旅する蜂ブログ

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自然を愛する男の日記 現在、カナダ・アラスカのユーコンの荒野で生きている!

北アルプス・穂高岳と借地権

 

 一体この土地は誰のものなのだろう?ふと浮かんだ疑問は、初めはそんな素朴なものであった。だが考えるにつれてその素朴さは消えて複雑なものになっていった。

いや“誰の”というのもよく考えてみればおかしな話ではないか。土地とはそこに住むあらゆる生き物が共有するものであって誰かの私有物になるものではないのではないか。遠い昔から今に至るまでの想像しがたい長い時間の中、様々な要因によってこの大陸が出来、この地が生まれた。微生物から始まり、植物、動物とあらゆる生物が関わりあって生きている。つい最近になって誕生した新米の僕ら人間が、勝手に所有物にする・・・それはなんだか考えてみればおかしいな、おかしいぞ!土地を自分だけのものにするという事自体なんだかおかしいぞ!僕は土地のことを深く深く自分なりに考えこんでいた。

それは山の中、夜の北アルプスの中での事であった。厚い雲が夜空一面を覆い、星ひとつ見えぬ暗い夜であった。風は冷たく、気温は氷点下を下回っている。辺りは静まり返り、パタパタとテントの布がはためく音が聞こえる。ヘッドライトのか細い光に照らされた薄暗いテントの中、僕はいくら考えても終わりのないように思われる、土地のことを考えていたのだ。

 そもそものきっかけは、Mさんの発したある一言だった。

「だからもう!!Groundo Lease(グランドリース)だよ!!」

グランドリース。日本語に直すと借地権である。それは北アルプス登山とは結び付け難い、疎遠な言葉であった。なぜこの言葉が、ここ雄大な北アルプスの山の中で発せられたのだろうか。ただ言えることと言えば、その言葉を発した時、彼女は疲れていた。寝不足のまま今日12時間程山を歩き続け、あまりにも疲れていた。疲れが溜りに溜っていたのだ。

僕らがこの北アルプス穂高連峰を登り始めたのは今日(10月22日)の早朝6時頃のことだ。夜が明けたばかりで、ひんやり冷たい大気の中を差す朝日に照らされて、穂高連峰の頂きが柿色に輝いていた。梓川に掛かる河童橋上高地周辺には、紅葉と朝日に染まる美久しい風景をカメラに収めようとする人々で混み合っていた。が、穂高岳に足を踏み入れた途端、それまでごった返していた人々の姿は消えてしまった。茂る木々の間、赤黄色の落ち葉を踏みながら登ること約2時間、沢岳小屋に辿り着く。小屋は数年前、雪崩で全壊し今はまだ修復途中であった。小屋の後ろを見上げると直ぐそこには鋭くそそり立つ穂高の山々が見渡すことが出来た。小屋の近くにテントを張り、あらかたの荷物を置いて、僕らは穂高連峰周遊を開始した。

 小屋から上は木々が無く、がれきの急斜面であった。がれきに体重を乗せるとどれもこれもぐらりとぐらついた。岩を落とさぬよう慎重に登ってゆく。登り始めて早々、はぁはぁと息を荒げ、頭が時々痛むんだ・・・と僕の前を歩くHさんがこぼした。

「高山病ですかね・・・無理せず降りますか?」

僕は言った。

「いや、もし本当にやばいと思ったら、そこで俺は引き返すよ、ありがとう」

そうは言うものの、顔はとても苦しそう。それでいて目を逸らすと直ぐにルートを外れ、危ない個所へと進んでしまうのである。

「あ、あっ、そっち行くんですか?こっちを歩いた方がいいですよ」

「あっそっちか・・・そうだよね。頭がぼっとして、気が付くとなにも考えずに登っちゃってるよ」

頭は垂れ、息を荒げていた。重たそうな足を一歩一歩出しだながらゆっくりと登ってゆく。

先頭を行くMさんとは距離がどんどん離れていった。

斜面を登り切る(天狗のコル)と強風が音を立てて止むことなく吹き荒れていた。汗ばんだ全身が冷える。空は晴れ渡り、眩しい陽光が暖かく感じられる。ザックを降ろして腰を下ろし、北アルプス南部を始め遠くまで広がる山々を眺めた。

「大丈夫?」

Mさんが尋ねる。

「時々、頭痛がするんだよね。でもこれくらいなら注意すれば大丈夫」

Hさんは答えた。

数分の休憩を終え僕らはごつごつとした岩肌の尾根を、数キロ先にある西穂高目指して歩き始めた。無理をせず、Hさんのペースに合わせて。尾根は切りたつピークを幾つも作って、はるか先まで続いていた。遠くの方で右に湾曲し、険しい山肌を見せている。

「うっは、これもし落ちたら死んじゃうな!!」

僕は足元の崖を見下ろして言った。

「そういうこと言わないで!今集中してるんだから、本当に怒るよ!!」

Hさんは必死で高所と岩場と格闘していた。

1つ目のピーク(ジャンダルム)を越えてしばらくすると、右手に伸びる山の影からもうもうと雲が流れてきた。それはみるみるうちにこちらに寄ってきて、気がつけば先ほどまで出ていた太陽を覆ってしまっていた。そのうち雹のように固く小さな雪が横殴りの風に乗ってピシピシと顔に襲ってきた。体感温度は一気に下がり、体が冷えてくる。ジャケット羽織ってフードを被ると音が聞こえにくくなり、僕らは無言のままひたすら歩き続けた。天気はそのまま回復せず、降りしきる雪は時に雨に変わり、また雪に戻ると言った感じである。

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 そのまま2つ目のピーク(奥穂岳)を越え、尾根歩きの終わり箇所(前穂高分岐)に辿り着いた。時計は4時を越え、辺りが既に薄暗くなり始めている。岩は雨で濡れ、滑りやすくなっている。途中で日が暮れて辺りが真っ暗になり、ヘッドライトの小さな明かりを頼りに下っていった。   

ようやくテントに辿り着いた時には時計は6時を回り、上高地を発ってから12時間が経っていた。僕らはテントに滑り込み、夕飯を食べながら疲れを癒した。

そして腹が膨れて僕らは黙って静かに時を過ごした。静まり返った山の中で、ライトの乏しい明かりが何だか心地良く、しばらくそうして流れる静かな時間を堪能していた。

 突然隣からHさんが僕に囁いた。

「ねぇ見てみろよ!寝てるよ座りながら」

顔を上げてMさんを見てみるとMさんは座ったまま顔だけを傾けて眠っていた。背をピンと伸ばして、足はあぐらをかき、手は足の隙間に重ねて置いている。その姿がなんだか仏に見えた。座りながら眠るとは、終日歩き通して相当疲れているのだろう。その姿が面白おかしかった。その時、突然Mさんが聞き取れぬ英語でゴニョゴニョと何かを言った。

何を言っているのか聞き取れず、「??え?何?」と僕らは聞き返した。

するとそれに答えるようにMさんは声を荒げて言ったのだ。

「だからもう!!Groundo Lease(グランドリース)だよ!!」

外資系で働いているMさんは、外国人相手に常日頃から英語を使っている。座って眠ってしまったものだから脳は寝付けずに動いていたのだろう。そして頭の中で恐らく投資家や企業を相手に土地関係の仕事をしていたのだろう。細々とした質問に、複雑な質問を浴びせられ、懸命に頭をフル回転させていた。そうしてみるみると苛立ちは募っていった。そんな激烈に荒れ狂う戦場に新手の敵がいきなり飛び込んできたというわけである。そいつは余りにもすっとぼけた質問であった。それこそが僕らの出した「え?何?」だったのだ。そんなすっとぼけた質問に我慢の糸がはち切れたのだろう。Mさんは叫んだのだ。

「だからもう!!Groundo Lease(グランドリース)だよ!!」

それからだった。その一言で僕の頭の中にふとした疑問が湧き出てきたのである。

「一体この土地は誰のものなのだろう?」

行きつかぬ答えを探るべく、眠りにつくまで僕は考えこんでしまった。しんと静まり返る静かで寒い夜であった。僕はいつの間に眠りについてしまっていた。納得のゆく答えを見つけぬまま・・・。