旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

日光旅 僕らをひっ捕らえた看板

 思えば、都会に住む僕は看板というものに惹かれる事は全く無い。店がぎっしりとひしめく中、店は人の目を引くため、看板にど派手な装飾を施す。他の店はそれに負けじとさらに派手な装飾を施し、また他の店はさらにさらにそれに負けじと・・・何処までも何処までも走り続けるその暴走特急列車に終点駅というものはない。皆他と競い合って自分を誇示し、気が付けば、あっという間になんとまぁ見るに耐えないきったない街の出来上がりである。東京で生きていると嫌でも派手で、ばかでかい看板が目につく。何だか息苦しさを覚えるのは僕だけだろうか・・・。

 そんな東京のどぎつい看板とは比較にならぬ程質素で飾り気のない看板が日光の中三依にあった。

 その看板は、店の壁にただ一言文字が書いてあるだけ。ライトアップも装飾も何もされていない。だが、そんな飾り気のない一枚の看板が僕ら8人全員の興味を見事ひっ捕らえてしまった。壁にはこう書かれていたのである。

“ばーちゃんの店”

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卑怯だ、この看板はあまりにも卑怯である。これを見て一体この店は何なんだ?どんなばーちゃんが居るんだ?と思わずに居られないではないか。僕らは迷わず店の中に引き込まれていった。

 店はソフトクリーム屋であった。手書きの張り紙が壁に1枚貼られている。それを見る限り、どうやらわさびソフトが一押しらしい。だが、店の中にばーちゃんなど居ないではないか。いや、ばーちゃんに限らず人ひとり居ないのである。留守かな?そう思った矢先、店の奥の部屋から声が聞こえた。「いらっしゃい」と。その後すぐに腰の曲がったばーちゃんが1人、前かがみになって現れた。よっちらよっちら僕らの方に歩みよってくる。すると奥の部屋から続いて声が聞こえた。「いらっしゃい」と。直後、先のばーちゃんよりもさらに腰の曲がったばーちゃんが現れた。まさか2人のばーちゃんが現れるとは思ってもいなかったため、もしや、まだもう1人現れるのではないかと、ばーちゃんが出てきた奥の部屋をこっそりのぞいてみた。だが食べかけの昼食がテーブルに置かれているだけで、ばーちゃんはもう居なかった。昼食を仲良く食べていたのだろう、それを中断させてしまった為に芽生えた小さな罪悪感と共に、僕らはわさびソフトを注文した。

 「わさびソフト食べる人?」そう皆に呼びかける。はい・・・はいはい、はい・・・と時間差を置いてバラバラに手を上げる皆。いくつもの手がバラバラに上がり、ばーちゃんの目は泳いでしまった。

「わさびソフトが・・・2個、4個、6個、5個」と数える明らかに混乱してしまっていたばーちゃんに対して優しく手の指で6個と伝える。すると後から出てきたより腰の曲がったばーちゃんが部屋の奥へと消えてしまった。もう1人のばーちゃんが機械でソフトクリームをコーンの中に巻いてゆく。

 数分後奥の部屋から再び現れたばーちゃんに「はいこれどーぞ」と出されたのは、鮫皮にもりもりとおろされた生わさび。わさびソフトとはてっきりわさび味のソフトクリームだと思っていたのだが、とんでもない。偽物ではなく、本物の生わさびなのである。

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「ね、辛くないでしょ?」

ニコニコしながらばーちゃん達が食べる僕らに聞いてくる。

「君たちは何処から来たの?」

そこからしばらくの間、小さな店には楽し気な笑い声が響いた。

 ばーちゃんの店というシンプルで目立たない看板は、都会では生きていけないのかもしれない。でもそれでいい、人の少ない観光客もあまり来ない、静かで落ち着いた日光の地にとても馴染んでいる。今日、誰かあの看板に上手くひっ捕まえられてしまった人はいるのだろうか。思い出すと心がなんだか和やかになる。