんという師匠(僕が勝手にそう思っている)が静かに住んでいるいるのだが、その師匠は、そのなんとも言えない胸騒ぎを”虫の知らせ” と、そう呼んでいる。僕はまさに虫の知らせを覚え、早急にアンカレッジまでの飛行機の手配をし、今にも墜落しそうなおんぼろセスナに飛び乗って、マーシャル村を発った。9月15日の事だった。

 (僕のユーコン川の旅はこうして終わった)

  べセルという町を経由して、アンカレッジに着いたのは16日の事だった。久しぶりに見るコンクリートの地面、込み合う人の多さ、走り回る車・・・・文明という牙に打ちのめされながらも僕は、早速入国審査室を探した。しかしどこにあるのやら。空港で働く人々に聞いても、さっぱりわからないという。そんなことがあり得るのかと思って何人もの人に聞くも、答えは一緒だった。そしてなんとかこぎ着けたそれらしい答え、「お客様相談室のことかな?」そう言って掃除のおばちゃんがそのお客様相談室とやらへの行き方を教えてくれた。行ってみた。開いてなかった。土日は休みだという。2日後の18日月曜日になったら開くそうだ。

 僕は気持ちを切り替えた。そしてアンカレッジに住む友人・キリスト教の牧師さん(ちなみに僕は無宗教)に電話した。牧師さんと僕はアンビック村で偶然知り合い、「アンカレッジに来た時には是非おいで」と言われていたのだ。

 牧師さんの義理の娘さん・カズエさんは、日本の沖縄から結婚して移住してきた方だった。

 僕はアンカレッジの中心地の住宅街にあるカズエさんのお宅に連れていかれた。ここに寝泊まりすればいいと。お互い全く知らずに出会った、僕とカズエさん。なにがなんだか分からずにとりあえず握手し挨拶した。カズエさんと数か月ぶりの日本語を話した。もうめちゃくちゃな日本語が、僕の口から飛び散った。こんなに日本語が下手になったのは初めての事だった。

 「これは何ですか?」キッチンの大きなざるに広げたあった真っ黒のニンニクがまず僕の目に入った。

「それは黒ニンニクよ!黒ニンニク!毎日食べてるの、作るのよ炊飯器でね!」そう言って、くれた黒ニンニク、チョコレートの10倍濃かった。

「これはガイアの水っていうの、波動が違うのよ波動が」フィルターが特別だというポットの水を入れてくれた。波動・・・

 カズエさんは発酵に物凄く凝っていた。もうキッチンはまるで魔女の実験所みたいだった。

黒ニンニク、EM、玉ねぎとニンニクとリンゴ酢で3週間かけて作ったという超濃厚エキス、ヨーグルト・・・他にも掘れば掘るだけ色んな所から出てくる発酵食品。話を聞けば聞くほど、発酵って興味深いなぁと、僕はどんどん発酵のその深みにはまっていぅった。僕は発酵に、生まれて初めてここまで興味を抱いた。カズエさんのこのお宅に来なければ、ここまで発酵について興味を抱くことはなかったろう。これから発酵もやっていこうと思う。

 

  発酵とは逆にカズエさんはアウトドアに全く無縁の方だった。僕のこれまでの旅の話を興味津々に聞いてくれる。原始人の様な僕が来なければ、アウトドアへの関心は抱かなかったそうだ。

 

 

 話は戻るが、アンカレッジに着いて空港内に居た僕は空いた時間の暇つぶしに、町とその周囲の地図をざっと見た。ふと目が、ある名前に止まった。

”イーグルリバー”

 アンカレッジ郊外に位置する川であった。なんというか、名前の響きが僕の心を瞬時に捉えてしまった。聞くとトレッキングも出来るそうで、もし可能であれば、他は行けなくてもいいけど、ここだけは是非行ってみたいな・・・と心の中で思った。

 そして空港を出、カズエさんご夫婦と会った時に、ご夫婦が僕に言った。

「今日か明日イーグルリバーに行くんだけど、いいかな?」

 僕は即答した。「はい!!!!勿論!!!!」顔はめちゃくちゃ輝いていたと思う。

 なんでも1週間前、カズエさんはスマートフォンの使い方講座に行ってきたそうで、写真の機能の段になった時に、絶好の被写体がイーグルリバーにはある、と講師の人に言われたのだそうだ。それで今週そのイーグルリバーに行くことになったそうだ。

 この時、”巡り合わせ”というものを僕は強く感じた。

 また、カズエさんはその講習でカメラに興味を抱いたらしく、カメラをもう少し知りたいと思ったそうだ。そこへカメラを持った僕が、荒野の奥底から、何処からともなく現れたのだ。巡り合わせだ。全ては巡り合わせ。

 

 紅葉に染まった森に、氷河を抱く壮大な山々を眺めながら車を走らせる。しばらくして僕達はイーグルリバー・ネイチャーセンターに到着した。ここを起点にトレイルを歩くことが出来る。

 僕はサンダルを脱ぎ、白樺の森の中へと続くトレイルを、時間もペースも距離も何も気にせず、何もかも置き去りにし、1人歩き始めた(ご夫婦は僕を置いて一旦帰宅、夕方ごろ再び来てくれた)。持ち物はカメラと水とベアスプレーだけだった。食料は無し。

 地面は腐葉土でふかふかだ。黄色い紅葉の葉が地面に一面に敷き詰められている。豊富にある赤く熟したバラの実やクランベリーを摘まみながら犬の様にふらふらと道草を食い、歩くこと3時間ほど。森を抜けて、眼前に涼しい音をたてて流れる川が現れた。氷河が作り出す清涼なイーグルリバーだ。僕は川岸に腰を下ろして暫くその場を取り巻く自然を思い切り吸った。地球は神聖で、とても美しかった。

 生活道具全てをカヌーに詰め込んで、数か月の川下りは、素晴らしい体験を僕に与えてくれた。そしてトレッキングもまたいいな・・・!!!と改めて思った。

 

 月曜日、空港へ行って入国審査室へ行った。そこでこう言われた。

「あなた、今日の12時までにアラスカを出ないともうここへ来れなくなるわよ・・・12時を越したら不法滞在よ不法滞在・・・。アラスカに入ってから今日がその丁度90日なのよ・・・飛行機のチケットを早くとって出た方が良いわ!!!それに一日1本しか便はないわ、席も空いてるか分からない。早く行きなさい!!!!!」

それを聞いてカズエさんと僕は縮み上がった。もう僕は腹を括った。もしこれで不法滞在扱いになったらアラスカに拒否されているということだ、これ以降もう一生アラスカには戻らないようにしよう、と。でももしアラスカを無事出ることが出来たならば、その時はいつの日かまた戻ってこよう、と。

 ヒッチハイクでのんびりカナダに帰ろうと思っていたのだが、その計画などもう実行不可能。僕は急いでバカ高いチケットを買い、カナダへと帰っていった。

 

ユーコンへ長期間行こうと考えている方へ!

 アメリカのEstaという観光ビザで滞在できるのは3か月ではなくて「90日」です!!それと月によって29日とか31日とか凸凹しているので、入った日から90日後をカレンダーをしっかり見て正確に計算してください!僕の様にがさつにやるとえらい目にあいます。でも時間の流れを感じさせない荒野の大自然にいると、そういうこともなんかどうでもよくなってしまうのも事実。もし行く人が居れば、十分気を付けてくださいね!

 

 何だかパッとしない終わり方だが、ユーコン川の旅ブログは終わりにします♪

これを読んで、一人でも多くの方が今以上に自然に興味を抱き、地球について考え、触れる機会が増えれば、僕は幸せです!

また今回の旅の体験を元に現在本を執筆しており、これから自費出版します!

内容は地球からのメッセージです。

出来ましたらここで連絡いたします。

また今回の旅において、応援してくださった”株式会社モンベル”さん、本当にありがとうございました。

これまで出会った全ての人、人に限らず全てのものに感謝いたします!!!!

どうもありがとうございました!

これ以降のカナダのヒッチハイクの旅や湖の湖畔の丸太小屋での1週間の滞在記など、もし気が向いたら書きます。

では!!

 

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イーグルリバー

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裸足が一番いい!!

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ユーコン川・荒野の旅 ~マーシャル村に捕まる~

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ツンドラの茶を飲みながら沈む夕日を家の前で眺める。
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ブルーベリー摘みの歴史が刻まれた手
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村の近くの湖で釣った夕食の魚、パイク
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ツンドラの丘を背に建つマーシャル村
丘は1000メートル程、5度程山頂を目指すも、情けなくも1度も登れたためしがない。

~アラスカ・マーシャル村の朝~
マーシャル村での僕の1日は、水から始まる。
全ての生物の命の源であり、それ自体が生命である水。まだ村が寝静まっている早朝、水タンクをつめ込んだ巨大なじゃが芋みたいな軍用ザックを背に、村の外れにある森の中へ1人静かに入ってゆき、湧き水を汲む。
雨の日も晴れの日も霧の日も、水を汲む。辺りに気を配りながら。ムースや熊が朝、頻繁に出ると村人が言うのである。
同じ道ではあるが、毎日毎日違った世界を見せてくれる!!そして自分自身も毎日変わって行く。昨日は目につかなかった草が今日見えたり、聞こえていた音が聞こえなかったり、森の中へと続く獣道に不思議と引き寄せられる日など・・・。水を汲んで顔を洗い、倒木に腰掛け、動かず辺りを包む空間に溶け込むの。すると頭は冴え、感覚がどんどん研ぎ澄まされて行く。全てのもの、風、石、水、草木、陽光、自分自身・・・全てが生きていると悟る。朝のこの1時間半程?2時間程?の時間が、僕の最も大好きな時間である。
生命の源であるように、これから始まる1日の源である朝も、水から始まる‼
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~マーシャル村での1日の終わり~
マーシャル村での1日の終わりは森の中で過ごす。
日が傾き空気が冷え込んで来る頃、針葉樹の森でトウヒの木々から葉を、ツンドラの野で草の葉を、川岸で一夜を共にしたいと思う流木を幾つか摘み、拾わせてもらう。
森の彼方へ消え行く太陽を、空にほとばしる優雅な夕日を眺め、やがて世界は暗闇に包まれる。僕は小屋に入り、ツンドラで摘み取った葉でお茶を作り、それを飲みながらゆらゆらと燃える炎を眺める。薪ストーブはゆっくりと部屋を温め、ストーブの上に置かれたトウヒの葉は焦げてゆき、やがてほんのりと香りを漂わす。
部屋の中、僕の体の中も森となる。
流木や木々、草のこれまでの過去に、そしてこれからの未来に思いを馳せ、感謝し、極上の空間が、森が出来上がる。
その心地よい温もりのある森の中で、本を読んでもいいし創作活動をしてもいい。考えに耽ったり、何も考えず、その森の空間を楽しんでもいい。何をするにも、森と過ごす空間は最高である!森と、地球の恵みと共に!!!
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自然との対話は僕にとってどんな遊びよりも楽しく、そして飽くことがない。心を空に純粋な気持ちのみで思想や知識、哲学、金も何も要らない。難しい事は何もなく、誰にでも簡単に出来る!そして日を重ねるごとに自然の奥深さが見に染み、染みれば染みるほど、楽しくなる!!!山登りやスポーツは体の老化と共に錆びて行くが、自然との対話は年を重ねるごとに錆びることなく、研がれて行く。10年、20年、30年後はどんな感性で自然の中で過ごしているのか・・・楽しみである!

PS
気がつけばマーシャル村で、もう1週間以上も時が過ぎていた。それほどこの村が気に入ってしまった。居候させてもらっているマービンおじさんの家での僕の仕事は、主に薪集めに水汲み、料理(もっぱら米料理、時たま虎フグの様な凄まじいブルーベリーパンケーキをこしらえる)である。
日を重ねるごとに色んな物が見えてくる。
自然を思いきり楽しむ僕に村人は、村の娘と結婚してここに住めと言う・・・今まで長く滞在した幾つかの村々で言われ続けた言葉・・・日本でやりたいことがあるのだが、日を過ごすうちに何だかそれもいい気がしてくるのである。若気のいたりである。

ユーコン川・荒野の旅 ~孤独への渇望~

鶏が、けたたましい一声を早朝の冷えきった大気の中にとき放ち、僕は目覚めた。久しぶりだった。鶏の鳴き声で目覚めるのは久しぶりのことだった。目覚めると共に、はるか昔の記憶が芽を覗かせた。幼い頃、祭りのクジを引いたときに鶏のヒナが当たったことがあった。そいつを育て、自由に成長した雌鳥と共に数年間生きた頃の、数々の記憶がバカバカと飛び出てきた。夜明け前の外へ出ると小屋の周囲に広がるツンドラの広大な野を、何匹もの鶏がはりつめた霜をものともせず歩き回り、コッコと草かなにかをついばんでいた。実に良い。実に喉かな朝である。
僕は今、マーシャル村、ツンドラの丘の麓に建つ小さなイヌイットの村にいます。海から400キロ程の距離だろうか。

1ヶ月前、リュービー村を出てから僕は孤独を欲した。誰にも会いたくなく誰とも話したくなくなってしまった。人の姿も声も気配も無い、静かな途方もない孤独を猛烈に欲した。そんな孤独への渇望に、嫌悪感を抱くことなどない。孤独を欲する心をそのままに、それに従って生き、どこへ導かれるのか、何を感じ何を思うのか、孤独にすごし、その先にあるであろうそれがもたらす未知なるものが楽しみであった。孤独への渇望からは冒険の匂いがぷんぷんと匂ってきた。僕はブレーキのぶっ飛んだ特急列車の様に、数々の村を留まることなくすっ飛ばしていった。村に少しだけ足を踏み入れる。すると直ちに、村中を土埃を散らして走る車や4輪バキー、犬の吠え声、そこいらに落ちているゴミが耳に目に入ってきた。あらゆるものが不自然でやかましく鬱陶しく思えた。すると直ぐに僕はカヌーに飛び乗り、静かな川の上へ逃れていった。
それでも特急列車は、時に停車するものである。アンビックという村がそれであった。支流・アンビック川沿いに建つこの小さな村には、他の村々と違って、圧倒的に木々が多かった。村の家々は森の中にポツポツと離れて点在していた。木々の間を飛び回る小鳥たちの姿と声、木々の香りが村に漂い、それらは心と体に心地よく響き渡った。

長い間孤独に身を置くことは良かった。 すぐ目の前に座って見つめてくる一匹の狐と過ごした雨の降る薄暗い森の中。森を抜けて出た広大な湿原で巨大な雄のムースに追い立てられ、逃げ、急いでテントを撤収してカヌー乗った直後、グリズリーの親子に出くわした。すぐ近くに危険があったことをムースに教えられた。フクロウの鳴き声に包まれる満点の星の下、ビーバーの木を削る音と自分の心音を聞きながら過ごした静かな湖畔での一夜。沢の水、木の実やベリー、草の葉を飲み食べ、体の隅々までがすっかり森になった。そんな中で長い間、じっくりとゆっくり思索にふけった。地球について、これからの自身の未来についてあれこれ考えを巡らした。世に溢れるどーでもいい、知る必要も意味もない負のエネルギーで満ちた情報共から隔絶された、静かな世界で考え作った未来には汚れたものも不安も何もなかった。自然と共に生きる未来はただただ楽しく輝いていた。雨に陽射しに風に寒さに・・・荒野に揉まれながらもその中で過ごした孤独の時は実に素晴らしかった!自然の中で生きることへの大いなる喜びを、与えてくれた!
※孤独孤独孤独と連発してはいるが、実際は孤独ではない。なんという言葉が適しているのか分からないが、それに近い言葉の気がするので孤独と言っている。

今はマーシャル村。2日前に着いたときに愉快で陽気なおじさん家族に捕まり、ツンドラの中へ連れていかれ、鶏と共にもっぱらブルーベリーと湧き水 を食べ飲んで生きている。
もう少ししたらUSのビサが切れてしまう。そろそろ荒野を出なければならない。大きな文明へと戻るときがもう近く迫っている。

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夕暮れ、炊き上がるのを待つ間の読書

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すっ裸で川岸のクランベリー摘み、そのあとは川の中へ
写真のために服を着ている

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3時間に及ぶサウナ
この間に体の水分が殆ど入れ替わった気がした

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アンビック村でインディアンと共に大鹿ハンティング
人に悲しみと喜びを与える死とを見た

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マーシャル村
25年の人生で食べた以上のブルーベリーをこの日集めた
それほどブルーベリーとは縁がなかったこれまでの人生
だがブルーベリーを食べなくても全く問題なく生きてきた
必要としなかったし食いたいとも思わなかった
美容・健康等といって空気と水等を汚しながら世界中から引っ張ってくる食物に溢れている日本、日本に限らず他国も同じ・・・
が、それらは本当に健康なんだろうか、必要なのだろうか・・・地球にとってはどうなんだろうか?地球を汚してまで自分の健康の為と食べるとは・・・地球は生みの尊い親であり、そして自分自身でもある
欲にのまれて外に外にと目を向けずもっと足元をみれば、身近にもっと良い食べ物は沢山あるだろう
地球はその地に生きる生き物たちに必要なもの最も有益なものを提供してくれているはずだ
それはでも・・・旅をしている自分にも当てはまった
自分にも言えることであった
様々な感情と思いがブルーベリーを食べて、頭のなかで弾けとんだ

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動物の足跡は美しいといつも思っていたが、人の足跡も負けてなかった
グリズリーと僕の足跡

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月に映え月に吠えるカヌー

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月夜をゆく

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地に生きる鮭

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ユーコン川・荒野の旅 ~探し求めていたものが見つかった~

タナナ村を出てから5日間、空は分厚い雲に覆われ、太陽は姿を消した。降りしきる雨に打たれ続けること5日間。最初のうちは何とも無かったのだが・・・テントも毛布も寝袋も荷物が次々と湿り始め、次第に心も湿り始めた。4日を過ぎる頃になると、もう殆どのものが濡れてしまった。荷物も体も心も・・・全て。乾いているものと言えば、過去、喉をからして酷い思いをした記憶位なもので、僕は濡れてヨレヨレになった藁草のように、萎れていった。こんなに雨に打たれ続けたことは過去になかった。こんなに雨を見続けたこともなかった。流れる川の水面に落ちて消えてゆく雨粒を、微かな感触と共に体に落ちて服を滴る水を、眺め、見続けた。テントに打つ音を、土や水面に落ちる音を、聞き続けた。長い、長い間一人、雨とゆっくりと向き合った。雨とは何なのか・・・じっくりと感じ、考えた。深かった。
ある小さな村の20キロ程手前で、川を流れてゆくひもじい濡れネズミの僕を拾ってくれた男がいた。その男は森の中で一人で暮らしていた。(正確には半年間1人、町で働くのが好きだという奥さんがおり、2週間町で働き、終わったら森にきて2週間一緒に暮らし、再び町へ行くという)夏も秋も冬も春も、雨の日も晴れの日も風の日も、その男は森の中で静かに暮らしていた。その男から貰った一杯の温かいコーヒーと、泊めてくれた丸太小屋の中の一夜・・・それらは極上の味がした!
小高い丘の中にある小さなリュービー村は、今までのどんな村よりも美しく、そして居心地が良かった。
そしてリュービー村を去り、白樺の森の中にあった無人の丸太小屋での滞在で、僕はこの旅で探し求めていたものを見つけた!!!!!!その瞬間、海まで行くという目標はすっかりその意味を重要性をなくしてしまった。途方もない開放感と満足感に満たされ、残りの2ヶ月間をこの荒野の中で存分に過ごそう!!!地球よ、ありがとう!

※これを読んでくださった方々へ。抽象的過ぎて何を言っているのか理解できないかと思います。まだ溢れる思いを文にまとめることが出来ないので、お許しください、御免なさい。

タナナから300キロ程下流のガリーナへ到着!

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タナナ村を去る。
美しい夕暮れ

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錆びて使えなくなったヤカンは、虫除け缶に生まれ変わった。

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タナナ村以後・・・ネッツと呼ばれる日本語で何と言うのか分からない、ブヨの様な吸血虫が何十匹と襲いかかってきた。煙で虫を追い払うも、僕も煙で苦しんだ。

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一夜を過ごした川岸。
そこは生命にみちあふれていた

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熊と僕

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オオカミと僕

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流れ着いた一本の大木が、その後幾つもの流木をせき止めた。この場所に。

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寒い夜、夕食を作ってくれた流木の火の最後の温もりで温まる。
この場所ですぐ近くまできょだいな熊がやって来た。

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お気に入りの場所

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写真を見返して、ゴミがその存在を教えてくれた。

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循環するサケ

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雨が来る

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今までで最も悪かったキャンプ

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誕生日のキャンプ
このあとはどしゃ降り

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白樺の皮は、火の焚き付けに欠かせない

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大好きなリュービー村

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リュービー村で迎えた一夜

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北の地で初めて見た猫のキティ
数年前、ドイツ人女性と共にカヌーで下ってきた。
そしてその女性にこのリュービー村で捨てられてしまったそうだ。
不思議な力をもったインディアンの女性の家にて

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色んな事を教えてくれた、森の中の無人小屋

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はるか下流の前方で老人が僕を待っていた

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老人の名はフィル、77歳だ。
川の上で乾杯した
巨大な脚が、フィルと僕の船を結ぶロープだった

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静かな支流へそれる

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夜中のスプルースと白樺と雲

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メモ帳。
僕の字は汚い。
しかし、早く書ける。
どんどん溢れでてくる言葉をこぼさず書き留めるのにこの字体は最適。
小中高の学校時代、先生達に字が汚なすぎる練習をしなさいと言われ続けたが、それをことごとく無視してきた。それで良かった!このままでいい、この字こそが自分が必要とするものであった。
※手紙は丁寧に書きます

ユーコン川・荒野の旅 ~食料が尽き、フィッシュキャンプを回る~

食料が底をつきかけた。米やジャガイモ等の食料が ビーバー村での10日程の滞在中、日に日に乏しくなって行った。そして出航前には殆ど無くなってしまっていた。ビーバー村に店は無く、100キロ程下流の次の村・スティーブンビレッジにも、その村のまた100キロ程下流の次の村・ランパートにも店は無いという。店はビーバー村から300キロ程下流のタナナという村にあり、そこで食料を調達するまでどうにかやりくりしなければならなくなった。なんだかとても面白くなってきた。
僕は最悪数日間飢餓に苦しむ覚悟で、カヌーをビーバー村から出した。数日間食わずとも死にゃしないので、何も恐れもなかった。
二日前に、何処かで大規模な森林火災があったらしく、周囲見渡す限り真白の煙に包まれていた。川のはるか遠くの地平線は霞んでみえず、岸辺の森も空も世界は白かった。幻想的な世界であった。
下っている途中、その日に早くも米が尽きてしまった。川岸に生えるヤナギランやタンポポ、つくし等の野草はいくら食べてもすぐに腹は減り、もうそろそろ飢餓が始まるかと思いきや、川岸の至るところフィッシュキャンプ(夏の間、インディアン達が、川を遡上する鮭を集中的にとる為のキャンプ)が現れた。僕はあらゆるフィッシュキャンプに立ち寄り、体力が有り余る体を差し出し、鮭をとってさばき、ハエの卵を取り除くのを手伝いながら鮭を貰い食いつなぎ、小さな2つの村を越えてタナナ村へたどり着いた。面白かった。
寄る寄るフィッシュキャンプや村々では毎回面白い人が、出会いが僕を待ち構えていたのである。
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ビーバー村 スプルースの森の中に沈む夕日

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ビーバー村 深夜になると、インディアンとイヌイットの子供達と毎日のように夕日を見にいった

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さらばビーバー村

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白い煙に包まれる荒野と孤独な男

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白い世界をゆく

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川岸の森の中にたたずむ無人の小屋

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小屋の壁にかかる素晴らしき注意書

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川から吹き上げる涼しい風に揺れる鮭

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椅子で凍えて眠る生まれて間もない子犬
暇さえあれば至るところを噛みついてきた

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ユーコンフラットという平らな地を抜けて山岳地帯に再び入った初日、久々に目にする澄みきった水の小川近くのに張った素晴らしいキャンプ

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ジェシーおばさんのフィッシュキャンプ
白樺の林の中に抜けてゆく煙が良い


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鮭と煙

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ジェシーおばさんと孫のスティーブン青年

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ジェシーおばさんのキッチン小屋
雑誌を穴が空くように読みふける三人

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トーブに薪を入れる寡黙で裸の男・アモー
ジェシーおばさんの孫だ

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サワドゥというアラスカのパンケーキ
菌は、ジェシーおばさんが子供の頃、母さんから分けて貰ったという。ジェシーおばさんよりも年よりなのである

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白夜の漁の帰り

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ジェシーおばさんに蓋など要らない
一回り小さなフライパンで充分

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白樺の木々に見下ろされながらの眠り
テントよりも良い
1ヶ月程もう靴を履いてないため、足裏は砂利だろうが藪のなかだろうが殆どどこを歩いてびくともしない、頑丈な皮を作り上げた
自分の足裏をこれほど信用し、愛したことは今までなかった

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血と鮭

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マリーおばさんのフィッシュキャンプ
森の中の3ヶ月の赤んぼう
僕が取り上げると弾けるように号泣した

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紅茶飲んでけーと森の中から現れたインディアン
二人は夫婦でない、友達だ

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おばあさんから受け取ったクッキーを手に、ピーナッツ塗りすぎだよこりゃと、顔をしかめるおじいさん

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欲しかったヤカンを貰った空き缶で作った
とても気に入っていたのだが数日後、中身が錆びてきて駄目になった。悲しかった

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時にカヌーを引っ張ってゆく
スボンは股まで濡れ、洗濯になる。

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ランパート村で迎えた白夜
砂浜にいくと少女が二人焚き火で泳ぎ冷えた体を暖めていた。こんな光景が現実にあるのかと、その光景をみて頭をガツンとぶっ叩かれた。近くにごつい銃があるのがまたいい

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ランパート村
お世話になった老人とその丸太小屋

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これが両親だと言って老人が懐中電灯で照らす写真
ライトの光が反射して全く見えず、見えないと言っても耳が遠すぎて伝わらず。暫く輝く光を見続けた

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老人は耳が遠いのと、僕の英語が適当すぎるので、まともな会話にならず、夕日に輝くテーブルで筆談をする。

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斧で削ったという柱
苦労の波が刻まれている

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ランパート村 僕が寝た小屋

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灰色の岩に砂、川、そして白い白樺の流木
一見質素で何ともないものだと思うかもしれないが、度々目を奪われる

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森に住むバーバラおばさんとレースおじさん

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気持ちよく見送ってくれたレースじいさん

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荒野に似合わないごつい、キャプテン・ロウの塊

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キャプテン・ロウとその仲間達
真ん中のもっっじゃもじゃのおじさんがキャプテン・ロウ

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キャプテン・ロウの船のなかで寝たベッド
男の臭いしかしなかった

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キャプテン・ロウの船のなかでは沸かすコーヒーはボールで充分。洒落た容器など要らない

途中から時間なんて知る必要ねぇやと腕時計をザックの奥ふかくにかくした。今まで僕を縛っていた時間という縄が解かれ、またひとつ僕は自由になった。
日記を毎日つけていたのだが、何処かで1日ずれたらしく、今日が何日か定かでない日が続いた。キャンプのインディアンに聞いても、今日は今日だという返事が帰ってきて全く把握できず、まぁ何日かどうかなんてどーだっていいやと開き直り、今まで縛られていた日にちという鎖から解かれ、またひとつ僕は身軽になった。
タナナ村へ入り、久々に携帯を使った。この機械は本当に毒だ・・・が、それに犯されている自分自身
歯痒い限りである

ユーコン川・荒野の旅 ~ビーバー村~

太陽は陽射しを強めながらゆっくりと上昇し、テントを照らしていった。テント内はぐんぐん気温が上昇し、たまらず僕は目覚めた。体がうっすらと汗ばんでいた。僕はそんな汗と、しつこくまとわりつく眠気と共に急な砂地の斜面を降りて川岸に向かった。それはビーバー村で迎えた3度目の朝だった。
僕はいつものように素っ裸になり川に入っていった。灰色に濁った川の表面は、そよ風に吹かれて小さな波が生じ朝陽でキラキラと照り輝いていた。水は冷たく、眠気と汗とを一瞬で洗い去ってくれた。水中から水面に顔を出すときの爽快感がたまらない。僕は何度も何度も水に潜っては魚のように水面に顔を出した。水浴を終え、岸にあがって服を着ている時だった。すぐ近くの川岸に留められている小さなボートから声がかかった。
「おはよ!一緒にコーヒーでもどお?」ボートの部屋の中から女性が顔を出している。彼女の名前はミニー。ミニー・トーマス。グッチンインディアンで、ユーコン川のレンジャーだ。彼女は昨日この村に来て、滞在していた。
僕はボードに上がった。暖かい淹れたてのコーヒーが入ったボロボロの紙コップを手渡され、ボートの縁に腰かけた。静かな朝だった。世界は止まっているかのようだった。「水浴び見ちゃったわよ。アダムズ家のシャワーは借りないの?」ミニーが言った。
「借りないよ、シャワーよりも川の方が断然気持ちいいんだ」
コップから1滴のコーヒーが滴り落ちて、右膝のスボンの布に小さな丸い染みが生じた。コップを上げて下から覗くと、底にほんの小さな穴が空いていた。そこからじんわりゆっくりとコーヒーが漏れている。やがて、もう1人、男がボートにやって来た。ジム、彼もまたレンジャーで、デナリ国立公園のレンジャーだ。ジムはコーヒーを受けとると船の縁に腰かけた。視界を遮るものは無く、天上に広がる青空、木々が連なった岸、静かに広々と流れる大河、それら全てが繋がっていた。草が繁った斜面の上には古びた鮭のスモーク小屋があり、近くにアダムズ家の大きな丸太小屋が凛として建っている。岸に繋げられたボートの下の水は穏やかだった。弱々しい風が時たま吹いてきて、岸辺の木の葉がそっと揺れる。僕らはボートの上で、コーヒーを飲みながら、静かな時を過ごした。それはゆっくりとした心地よい時間だった。何事にも追われること無く、全身で感じる陽の暖かみ、身をつつむ静けさ、コーヒーの苦味、時々生じる小さな会話を楽しんだ。他に何も欲しいものはなく、何も必要としなかった。それほどまでにアダムズ家の前の岸辺は、とても居心地の良い空間であった。気がつけば三時間以上も時が過ぎていた。

2011年。アイさんはこのビーバー村へ来て、クリフ・アダムズさんと結婚した。この居心地の良い空間こそ、クリフさんとその孫達と共に作り上げてきたものであった。
僕は数ヵ月前に2ヶ月ほど東北を旅し、多くの家を見て回った。そしてユーコンに来て、かつて人が生活をした古びた丸太小屋をいくつも見てきた。家や小屋、それを取り巻く周囲の環境、それらの中に足を踏み入れた時に感じる感覚が様々であることに、旅をしていた僕は気がついた。嫌な空気を感じるときもあれば、ホッとする時、重みを感じるとき・・・それぞれの空間はどれもこれも違っていた。それこそが人がそこで生活し、そこに住む人々が作り上げた空間であった。
一昔、アラスカの北の海岸地帯・ポイントバローで飢餓と疫病に苦しむイヌイットを引き連れ、ブルックス山脈を越えて内陸部に位置するここインディアンのにやって来たフランク安田さん。フランク安田さんが今あるこのビーバー村を、インディアンとイヌイット達と作り上げた。そして幾つもの世代を経て、それはアイさんとクリフさんに引き継がれてゆき、作った空間。この空間は重く深く、とても心地よかった。

日がオレンジ色の光を世界に散らしながら森の影に沈んだ深夜。アダムズ家の前の、美しく輝く静かな川で、クリフさんの2人の孫、イヌイットやインディアンの子供達と共に川で泳いだ。はしゃぎ、とびきりの笑い声が響き渡った。彼らと共に過ごしたこの楽しい時がまた、アイさんとクリフさんが作り上げた心地よい空間を、さらに良いものとしていった。

僕も自分の住む家を作り、いつか共に生きる人を見つけ、誰が来てもどんな生き物が訪れても居心地が良いと感じる、とびきりの安心感を与える空間を作っていこう!

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