旅する蜂ブログ

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自然を愛する男の日記 現在、カナダ・アラスカのユーコンの荒野で生きている!

斎藤健太の幸せな1週間

 訳が分からなかった。一体何があったというのだろうか・・・全く訳が分からなかった。僕は食べていた夕飯を中断してテーブルを発ち、暗い階段を駆け上って自分の部屋に入り込んだ。階段下から母親の声が聞こえた。

「いきなりどうしたの?」 

その問いを無視し、僕は携帯電話に話しかけた。

「なぁおい、意味が分からねぇ、何があったんだよ・・・?」

携帯電話からは今にも死んでしまいそうなか細い声が聞こえてきた。

「八須・・・ダメだ、俺もうダメだわ」

訳が分からなかった。一週間前から斎藤は、どでかい幸福感に包まれていた。欲しいものを手に入れて、もうこの世の中に不満など一切無い、そう言える程の幸福に包まれていた斎藤からは悲しみに満ちた弱々しい声が聞こえる筈がなかった。ふるふると震える声からは、半べそをかきながら話している斎藤の姿がありありと想像する事が出来る。

「八須・・・ダメだ、俺もうダメだ・・・」涙ぐんだ声で、言葉を詰まらせながら斎藤は言うのである。

 それは僕のせいだったのかもしれない。斎藤が不幸になってしまったのは、元を辿れば僕のせいである気がしてならなかった。

 斎藤という男は僕の高校以来の友である。背が僕より少しだけ小っちゃなフィリピン人のハーフ男だ。高校時代に通っていたボクシングジムで出会い、それっきり気が合い、今現在まで事あるごとに会っては旅の話や将来の夢を語りあう仲である。

 大学3年生の冬、当時僕はそんな斎藤に飼っていたイモリの写真を何枚もラインで送っていた。「この写真かわいくねーか?」と容赦なくバンバン送り付けていた。斎藤の手元へは日々何枚ものイモリの写真が送り付けられてきた。水槽の中を悠々と泳ぐイモリの写真、餌に食らいつくイモリの写真、陸に上がってのんびりしているイモリの写真・・・。鬱陶しい程に勝手に何枚もの写真が送り付けられてくる。そしてついにはそれれらの写真が、斎藤の中に眠る生き物を愛おしむ心に火を点けてしまったのだ。

斎藤が言った。

「俺もトカゲを飼うことにした!!だからペットショップに一緒についてきてくれよ!」

 翌日の昼過ぎ、家の前で車のクラクションが鳴った。僕は外へ出た。窓が開き、運転席からは嬉しそうなほくほくの顔が覗いている。

「早くいこーぜ!」

「あぁ!行くべ行くべ!」そう言って僕は助手席に乗り込み、車はペットショップに向かって走り出した。

トカゲを買う予定であった斎藤だったのだが、ペットショップに入って数十分後、斎藤はある水槽の前に釘付けになっていた。何をそんなに見惚れているのかと思い、その水槽を見てみると、そこに入っていたものはトカゲではなかった。

「八須おい、こいつを見てみろよ!かわいくねぇか?」斎藤は言った。

「あぁ確かにな!かわいいな、こいつはかわいい・・・。でもあんなに欲しがっていたトカゲはどうしたんだ?」

「トカゲはやめた。一目ぼれだよ!こいつに一目ぼれしちまったんだ!決めた、俺、こいつを飼うわ!」斎藤は目を輝かせながら言った。

「えぇっ!!2万、2万円もするんだぞ?」

そんな驚いた僕の忠告など聞きもせず、斎藤は止まらなかった。

そうしてペットショップから出る時に手に抱えていたものはトカゲではなかった。手に抱えられていたもの、そいつはカメレオンだった。斎藤はカメレオンに一目ぼれしてしまったのだった。カメレオン一匹で約2万円、その他に水槽やヒーター、電球に木の枝・・・店員にそそのかされてこれもあれもと買わされ、斎藤は6万円程の大金を財布から引きずり出してカメレオンを買ったのである大金をはたいた後でも、斎藤はこれっぽちも後悔の色を見せず、これ以上ない程の幸せに満ち溢れた顔をしていた。

 カメレオンの餌はコオロギである。ビュルッと一瞬で伸びる舌でコオロギを捉えて捕食するカメレオンの姿が何とも堪らないらしく、斎藤はそれからというもの毎日毎日僕にカメレオンの捕食時の写真をラインで送り付けてきた。

 

 カメレオンを毎日眺め、幸せに満ち溢れている筈のそんな斎藤から、死にそうな声が聞こえてきたのである。

「八須、俺もうダメだ・・・なぁ聞いてくれよ。カメレオンを手放さなければならなくなっちまったんだよ」

訳が分からなかった。なぜそんな状況になってしまったのか全く想像が追いつかなかった。

「とにかく落ち着け、なにがあったのか聞かせてくれ」僕がそう言うと斎藤は震える声で語り始めた。それを聞き終えた時、僕は悲しみと沈むと同時に、何処からか笑いがこみ上げてきたのだった。

 斎藤はこう切り出した。

「下の住人が大家に言いつけやがったんだ!俺が部屋の中で大量のゴキブリを飼ってますって!俺はかってねぇぞ。大量のゴキブリなんか飼ってねぇっ!!」

 

PS つづく

山の用意は終わってないし、まだ風呂にも入っていない。本も読みたいし、旅の企画書も作らないければならない。もうダメです。今日は書くことは出来ないのでまた手が空いた時に書きます。