旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

1日の始まりはバナナの皮から!

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ホットなコーヒーを片手に新聞を広げ、世間を賑わせているニュースに目を通す。

ジャムが塗られた食パンを頬張りテレビをぼんやりと眺めながら、今日1日の事を考える。

 千差万別とある人々の1日の始まり。

そして八須友磨の1日の始まりはホットなコーヒーでも、新聞でもない。

僕の1日の始まりは…バナナの皮を土から掘り返すことから始まる。

 

 

去年の10月頃からか、朝会社に着くと僕は決まってリンゴを丸かじりするようになった。

理由は単純。リンゴは尿酸値を下げてくれ、何よりも堪らなくうんめぇからだ。

それからというもの毎朝毎朝人が居ないガランとした社内にシャリッ…シャリッとリンゴをかじる音が響くようになった。

それがいつ頃だろうか…春先かな。朝の社内にリンゴをかじる音が聞こえなくなった。

冬の終わりと共にリンゴの時期も終わり、スーパーや八百屋の果物売り場からリンゴの姿が消えてしまったのだ。

 

困った僕はリンゴの代わりになる果物を探し求めた。

イチゴにスイカ、メロンにブルーベリー…美味そうな果物は沢山あった。

しかし毎日食べるのには高すぎる。

そんな中バナナが僕の目にとまった。安くて且つリンゴにも引けを取らぬ美味いバナナ…。

それからというもの僕はリンゴの代わりにバナナを毎朝ゴリラの様にむっしゃむしゃと食べるようになった。

 

バナナとリンゴ…この2つの果物の違う点は、色・形・味等探せばいくらでもある。

けれど…僕の中で決定的に違う点、それは食った後にゴミが出るか出ないかであった。

種や芯も全て食っていたリンゴは食った後に跡形も無くなくなっていたのだが…バナナは違う。流石に皮を食べることは出来ない。

食った後には必ず皮というゴミが生まれる。

 

僕は考えた。毎朝生まれるこのバナナの皮をどうしたものかと。

そして思いついたのが土に返すことだった。

丁度会社の駐車場には錆びれて寂しい花壇があった。

その花壇に僕はバナナの皮をせっせと埋め始めた。

日に日にバナナの皮は花壇に埋められていった。

1ヶ所に埋めるのではない。

その日その日の気分で目につく場所に埋めてゆくのだ。

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雑草がそこいらに散らかり、土は踏み固められて固く、植えてある草木もなんだかパッとしない、お世辞でも綺麗とは言えない花壇。

そんな花壇に変化が起きた。

 

ある日、いつも通りバナナを1本平らげて、埋めようと土を掘り返すと先日埋めたバナナの皮が出てきた。黒く変色し、しなしなと変わり果てていた。

それ自体特に変わった事でも何でもない。

変化は別の所にあった。

バナナの皮から四方八方に慌ただしく散ってゆく奴らがいた。

慌てて土に潜ってゆくもの、体を丸めて身を守ろうとするもの、足を懸命に動かしてその場を一目散にさってゆくもの…

ミミズを始め、ダンゴムシや蟻など小さな虫たちがバナナの皮に群がっていたのだ。

数か月前までは荒れ果てた荒野の様だった花壇に虫たちが姿を現し始めたのだ。

 固かった土も土で毎日僕があくせく掘り返すものだから日に日に柔らかくなっていった。

 

僕が花壇にバナナの皮を埋めると…バナナの皮は周囲に甘い甘い匂いを放つ。

それをいち早く嗅ぎ付ける虫達。

甘い匂いはダンゴムシや蟻等小さな虫たちの知覚に刺激を与え、彼らの足を動かす。

美味しそうな匂いのする方向へ、起伏に富む土を一生懸命彼らは突き進んでゆく。

ミミズはにゅるにゅると土を掘り進めてやって来る。

遠く離れた所から何分もかけて彼らはやって来る。

そうしてついに彼らはその美味しそうな匂いを放つ物体の元へと辿り着く。

彼らにとってそれは新鮮で全く未知なるものである。

バナナなど今まで見たことも食べたことも無いのだから。

バナナは本来日本には無い果物なのだから。

彼らはそんなバナナの皮を食べて一体何を感じるのだろうか?

僕達人間が異国の地を旅し、食べたことの無い料理を食べた時に感じるような感動を彼らも感じているのかもしれない。

 

ゴミ箱にポイと捨ててしまえば後は焼却されてしまうバナナの皮。

しかしそんな皮でもそこいらの土に埋めるだけで、そこに住む生き物達にとってはご馳走になるわけだ。

 

僕らの毎日捨ててゆくゴミの中には1つ工夫すれば何か他に役にたつ様なものはいくらでもあるのだろう。

人間1人が生きていく中で一体どれ程の物を無駄に労費してしまうのだろうか…。

花壇に埋められ腐りかけたバナナの皮に群がる彼らの姿を目にし、そんな思いが毎朝毎朝こみ上げてくる。

 

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ただ漠然と眺めるだけだとなんの面白みも感じない花壇、それは1年前に僕が入社した頃と変わらないことなのだが…今では襲い来る蚊の大群に臆せず土を掘り返してみるとそこにはバナナの皮を美味しそうに食べる彼らの姿があるのである。

 

 

またある日、僕がバナナの皮を埋めている姿を丁度出勤してきた女性社員に見られた。

「あら、八須君。今日は一体何をしているのでしょうか?」

彼女は言った。

「あ、今バナナの皮を埋めてるんです」

僕がそう答えると…

「バナナの皮ですか!?それはまたまた何でしょう?ww」

その場に笑い声が響き渡り、朗らかな空気が流れた。


バナナの皮を埋めるだけで朝の一時がこれほどまでに変わるものなのか……



 

 満員電車に揉まれてはぁーと重苦しいため息を漏らす。

 皆がまだ眠っている薄暗い頃に家を出て土手を散歩し、地平線から昇る朝日を眺めて清々しい気分になる。

 朝食を突きながら家族とのんびりと会話する。

 

千差万別とある人々の1日の始まり。

八須友磨の1日の始まりは満員電車に揉まれてため息を漏らすことでも、地平線から昇る朝日を眺めることでも、家族と会話することでもない

僕の1日の始まりは…バナナの皮を土から掘り返すことから始まるのである。

弱肉強食 心を痛めて過ごした夏の日々

もう殺さなくても良いんだ。
そう思うと気持ちがぐっと楽になる。
ここ何週間で一体どれほどの命を捻り潰してきたのだろうか・・・
殺生はもう沢山だ。
小さな命を奪って奪って奪って奪いまくる。
それももう終わりを迎えた。



事の始まりは数か月前に買った20kgの麦だった。
当時僕は痛風をどうにかしようと色々と試行錯誤していた。
規則正しい生活リズムは勿論、食事には人一倍気を利かせ野菜中心の食生活を心がけていた。
人参に玉ねぎにもやし・・・・・・

ある日、麦飯が尿酸値を下げるという情報を掴んだ。
早速麦を探しにスーパーへ行った。
しかし売っていたのは1㎏の小さな規格だけ。
1日に3合食べる男にとって1kgという量はそう多くは無い。
僕は頻繁にスーパーへと買いに行くようになった。
しかし時が経つにつれてちまちまちまちまと買うことが億劫になってきた。
そこであろうことか、20kgのばかでかい麦を通販で買ったのである。

僕は山へ行くときは何日も家を空ける。
3日間は普通だ。
時には5日も開けることがある。
そして始めてそれを目にしたのは7月の始め頃のことだった。
それは一匹の小さな芋虫だった。
久しぶりに家に帰ると…
芋虫が小さな体をウニウニとうねらせて壁を這っていた。
僕は思った。
「キャベツかなんかにくっ付いていたんだろ」
芋虫をつまむとムニィと柔らかい感触が微かに伝わってきた。
そのまま外へ逃がしてやった。
それからというもの何匹もの芋虫が壁を這っているのが目につき始めた。
「おかしい、どこから入って来たのだろうかこの芋虫どもは」
その答えが分からず僕は芋虫を一匹一匹丹念につまんでは外へ逃がしていった。

数日後・・・
羽の生えた虫が壁に止まっていた。
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しかも一匹などではない。何匹もいるのである。
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流石に焦った僕は何処から虫が湧いているのか部屋中を探し回った。
換気扇、風呂場、冷蔵庫、ゴミ箱・・・しかしいくら探してもその虫の出てくる源を見つけることが出来なかった。
僕は諦めてその内いなくなるだろうと思いその虫を一匹一匹逃がしてやることにした。
虫は一向に減らなかった。
逆に増えてゆくばかりであった。

そんな中、米びつの中の麦が底を尽いた。
麦を補充しようとロフトに置いてある20㎏の麦の元へと行った。
麦袋は口が開いていた。
中を覗き、そこに広がる光景に僕はゾクリと寒気を覚えた。
虫がうじゃうじゃと湧いていたのだ。
袋を揺らすと虫どもが一斉に羽を羽ばたかせて袋から飛び出していった。
中には交尾をしている虫までいる。
「俺の麦だぞ!!」
袋をベランダへひっぱり出し虫たちを一匹一匹丹念に取り除いていった。
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暑い…蒸し暑い夜だった。一匹一匹手でつまんでは取り除く作業は実に骨がおれる。
袋のなかで小さな虫が逃げ惑った。
それを執拗に追いかけて取り除いてゆく。
汗がTシャツを湿らし、額を滴となって滴り落ちていった。
どれぐらい悪戦苦闘したのだろうか…やがて袋の中の虫は全て取り除くことができた。
しかし部屋の中はもう虫だらけ…羽をパタパタとパタつかせ、鱗粉を撒き散らしながら自由に飛び回っていた。

「こんな小さな虫でも俺と同じように生きているんだ。儚い短い寿命の中で一生懸命生きているのだから殺してはならない」今までそう思って虫を外へ逃がしていたのだが…もう耐えられず僕の心は鬼と化した。
やらねば部屋が虫のものになっちまう。
彼らを殺すことにした。
一匹一匹潰していったのである。
指で潰すとプチっという感触と共に体液がドロリと出てきた。虫達は次々と殺されていった。
虫にとって部屋の中はまさに地獄だった。

それからというもの何日何日も小さな命を奪う日々が続いた。
何匹殺めたのかもう分からなかった。
掃除機で吸ったりもした。
しかしいくら殺しても虫を淘汰することが出来なかった。
数日後、再び米びつの麦が無くなりロフトへ上がっていった。
袋を開けると再び虫がうじゃりと湧いていた。
虫は袋の中で繁殖していたのだ。

再び汗をかきながらの取り除き作業が始まるのであった…

また・・・
麦を研ぐときに水に何匹もの芋虫が浮いてきた。
それでも捨てることなく僕は麦を食べ続ける。
20キロの麦を捨てることなど僕には絶対に出来ない。
ブラジルではばかでかい蟻がサンドイッチに挟まっていることや、買ったケーキが糸を引くことなど頻繁にあった。
ハエなんかは日本の比ではない。
ほっときゃ食い物はハエで真っ黒になる程である。
それに比べれば麦にたかる虫や芋虫位どうってこたぁない。
虫も芋虫も食ってしまえば栄養である。
僕はこれからも20キロの麦がなくなるまで食べ続けるのである。

そして8月半ば…長く長い日々が…ようやく命を奪う日々が終わった。
虫達がとうとういなくなったのだ。
それはつまり…僕が大量にこの手で小さな命奪いまくったことを意味する。
どうか次生まれ変わるときは米に湧く虫にはならないでくれ…死んでいった虫達に僕が出来るのはそんな小さな祈りぐらい…
本を読んでいるとき・・・執筆をしているとき・・・視界の端にパタパタと飛ぶ虫の姿をもう見ない。
朝目覚めると・・・日差しに照らされて壁は白く輝いていた。
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腐ったさつま芋とお盆休み

8月8日月曜日・・・
「今週の13日土曜日、ナマズ釣りに行こうぜ!」
友人から1通のLINEが来た。
僕は即答した。
「おーけー!行こうぜ!!」
それきり気持ちは高まり、僕の意識は夜の真っ暗な水のなかを悠々と泳ぐナマズへと向けられた。

そして日は流れ・・・

8月13日土曜日の夜10時半・・・
「釣れたぞ!」
その言葉と共に1枚の写真がLINEで送られてきた。
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僕は布団の中で体を丸め呻きながら送られてきた写真をただただ眺めることし出来なかった・・・

そう僕は13日土曜日の早朝に体調を急激に悪くしナマズ釣りに行けなくなってしまったのだ。

39.9度という高熱、腹痛に下痢に吐き気に少しの鼻血、全身に襲いかかる疲労感、ダルサに寒気・・・
初めはインフルエンザかなと思ったのだがどうも今の時期にインフルエンザはおかしい。
ここ一週間のことをよく思い返してみると・・・ふと昨日の昼食に食った腐ったサツマイモのことを思い出した。
違いねぇ・・・間違いねぇあの腐ったさつま芋だ!!!
食中毒・・・それしか考えられなかった。

何故腐ったサツマイモなんか食べたんだ?と聞かれたのだが・・・それがその日の昼飯であり、少し位腐っていようがまぁ死にゃしねぇだろ!!という信念があったからだ。

まぁ確かに死にゃしなかった。
だが食中毒になってしまった。
(病院に行っていないため特定は出来ません)

僕の内臓の中で何万何千匹という黒い小さなバイ菌どもがばかでかいピッケルを振りかざしガッツンガッツンと炭鉱を掘るがごとく破壊の限りを尽くしているイメージが鮮明に浮かび上がった・・・

こうして僕はお盆の期間中ずっとバイ菌どもに苦しめられて布団の中でうめいていたのだ。
2日間断食を行い、3日目で熱が下がり4日目でようやく治ったのだが僕が寝込んでいたその数日間・・・
見えるのは全く動かないつまらない天井だけだった。
朝目覚めたときも、ぼんやり眺めているときも見えるのはいつも白い天井だけ。日が暮れるとその白みが黒くなる、その程度の変化しか起こらぬ。
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寝ているだけでは勿体無い!なにかを考えよう!本を読もう!そう試みるも吐き気や腹痛が邪魔をしそれを許さなかった。
僕は何もせず、何も生み出さずただ苦しみひたすら横になるしかなかった。

この数日間、世界では何が起こっていたのだろうか。
僕の友人達はナマズ釣りや、登山、バーベキューなんかを楽しんだようた。
オリンピックでは選手1人1人がそれぞれの思いを胸に熱く競い合っていた。
それを熱狂的に観戦する人々。
内戦で苦しむ中東の人々。
海の沖合いでは網を投げて魚を捕ってる男達。
露店で退屈そうにボーとする人々。
僕と同じように腐った物を口にいれて苦しんでいる人々・・・

何十という国があり何十億という人が生きるこの地球には日々数えきれないほどのドラマが生まれる。

会社勤めをしている僕の今の状況では動ける範囲も見れるものもとても限られてはいるけれど・・・それでもその限られたなかで見れるものはある。
もしあの金曜日の昼、腐ったさつま芋をなんかを食べてさえいなければ僕は釣りにも行け山にも行けたのだ。
そこではその日その場所でしか見れなかったものが必ずあったはず。

腐ったさつま芋・・・
それを食ってしまったばかりに僕はその貴重なチャンスを逃してしまった。

苦しみの中、布団に横たわり目を見開くと視界には動かぬ天井が映るばかりであった。

小さな車の鍵を巡る、小さな男達の物語

8月7日日曜日、男は疲れ果てていた。
時間は深夜の11時30分を過ぎている。普段ならばもう寝ている時間だ。
眠気で頭がクラクラとするし、体は鉛の様に重い。
出来ることなら座りたい。座って眠りたい。
だが周りは人だらけ。座れる席など席など無い。
座って眠る・・・満員電車ではそれは叶わない儚い夢。
だがあと少しで最寄駅に着く。あと少し・・・。

ダメだ眠い。
男は立ったままドアに体を預け、目を閉じて顔を下へ向けた。
そうすることで直立よりかは少しばかり眠りやすそうだったから。
次に男は手の置きどころに困った。眠るにあたってブラブラする手が気になるのだ。
男は手をズボンのポケットにするりと突っ込んだ。
体は安定し眠れる態勢が整った。
これで10分ばかりの移動時間を眠ることが出来る筈。

しかしそれは違った。
ポケットに突っ込んだ手の指先が何かに触れた。
5cm程のプラスチックの塊だ。
家の鍵・・・?いや違う。この感触は鍵ではない。
財布・・・?いや違う。財布はもっと大きくて柔らかい。

なんだろう?そう思いその物体をポケットから取り出した。
それを見た瞬間、男は愕然とした。
思考は停止し目の前が真っ暗になった。

手に握られているものは車の鍵だった。
それも友人・ボイの車の鍵・・・。
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一体俺はなんてことをしてしまったんだ‼
眠気は一瞬で吹き飛び、代わりに焦りと後悔の念が嵐となって男を支配した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

「凄まじい渋滞だこりゃ・・・」男は言った「車が全く動きゃしねぇ!」
「ああ本当に凄い渋滞だ。王子駅に着くのは23時を過ぎそうだな」ボイが言った。

8月7日(日曜日)時間は8時を過ぎ、外はもうすっかり暗くなっている。
男とボイ達は土日を使い山梨県でクライミングをした。
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その帰宅時、彼らは渋滞にはまってしまったのだ。
上りの中央道は帰宅ラッシュ。
車の光が点々と光り、遥か先まで線となって続いている。
車は少し進んでは止まり、しばらくして少し進んではまた止まる。

男は助手席に座り動かない外の景色をぼーっと眺めていた。
運転をしているのは仲間のボイ。首をグルリグルリと頻繁に回し、眠気と戦っている。
車は相変わらず動かない。渋滞は酷いものだった。

9時を過ぎた頃だった。
「あぁもうダメだ眠い、運転交代!」ボイが男に言った。
「了解!次のパーキングで交代だ」

パーキングに車を止めて2人は席を交代した。
「はいこれ、車の鍵ね」
助手席に座ったボイは男に車の鍵を手渡した。
男は受け取った鍵をポケットに入れ、エンジンをかけた。
ボイは疲れて萎れた草の様にへなっている。

そのあとしばらく車内は静かで暗かった。助手席に座るボイはスースーと寝息をたてて眠っている。
前を走るワンボックスカーの赤いブレーキランプが男の目を照らし続ける。
静寂が続き、しばらくすると男は耐え難い眠気に襲われた。
気を抜くとまぶたがフッ・・・と落ちてきて、目の焦点も定まらなくなる。
なんとか眠気を振り払おうとハンドル一杯まで体を前のめりにし、再び椅子にもたれかかる。それを何度か繰り返し、ほっぺを左手でバチバチとぶっ叩いた。ジンジンと痛みが走り眠気が少しばかり和らいだ。だが眠気は直ぐに舞い戻ってきた。
意識が一瞬遠のきハンドルがぶれた。車は進行方向を逸れて壁に向かって進み、ぶつかる直前で男はハッと目を覚ました。
「あーねみぃ、眠すぎるぞ!!なぁおいボイ!眠すぎる」男は悲痛な声をあげた。
ボイは目覚めた。
「このままだと前の車に突っ込んじまいそうだ、いや突っ込む、絶対に突っ込むぞ」男は言った。
「運転を見れば分かる!危ないな!次のパーキングで交代だ!」
「パーキングまで7キロある」
「7キロだ、あと少しじゃないか頑張ってくれ」
「前を走るあの黒いワンボックスカー・・・あの運転手はぶったまげるだろうな。いきなり後ろから突っ込まれるのだから。俺はこのままだとドンという音と衝撃、それに絶望をワンボックスカーへ届けちまいそうだ。そしてこの中央道に新しい混乱を巻き起こし、これからこの道はもっと酷い渋滞に陥るぞ」

ボイは顔をこちらに向けた。
「妄想が過ぎるぞ、安全運転で宜しく」
「冗談だよ!!でも今にも眠りそうだ。頼むから話しかけ続けてくれ。そうじゃないと前の車に突っ込んじまう」

「分かった。話しかけ続けるからあと7キロ踏ん張ってくれ、衝突は勘弁だ」ボイは言った。「明日は仕事?」
「そうだ明日は仕事だ仕事!眠気と格闘しながら仕事だ。ボイは?」
「俺も仕事だぁ」

ようやくパーキングに車を止めて男はボイと運転を代わった。
男からは緊迫感が消え、安心感に包まれた。
鍵は男のポケットに入ったまま。

車は再び、渋滞の中へ突っ込んでいった。
夜の中央道を東京へ向けてゆっくりと進んでゆく。

王子駅に着いて千葉の家に帰るのは12時を過ぎちゃうなー・・・今日は帰ってから洗濯をしなくちゃ」ボイが言った。
「これから洗濯?そんなの明日やりゃあいいじゃないか」
「今日やらないとダメなんだ、明後日にはまた山に行くからな」
「そうか・・・それにしても酷い渋滞だ。」

男とボイを乗せた車はノロリノロリと夜の中央道を進んでゆく。



そうして王子駅に着いたのは23時過ぎだった。
男の眠気はピークに達していた。
「お疲れ、ありがとな!千葉まで気を付けて」男は声を振り絞った。
「おう、こちらこそありがとう。また山へ行こう!お休み」

男は向きを変え、重いザックを背負い駅へと向かって夜道をトボトボと歩いていった。

男が去った後、ボイはタバコを一本吹かして車へ乗り込んだ。
ブレーキを踏んでエンジンボタンを押す。

しかし車のエンジンがかからない。
あれおかしい、そう思いもう一度ボタンを押した。
車はやはり動かない。
ハザードランプのチカチカチカと点滅する音だけが鳴り響く。
あとは静まり返っている。
ボイはイライラしながらな何度も何度もボタンを押した。
結果は同じだった。
車は眠りから覚めない。

「あいつ・・・鍵を持っていったな」
慌ててポケットから携帯を取り出したボイは男に電話をかけた。
「お客様のお掛けになった電話番号は現在電源が入っていないか、電波が届かないところにあります」
男の携帯に繋がらない。

ボイは曇る気持ち胸に車を飛び出した。
駅の方を見るが男の姿はない。
もう一度電話を掛けるが・・・やはり繋がらない。

「あいつ・・・携帯の電源を切ってるのか?」
その後ボイは全身に冷や汗をかきながら男に何度も何度も電話を掛けた。




ザックを背負った男は思い足取りで電車に乗り込んだ。
駒込で降りて電車を乗り換え、新宿へ向かった。
頭のなかは眠ることだけしか無い。
重いザックから解放され、シャワーで汗を流して布団へ飛び込むのだ。
体を伸ばし、安堵と幸福に満ちた世界へ入ってゆく。絶対に気持ちいいぞ!!男は眠ることだけし考えていなかった。




ボイはその間も男に電話をかけ続けた。
いくらかけても男は出ない。
時間は刻一刻と刻まれてゆく。
「オイオイオイオイやばいやばいぞ、何で出ないんだくチクショウ!」
ボイは苛立っていた。
目の前のコンビニからおじさんが出てきて店の前でタバコに火をつけた。
フーと煙を吐き出して静かにビルの上方を眺めている。

「あぁもう!!」
ボイが堪らず叫んだ。
おじさんはボイに視線を移し無感情な眼差しで眺めた。そのあとおじさんはタバコの煙を吐き出して再びビルの上方へ視線を戻した。

ボイは何人もの仲間に電話を掛けた。
男に電話をするように伝えた。
しかし、返ってくる言葉はみな同じであった。
繋がらない。
「このままじゃ帰れない、仕事にも行けないじゃないか!!!」
ボイは怒った。
静まり返った社内にチカチカチカとハザードランプの点滅音が鳴り響くいている。
おじさんはタバコの火をもみ消して暗い町へと静かに消えていった。




男は新宿で降りて電車を乗り換えて喜多見駅を目指した。
車内は満員、頭の中は相変わらず眠ることだけ。

そしてもうあと15分程で到着するという時だった。
男はポケットの中から出てきた小さな車の鍵を見て絶句したのだった。

男は慌てて携帯を取り出すが電池が切れている。
今頃Hさんは焦っているに違いない。
いや、怒り狂っているに違いない。
男の頭の中は罪悪感と後悔で一杯になった。

代々木上原に着くと同時に電車を飛び出した。
時間はもう11時半・・・まだ王子駅まで電車は出ているのだろうか?
男はサービスカウンターまで飛んで行った。
乱れる息のなかで尋ねた。
「まだ王子駅まで行けますか?間に合いますか?」
王子駅ですか。ちょっと待っててください・・・えーと・・・でも王子まで行ったらもう帰りの電車は無いですよ?」
「構いません!!!帰れなくても王子駅まで行ければいいんです!」
王子駅に舞い戻り、終電が無くなって今夜は道端でゴミのようになろうが構いやしなかった。
ボイの悲惨な状況を考えれば終電を逃して何処かで野宿になろうが構いやしなかった。
今頃ボイはコンビニの店員に注意され、警察に注意され、帰れずに絶望に陥っている筈だから。

「分かりました。ちょっと待っててください」
そう言って駅員は分厚い時刻表の本をペラペラとめくりだした。
時は刻一刻と刻まれてゆく。
「47分の電車に・・・あ、今もう出ちゃいます!走って下さい!!新宿まで行ってそこから埼京線で赤羽まで行って・・・」
僕は最後まで聞かず「ありがとうございます」とだけ残して階段を駆け上がった。
今にも出てしまいそうだった電車に乗り込むとハァハァと息が乱れていた。
車内で乱れる僕に対して回りの冷たい視線・・・。
「あの・・・すみません。電話を貸してください!友達の車の鍵をもってきてしまったんです。でも携帯の電池がきれてしまって連絡が取れないんです。電話をどうか貸してください!」
見ず知らずの兄ちゃんに男は嘆願した。
「使って下さい!」
兄ちゃんはなにも言わず貸してくれた。
しかし・・・電話番号が分からない。
急いでヤフーメールに送られていた登山計画書を見ようとするがヤフーの暗証番号をがあやふやだ。
何度も間違えてログイン出来ず。
何とかログインし電話番号を確認する頃には電車は新宿に着いてしまっていた。
男は携帯を返してお礼を言い、埼京線まで全力で走った。
ホームでハァハァと乱れる男に対して回りの冷たい視線・・・。

男は一番近くにいた化粧の濃い姉ちゃんに言った。
「友達の車の鍵を・・・携帯を貸してください」
しかし姉ちゃんの目は不審者を眺めるような冷たいものだった。
男はあっさりと断られてしまった。
男は嘆く暇もなく近くにいた青年に切り替えて再び嘆願した。
しかしこれもあっさりと断られた。
この国はなんと冷たい国なのだろうか‼‼

電車が来た。満員電車だ。
男は乗り込んで目の前に居た若いサラリーマンに嘆願した。
サラリーマンは言った。
「そうなんですか・・・好きなだけ使って下さい!」
この国はなんと親切な国なのだろうか‼‼

「もしもし?本当にごめん。車の鍵を持っていっちまったよ・・・本当にごめん」
「大丈夫だよ、今親父がスペアキーを持ってきてくれるから。あと20分ぐらいで着くはずだよ」
ボイの声は落ち着いており、何事もなかった様な口振りだ。
「来週の例会にはくるでしょ?そんときに鍵は渡してくれればいいからさ!心配しないで」
「本当にごめん。今度この償いは必ずするから」
「いいよそんなの!ビール一杯おごってくれるだけでいいよ!」

男は電話を切り、サラリーマンに携帯を返した。
「大丈夫ですか?」心配そうに男に話しかける。
「大丈夫です、助かりましたありがとうございます!これ、電話代です、気持ちですから受け取ってください」
小銭をサラリーマンに向けた。
「そんなの要らないですよ!!友達が助かった。それだけで十分ですよ!」
サラリーマンは笑みを浮かべて微笑んだ。
男の涙腺は潤んでいた。
周りの人は2人のやり取りをじっと眺めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・


これを書き終えた僕は小さな小さな車の鍵を眺めた。

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この小さなプラスチック・・・握りつぶせば簡単には壊れてしまいそうな小さなプラスチック。
だがこんなにも小さなプラスチックには大きな力が秘められている。
その何倍何千倍もの重さと大きさの車を動かす力を。
そして8月8日にこの小さなプラスチックは車を動かすだけにとどまらず・・・2人の男に嵐を呼びこんだのだ。
次はいったいどれ程のものを動かすのだろうか?
この小さなプラスチックは・・・・

車の鍵を見つめながら、
僕は心のなかで思い切り叫んだ。
「俺のくそバカ野郎!!!!」

※ボイとは現実の当人の名前ではありません。僕が勝手に考えた名前です。

こんな格好でいいかな・・・

 

長野県の山の麓にある一件の旅館があった。

旅館の名前は秀山荘。

古い木造の旅館だ。

目前にはのし掛かるように聳え立つ標高2900m程の山・木曽駒ケ岳

旅館の周りを囲む緑の木々が涼しい。

道路わきには看板が立て掛けられておりこう書かれている。

“温泉の飲用は便秘、痛風、肝臓病、糖尿病・・・に効く”

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この旅館は山から降りてきた人々を何年もの間癒してきたのだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

7月30日土曜日の早朝6時頃、その日は朝から霧が立ち込めていた。

陽の光は遮られ、肌寒く、今にも雨が降りそうなどんよりとした嫌な天気。

窓の外は霧のせいで視界が悪く見える筈の遠方の景色も白い霧で遮られてしまっている。

 

僕は木曽駒ヶ岳を目指し車で峠道を走っていた。

僕の他に仲間が2人いた。

1人は後部座席で首を傾けて眠っており、もう1人は運転している。

僕はぼんやりと窓の外の流れる景色を眺めていた。

 

もうそろそろ登山口に到着する頃、霧で悪い視界の中にその旅館がチラリと目に入った。

 

「あ、旅館だ。山から近いし下山後の温泉に良くないですか?」

僕は運転中のMに言った。

「あーいいねぇ!じゃあ帰りはここに寄ってみよう!」

Mは答えた。

 

程なくして登山口に到着した僕達は山を登りはじめた。

木曽駒ヶ岳にはロープウェイが走っており誰でも簡単に山の頂上まで行くことが出来る。

僕達はロープウェイとは反対側の人気のない登山口から登っていった。

川を渡り、蜘蛛の巣をかき分け、息を切らしながら一歩一歩登ってゆく。

8時間程かけて頂上に辿り着き、テントで夜を明かし、翌朝僕達は下山した。

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山を降りきったのは昼過ぎの1時頃だった。

空は昨日とはうって代わり晴れ渡っていた。

ジリジリと強烈な陽射しが容赦なく降り注いでいる。

我々の体は汗や泥まみれ。

肌はべっとりとべたつき、頭はかいぃ。搔いても搔いてもかいぃ。

汚い体を綺麗にするために、僕達は早速その旅館へ行った。

 

駐車場に車を止めて外へ出た。

ふと道路脇に立て掛けられている看板を見た。

その瞬間、ある2文字が僕の目を釘付けにした。

痛風

この2文字だ。

どうやら温泉を飲むと痛風が良くなるらしいのだ。

痛風持ちの僕の心は一瞬で輝いた。

ここの温泉に早く入りてぇ!!!

気持ちは温泉の事で一杯になった。

 

ガラガラと扉を開けて旅館に入る。

電気の点いていない館内は薄暗くて静まり返り人の気配が無い。

「こんにちはー」

僕は声を上げた。

・・・・・・

返事は無かった。

扉は開いており、人が居るのは間違いなさそうなのだが・・・返事が無い。

薄暗い玄関は不気味なほど静まり返っている。

 

僕はもう少し大きな声で言った。

「こんにちは!だれか居ませんか!!」

・・・・・・

やはり返事は無い。

僕の声は薄暗い玄関に虚しく消えていってしまった。

 

おかしい・・・・・管理人の居ない旅館なんて果たしてあるのだろうか?

 

「だれか居ませんかー?おうい!!!」

僕は声を張り上げた。

・・・・・

やはり返事は無い。

相変わらわず薄暗い玄関は死んだ様に静まり返っていた。

 

なんなんだこの旅館は!

そう思い、周りを見渡した。

古い木の下駄箱、古い習字和紙やカレンダーがぶら下がっている壁、黄ばんだチラシやら何だか良く分からない書類が山のように積まれている受付カウンター・・・

そんな散らかっているカウンターに一枚の紙が貼り付けられてあった。

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そこにはこう書かれていた。

“ベルを押してください”

僕はその言葉通りベルを押した。

 

ピンポーン・・・・・・

ベルの音が館内の奥の方から虚しく鳴り響いた。

 

・・・・・

誰も来ない。

物音一つしない。

 

おかしいな。誰もいねぇのかな?

 

紙の文字には続きがあり、こう書かれていた。

“ベルを押しても来ない時・・・

離れた所に居ますので電話下さい”と。

離れた所?どこだ?離れた所ってのは?

 

僕は離れた所に居るらしい旅館の人に電話をかけた。

プルルルル、プルルルルと何度かコールした後に電話は繋がった。

「はいもしもし?」

「すみません、温泉に入りたいんですけど・・・受付にだれもいないんです。今どこに居ますか?」

「あ、そうですか、ちょっと待っててくださいね。いま行きますから」

そう言って電話は切れた。

数分後薄暗い廊下からのしりのしりと人影が近づいてきた。

旅館のオヤジだった。

ヨレヨレの白いランニングシャツを着ており、乳首が浮き立っている。

首は垂直に曲がっていた。

 

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「こんな恰好でいいかな~?」

それがオヤジの第一声だった。

ヨレヨレの白いランニングシャツの事を言っているのだろう。

その恰好じゃ嫌です、と言ったらどうなるのだろうか?着替えてくるのだろうか?

「あ、大丈夫っ大丈夫です。気にしないんで」

僕達は答えた。

 

「先月首を痛めてしまってね・・・首が上がらないんだよ」

垂直に曲がった首・・・下を向きながらオヤジはそう言った。

先月に一体何があったというのだろうか?

 

この旅館は普通じゃねぇな・・・そう直感した。

 

「これミケ!お客さんが来たら出迎えなきゃダメでしょ!!」

そう言ってオヤジは部屋の中から1匹のヨボヨボの猫・ミケを持ってきた。

オヤジの手に首を掴まれて抵抗することなくブラブラと力なく垂れ下がっている猫。

毛はボサボサ、動きもノロノロ。

「ミケはもう20年生きてるんですよ。このミケに餌をやるためにわざわざ遠いところからやってくる人もいるんですよー」

 

僕達はただただ唖然としていた。

 

そして温泉へと向かった。

 

汗と泥の浸み込んだ服を脱ぎ、浴室へと入った。

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椅子に座り、体を洗い流す為にシャワーの蛇口を捻る。

その瞬間に「あち、あっちぃ!!!」僕は思わずそう叫んで跳ね退いた。

ドバドバと勢い良く熱湯が出てきたのだ。

ソロリソロリと水の蛇口を捻った。

だが熱湯は止まらない。

熱くて触れない。

その内、バシャッ・・・バシャッと熱湯は出ては止まり、止まっては気まぐれに出てくるようになった。

とても体など洗えたものではない。

 

洗面用具の中身もゴミまみれ・・・

 

浴槽の湯を桶ですくい体を洗ってから温泉に浸かった。

疲れが吹きとんだ。

しばらくリラックスして浸っていると何処からともなくガスのくさい臭いがモワワ~と漂ってきた。

“この湯は鉱泉ではありません。温泉です”

そう書かれていたのだが・・・本当なのだろうか?

ガスの臭いはオヤジが慌ててボイラーを入れている姿を想像させた。

僕達は笑った

 

何だか痛風に聞くという温泉も何だか疑わしく思えてきた。

一体過去何人の人が道路脇に立て掛けられている看板の痛風や肝臓病、糖尿病に効くという言葉に引かれてこの温泉に誘い込まれたのだろうか?

 

もうこうなったら旅館の目につくもの全てが面白くなってきた。

 

更衣室の壁に貼り付くプレート、そこに書かれているカルシュウム、マグネシュウムという文字・・・

何の問題もなく動いているのが不思議な古ー~い扇風機・・・

故障中の古いタバコ販売機・・・

目に入るもの全てが突っ込みどころ満載で我々の心はすっかりと癒されていた。

 

目まぐるしく発展をとげる今の世の中。

そんな世の中の流れに飲まれず、この秀山荘という旅館だけは時間が止まっている様であった。

日本には秀山荘の様な個性あふれる旅館は沢山あるだろう。

そんな旅館を探して訪ねてみるのも良さそうだ。

そんなことを思うと僕の気持ちはウキウキだ。

  

 長野県の山の麓にある秀山荘。

ヨレヨレの白いランニングシャツをきたオヤジがあなたを待っている。

「こんな恰好でいいかな・・・?」この言葉があなたを待っている。

その時あなたは何と答えるのだろうか・・・?

 

 

長老のたたり

 

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   人が滅多に寄り付かない深い深い山奥にある一匹のイワナが居た。

そのイワナの住む沢は両側を山に挟まれ、深い谷となっている。

沢の両脇に鬱蒼と生い茂る草木が陽の光を遮り、昼間でも薄暗くひんやりとしている。

川の流れる水音がサラサラと途切れることなく響き渡り、時たまひぐらしのカナカナカナー…という鳴き声が聞こえる。

人工物など1つも無い世界・・・人が滅多に寄りつかないそんな山奥にある一匹のイワナが息を潜めていた。

 

そのイワナの命が突然奪われた。

2016年7月17日の昼過ぎのことであった。

 

   その2日前の7月15日の深夜、東京を出た僕ら5人は猛烈に眠かった。

眠気で垂れ下がるまぶたを必死にこじ開けながら車を走らせた。

向かう先は新潟県の山岳地帯。

沢の名前はサゴイ沢。

4日間かけてゆっくりとサゴイ沢~苗場山を登ろうとしていたのだ。

 

数時間眠気にまとわり憑かれながら車を走らせ、僕らはようやく目的の山の麓に辿り着いた。

時計を見ると夜中の2時。

辺りは真っ暗闇。

車の傍でテントを広げて仮眠をとり、夜が明けてから我々は山に入っていった。

 

バシャバシャと音をたてながら沢を登ってゆく。

ひざ上まで水に浸かりながら沢を登ってゆく。

途中、岩の苔で滑っては川に落ち・・・

水が激しく流れ落ちるいくつもの滝をびしょ濡れになりながらも超え・・・

雨に降られてはブルブルと寒さで体を震わせ・・・

僕らは沢を登って行った。

 

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そして17日の昼過ぎ・・・

僕は水の中にゆっくりと沈んでゆくブドウ虫をジッと眺めていた。

釣り竿の細い先から垂れ下がる糸、その先端に付いている5mm程の白いブドウ虫がゆらゆらと川の流れに流されながら静かに沈んでゆく。

釣り竿を持つのはTさん。数時間釣り糸を垂らすも中々釣れないTさんだった。

僕はそんなTさんの横に座りその釣りの様子を眺めていた。

 

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ブドウ虫がもう川底に沈むかと思われたその時・・・

1m程下流にあった岩の下から突然細長く黒い影がぬっと現れた。

魚だった。魚は一直線にブドウ虫へと泳いでゆく。

ゆらりゆらりと尾を揺らし、ゆっくりとブドウ虫の所へ泳いでゆく。

Tさんはホケーとしておりそれに気づいていない様子であった。

僕は魚がゆっくりとブドウ虫に近づくその光景に興奮を覚えていた。

声に出してその興奮を発散したい衝動に駆られていた。

しかし騒いでしまったら魚は逃げてしまうだろう・・・

僕は昂る気持ちを抑えて静かに興奮していた。

数秒もしないうちに魚はブドウ虫へ辿り着いた。

そしてブドウ虫を躊躇なくパクついた。

それを見た僕は声をあげた。

「あ・・・食った‼‼」

その一言で突然叩き起こされたかの様にTさんは釣り竿をパッと引きあげた。

その瞬間、針が魚の口にグサリと突き刺さり、そのまま糸に引かれていった。

引き上げられてゆく間、魚は殆ど抵抗しなかった。

 

イワナだった。

それも普通のイワナではなく・・・23年間生きてきた中で始めて目にするイワナだった。

頭は立派で大きく、反対に体はゲッソリとやせ細っている。

頭の大きさと体の細さ・・・実に不釣り合いな姿であった。

 

水から引き上げられ、釣り糸に垂れ下がっている時もぴちぴちと暴れる事無くダラリとしていた。

元気が全くない。生気が全く感じられない。明らかに弱っていた。

 

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そのイワナを見た瞬間、思った。

「こいつぁこの川に住む長老に違いない・・・」と。

人の殆ど入らないこの沢で静かに生まれ、静かに生き、静かに死のうとしていた。

長老は寿命が身近に迫っていることを悟り自ら断食をしていたのかもしれない。

肉はどんどん落ちてゆき、体は日に日にやせ細ってゆく。

そして死がもう目前に迫っていた時、突然ブドウ虫が視界の中に現れた。

ポチャンと音をたてて川に落ち、ゆっくりと沈んでゆくブドウ虫が目に入った。

「こいつを最後の晩餐にしよう・・・」そう思った長老は無い力を絞り出し、ゆらゆらとブドウ虫の所まで泳いでゆき、食った。

生涯最後の飯だ・・・そう思いながら食ったのだ。

 

しかしそれは罠だった。

僕ら人間の恐ろしい罠だった。

静かに生涯を閉じようとしていた長老は成す術も無く水から引き上げられていった。

その後直ぐに腹をナイフで切り裂かれ、内臓を引き出され・・・無念にもその生涯を閉じたというわけであった。

 

その数時間後のことだった。

長老を釣った張本人・Tさんが山の斜面から転がり落ち、膝を捻挫してしまった。

 

以前、酔っ払った仲間から聞いた言葉にこんな言葉がある。

「でかいイワナを釣ったら絶対に逃さないとダメっすよ。絶対に逃がさないとダメっす。僕の仲間が2人、でかいイワナを釣って食ったんすけどその後に2人とも怪我をしたんすよ・・・。でかいイワナにはたたりがあります。絶対にたたりがあるんすよ」

べろんべろんに酔っ払った仲間から聞いた言葉・・・。

 

 そして膝を捻挫したTさんを見ながら思った。

こりゃ、たたりだ・・・イワナのたたり・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その翌日、山から家に帰った時にはもう夜がすっかり更けていた。

時計の針は12時を越している。

体中に重たい疲労が溜まり、意識は眠気でもうろうとしていた。

明日は仕事。

はぁと1つため息を漏らす。

しかも明日は早朝会議がある・・・早く起きなければならない。

また一つはぁとため息をもらす。

僕は目覚ましをセットする為にザックから携帯を取り出そうとした。

ガッサガサッ…ガッサガサ…とザックの中をほじくり返すこと数分間・・・携帯が無い。

全身が熱くなり、嫌な予感が頭をよぎり、冷汗が噴き出てきた。

何処にもない。服の間にも、ビニールの中にも、ポケットのなかにも・・・どこにも携帯が無い。

ザックをひっくり返し、中身を全部ほじくりだして丁寧に探しても見つからない。。

携帯が無くなってしまったのだ。

 

 そしてその翌朝・・・

洗濯機の蓋を開けると、洗濯物がびっしりと白いものに覆われていた。

テッシュだった・・・。水に濡れてふやけきったティッシュが岩にへばり付く牡蠣の如く洗濯物にびっしりとこびり付いていたのだ。

ズボンのポケットにティッシュを入れたまま洗濯してしまったのだった。

っっっこんっちきしょう‼‼‼僕はいきりたった。時間がねぇってのに!!

早く家を出ないと遅刻してしまう。

僕は呪いながら洗濯物をたたき、はたき、振り回した。

テッシュの残骸が服を離れて宙を舞い地上へヒラヒラと落ちてゆく。

バルコニーはあっという間にテッシュまみれになった。


 

でかいイワナを釣ったら絶対に逃さないとダメっすよ。絶対に逃がさないとダメっす。

この言葉が記憶の奥底からゆらゆらと漂ってきた。

 

僕は思い出した・・・

あの長老を僕も食べたていたことを。


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24年生きた記念として

先月の7月25日・・・
僕は24歳の誕生日を迎えた。

そして、1992年から2016年までの24年間生きた記念して始めることにした。
ブログを。

さて、ブログを始めよう!そう思い立ったが早速壁にぶち当たった。
一発目の記事は何を書こう・・・と。
今日道端で出会った弱りきった猫のこと?
米に虫が湧き・・・今、部屋中に虫が飛び回っていること?
痛風のこと?
山で訪れた怪しいいわく付きの温泉宿のこと?
ダメだ・・・どれもダメ。
一発目の記事としては書けねえや。

僕は悩んだ。
何を書けばいい?何を書けばいいんだ?
そんなことで数日間悩んだ。

そしてふと頭に浮かんだ。
自分自信の過去について書こう!と。

こうして書く記事が見つかった僕は東京を去り、埼玉県の実家へ帰った。
母が丹念込めて用意した夕飯には目もくれず本棚からアルバムを引っ張り出した。
アルバムには埃が薄く被っており、ページはすっかり黄ばんでしまっている。
もう何年もアルバムを見ていなかった。
パラリ・・・パラリ・・・とページをめくってゆく。

ページをめくるごとに記憶に全く無い当時の僕の写真がボロボロと出てきた。


深谷のタバコ臭いバー(バーとは昔からの祖母の呼び名)に抱かれている写真・・・
乳を飲んでいる時の写真・・・
泣き叫んでいる時の写真・・・
「昔、俺はこんなんだったのか」
そんな事を思いながらページをめくってゆく。
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しかし・・・昔の自分自身を探す旅は直ぐに終わりを迎えた。
この旅を終わらせたもの。
それは弟の写真であった。

僕には年が3つ離れた弟が1人居る。
弟とは昔、仲が良かった。
一緒に釣りをし、森で秘密基地を作り、落ちてるエロ本を探し回ったりもした。
良く遊び、良く笑い合い、喧嘩をしまくった。

そんな仲が良かった弟とは今では・・・
全く遊ばなくなってしまった。
釣りも、秘密基地作りも、エロ本探しも何もやらなくなってしまった。
もう笑い合うこともなくなった。
会話すらもしなくなってしまった。
醜く、実に下らない喧嘩は今でもたまーにするけれど・・・
お互いに余りにも無干渉すぎてまるで他人の様になってしまった。
兄弟という関係が薄れてきている・・・最近ではそんな気がしていた。

そんな弟の
仲が良かった頃の
昔の弟の写真が出てきたのだ。
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僕はアルバムをめくりながら大爆笑をしていた。


初めて弟を見たときのことをよく覚えている。
病院のガラス越しから生まれたばかりの弟を見て、親に言った言葉を今でもはっきりと覚えている。
「あれはだれの子?僕が家に持って帰る‼飼うんだ‼‼‼」
生まれたばかりの弟が可愛すぎてそんな事を言っていた。
当時の僕は弟を虫の様に思っていたのだろうか・・・。

24歳になった今、アルバムを見かえして改めて思った。
会話すれば喧嘩ばかり・・・
何をするにしても憎たらしいと思っていた弟・・・
すっかり仲が悪くなってしまった弟・・・
そんな弟ともう昔の様でなくとも今よりも少しだけ仲をを良くしようと。

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追記
こんな写真を公開し弟が怒り狂ってしまったら、焼き肉でもご馳走してなだめよう。

自分の過去についてはまたいつか書きます。