旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

飯をくれ!!

 東北の旅も半ばを迎える頃、僕らは森の中を車で駆け抜けていた。

窓を開け放ち、葉の吐き出す新鮮な空気に酔いしれながら、のんびりと外の流れる景色を眺めていた。

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(写真は窓が空いてないときです)

 

そんな時、ふと僕らの目がある不思議なものを捉えた。

立ち並ぶ木々の先に、水が流れ落ちているのが見えた。

滝だった。

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それも普通の滝ではない。

滝の水がトンネルから流れ落ちていたのだ。

「あれは滝?トンネルから滝??」

初めて見るその不思議な滝に、僕らの6つの目は興味をそそられて思わず車を停めた。

その滝に誘われるように・・・引き付けられるように・・・僕らの足はその不思議な滝の元に向かって歩んでいった。

滝の近くにたどり着き、まじまじと滝を眺めた。

高さ3メート程の小さな滝は、言葉通りトンネルから流れ落ちていた。

暗い暗いトンネルの中を覗くと、数十メートル先に小さくて明るい出口が見えた。

一体この滝はだれが、何の為に作ったのだろうか・・・?

そんな疑問を抱いて眺めていたのだが、数分後には僕らはその滝にすっかりと飽きてしまった。

そうして車に戻ろうとした時だった・・・

 

一体どこに潜んでいたのか・・・一匹の猫が車の傍にちょこんと座っていた。

そいつは人懐っこく、毛むくじゃらの頭を僕らの足にスリスリとこすりつけてきた。

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そのあまりの可愛さに僕らの心はトロリととろけてしまい、そいつに夢中になってしまった。

くのやろ!こいつめこいつめ!!と僕らは夢中になってそいつを撫でまわした。

顔をむぎゅっと押つぶし、わしゃわしゃと頭を撫でまわし、柔らかいお腹をぽよぽよと・・・容赦なくいじくり回した。

しばらくの間そいつは気持ちよさそうにしていた。

だがあまりにも僕らがしつこいので、

それが相当気に入らなかったのだろう・・・そいつは首を、体をグネグネと振り回し、撫でまわしてくる腕を払いのけて僕らの傍から離れていった。

そいつは少し歩いてから立ち止まり、振り返って首だけをこちらに向けてきた。

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その顔にはこう書かれた。

「飯をくれやがれ!!」

その後そいつは向き直って、森の草むらの中へと姿を消していってしまった。

 

 そいつは知っているのだろう。

その滝が珍しいことを。

そのトンネルから流れ落ちる滝が、人の目を引き、車からついつい降りてしまわずにはいられないことを。

人が降りるとみると、そいつは草むらからひょっこりと姿を現して愛嬌良く人に振る舞うのだ。

頭をすりすりとこすりつけ、ひと声ただ泣くだけでいい。

そうすることで今まで何度美味い飯にありつけたことだろうか・・・。

だが、あの3人は違った。

飯をくれるどころか、ひでぇくらいに撫でまわしてきやがった。

お陰で毛はボサボサだ・・・。

 そいつは再び柔らかい草の上に丸くなり、目をつぶってスピースピーと鼻息を鳴らしながら眠り始めた。

そうしながら、そいつはただジッと待ち続けるのだ。

車が滝の前で停まるのを。

 

 

 

 

東北に森にいたある1匹の猫

 

 

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羽ばたいた彼女

 

 それは9月の半ばごろからか・・・彼女は必死にしがみ付いていた。

葉は雨粒に打たれてバッタバタと激しく上下し、風に吹かれて四方八方に揺れ動いた。足を離してしまえば、たちまち彼女の軽い体は雨嵐の中へ飛ばされてしまうことだろう。

彼女は振り落とされない様、必死に葉の裏っ側にしがみ付いていた。

彼女は、もう何日もそうしていた。もう何日も飛んでいなかった。もう何日も月を見ていなかった…。

 

彼女は感じていた・・・。

もうそろそろ自身の寿命が尽きることをひしひしと感じていた。

目はかすみ、世界がぼやけてきた。

以前の様にくっきりと世界を見られなくなってしまっていた。

少し前までは簡単だった葉の裏にこうしてしがみ付くことも・・・今では足の節々が痛んでとても辛い。

あでやかで美ししかった羽、それも今ではボロ雑巾の様。

鱗粉が剥がれ落ち、所々破れてしまっている。

「私…もうそろそろ死んでしまうんだわ…」彼女は雨風で揺られる葉の下で悲しんだ。「死んでしまう前に、もう一度、月光に輝く夜空を自由に飛び回りたいわ…」

 

 だが雨は容赦しない。

9月中旬、日本の本州付近に前線が発生し、黒々とした分厚い雲が空を埋め尽くした。

止む気配を一切見せず、雨はひたすら地上に降り注いだ。

何日も何日も止むことなく降り続けた。

ポツポツとやさしく降り、時にはザーザーと怒り狂った様に降り・・・雨は幾日も振り続けた。

雨が降るせいで、彼女はもう何日も夜空を飛んでいなかった。

雲が空を覆うせいで、彼女はもう何日も月も星も見ていなかった。

 

しがみ付きながら彼女は昔の事を思い出していた。

まだ小さな毛虫だった頃、毎日毎日首を持ち上げて空を見上げ、いつの日か大空を自由に飛び回ることを想像していた・・・

さなぎになり、ふ化の準備をしている時など楽しみで体をいつもうねうねと動かしていた・・・

「雨で飛べない今も、何だかあの頃の気持ちと似ているわ」

雨はそんな彼女にお構いなく降り続けた。

彼女は心から祈った。死ぬ前に・・・もう一度だけ夜空を美しく飛び回りたい。お願いだから空よ晴れてちょうだい!

 

 それは久しぶりに見る太陽だった。

雨は止み、空は晴れ渡り、陽の光がさんさんと降り注いだ。

今までずっと薄暗く、どんよりしていた森の中に陽が差し込み、世界が光り輝いた。

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陽が葉を照らして葉の脈が透き通って見え、そよそよとやさしい風が吹き、ゆらゆらと葉が揺れた。

「なんて気持ちの良い日なのでしょう、今夜・・・ようやく今夜飛べそうだわ!!」

 

 

 そして・・・もう太陽が山陰に落ち始め、辺りが次第に暗くなり始めた頃だった。

彼女は6本の足を葉の裏から離した。と同時に羽を羽ばたかせ、体を反転させてふわりと宙に舞った。

頭上に生い茂る葉や枝を潜り抜け、樹上に出た。

山陰から洩れるオレンジ色の夕日が西の空一面を染めていた。

彼女は懸命に羽ばたいた。

後方へ飛び散る鱗粉が夕日に照らされて、キラキラと光り輝いているのが見える。

森の木々がどんどん小さくなり、遠くどこまでも続く山々が目に移り世界がどんどん広がっていった。

生涯最後となるかもしれない飛行・・・彼女は泣き、その小さな体にその感動を深く刻み込むかのように飛んだ。

彼女は風に乗って、どこまでもどこまで飛んでいった。

 

 何故そこへ飛んできたのか分からない。

あまりにも大きな感動でなにも考えられなかったのか・・・?

風がそこへ連れてきてしまったのだろう・・・?

僕は120㌔程で高速道路をすっ飛ばし、東京へ向かっていた。

シュンシュンと後方へすっとんでゆく流れる景色の中で・・・前方にふと彼女の姿を目が捉えた。

黒い小さな彼女の姿が見えたと思った次の瞬間、バチュッと音をたてて、フロントガラスには見るも無残に潰れた彼女の姿があった・・・

僕はなんと罪深き男。

 

 

東北の山奥に生きた一匹の蛾の物語

増えるスリッパ

 

 何故スリッパが増えているんだろう…

初めてそれに気が付いたのは、1人温泉から部屋へ戻った時だった。

 

 

 

   夜はもうすっかりと更けており、辺りを真っ黒な世界が隙間なく覆っていた。

僕は露天風呂から上がり、館内へ入った。

廊下は薄暗く、電球がオレンジ色の光をチラチラと垂らしている。

 

キシリッ…キシリッ…と木がきしむわびしい音が歩くたびに聞こえてくる。

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階段を上がり、僕らの泊まっている部屋の前へ来た。

障子戸は閉まっていた。障子は黒く、部屋の中の電気が点いていないことが見てとれた。

戸を開けようと取手に手をかけた時だった。

目がぼんやりとした影を1つ、視界の下で捉えた。

見ると“スリッパ”だった。

暗い廊下、部屋の戸の前に一組のスリッパが置かれていた。

「もう、帰ってきて寝てるんかな…?」そのスリッパを見てそう思い、僕は戸を開けていった。

ガガッガガッガ…と鈍い音をたてながら滑りの悪い扉が横にずれてゆく。

暗い部屋の中に、廊下のオレンジ色の光がさっと差し込んだ。

誰も居なかった。部屋はガランとしていた。

部屋の真ん中にある木のテーブル、その上に置かれている白いポットや湯呑、急須などが差し込む光を僅かに反射していた。

「あれ、だれも居ない。おかしいな…」僕は疑問に思った。

スリッパはチェックインする際に1人1組ずつ渡されたので、余ることは決してない筈だ。

一体誰のスリッパなのだろうか…?

時をおかずに、一緒に泊まっている他の2人がやって来た。

僕を含め全員スリッパを掃いていたので、部屋の前には全部で4組のスリッパが並べられた。

あのスリッパは一体何なのだろうか…どこから来たのだろうか?

少しの間この増えたスリッパの話題を皆で議論した。

だが原因は突き止められず、自然とこの話題は姿を消していった。

2本のろうそくに火を点けて薄暗い部屋の中でのんびりとくつろぎ始めた頃には、増えたスリッパへの関心や疑問など僕の頭の中から、すっかりと跡形も無く消えてしまっていた。

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 翌朝、まだ夜が明けていない早朝。僕らは露天風呂へ行った。

風呂の直ぐ傍を流れる川の音に浸り、早朝の森の中、木々の間を潜り抜けて吹いてくる風に当たりながら浸かる露天風呂はこれ以上ない贅沢だった。

 

陽々の気分で湯をあがり、僕は1人部屋へ戻った。

部屋の前で僕はぎょっとした。

なんとスリッパがもう1組増えていたのだ。

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障子戸を開けて部屋の中を見るも、中はガランとしており誰も居ない。

皺くちゃの布団が3枚横たわっているだけだった。

僕は疑問を抱いた。

「おかしい、絶対におかしい。幽霊か何かの仕業…?」

直ぐに他の2人が風呂から戻って来た。

だがこの話題は空腹によって直ぐに消されてしまった。

 

 皆で朝飯を作りにキッチンへ行こうと部屋を出た時だった。

「分かった!分かったよ、スリッパが増える理由が!!」Hさんが苦しそうに笑いながら言った。

「え、それは?」僕は聞き返す。

「ハッチ(僕のあだ名)、部屋出る時いつも裸足でしょ?温泉へ行く時裸足で出て行って、帰る時他の知らない人のスリッパを履いてきてるんだよww」

僕は足元を見た。

そこには、薄汚い足が露わになっていた。

原因は幽霊でもなんでもない。

部屋を裸足で出てゆき、帰って来る時に何処からか他の人のスリッパをなにくわぬ顔で履いてきていた僕自身が原因だったのだ。

 

問題はこれで解決したように思えた。

しかし終わっていなかった。

不思議なことがある。

部屋を出る時にいつも裸足だった僕が、何故帰ってくる時にスリッパを履いたのだろうか…

 

PS

場所は山形県の滑川温泉

この旅館以外、周りに建物1つ無い

四方を囲む山々と木々、傍を流れる川に澄んだ空気

山奥にひっそりとある滑川温泉

吾妻山登山の後に…

都会に疲れ、癒されたい方は是非!

甲府のじーさん

 

 その日、僕は尿意を覚えて目を覚ました。

いつもやかましい目覚まし時計に叩き起こされている僕にとって、それは珍しい事であった。

 

 目を開け、視界に映った風景もまた見慣れたものではなかった。

普段ならば6畳程の狭い部屋で目覚めるものだから、いつもは迫りくるような壁に、手の届きそうな程低い天井が見える。だがこの時は違った。

目覚めた場所はいつもの狭い部屋ではなかった。

そこは甲府駅の広い広い駅の構内だった。

朝一で山へ登る為、僕は駅構内で野宿をしていたのである。

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 独り暮らしをしている僕にとって朝目覚めて直ぐに人と出会うことはまず無い。

だがこの時はいつもと違っていた。

トイレに行こう、そう思って立ち上がり、荷物をまとめていた時だった。

1人の見ず知らずのじーさんがこちらにヨチヨチ歩み寄って来たのだ。

その時、僕はエレベーターの傍にいたものだから、てっきりじーさんの目的はエレベーターだと思っていた。

が、実際は違った。

じーさんは僕の目の前で立ち止まり、

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そして訪ねてきた。

「兄ちゃん、これからどこへ行くんだ?北岳か?お?」

「いや、北岳じゃなく、こう…こうぶ?(あれ名前なんだっけ…)」

じーさんはウキウキした顔でじっと僕の言葉を待っている。

「こうぶ…こうぶ…(名前がでてこねぇ…」僕は頭をひねりにひねり、これから目指す山の名前を思い出そうとした。

「こうぶしん……!!たしか、こうぶしんげんだけだ!!」

正確には甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)と言うのだが、この時の僕はその名前を忘れてしまっており、”こうぶしんげんだけ”という訳の分からぬ名前を口走ってしまっていた。

「こうぶしんげんだけ?いやぁ~知らねぇな…」じーさんは首を傾げながら答えた。

この時、じーさんは頭の中で、僕の言った聞いたことも見たことも無い山を山の麓から見上げていたことであろう。

 

 だがじーさんは直ぐその山に背を向けた。

そしてじーさんの世界はいきなりぶっ飛び、次の瞬間には頭の中で、熱い熱気と歓声の中、狭いリング上で繰り広げられている2人の男の戦いを眺めていた。

じーさんはシュッシュッと言い、空に弱々しいパンチを打ちながら、僕に聞いてきた。

「兄ちゃんよ、“蜂の様に舞い、蜂の様に刺す”これ言ったボクサーを知ってるかい?お?名前は確か…何だったけか?」

言葉は少し違うが、聞いたことのあるものであった。

「モハメドアリですよそれは、蜂じゃなく蝶、蝶の様に舞う!」

「お!よく知ってるじゃねぇか兄ちゃん!おお?あん人は凄かった!兄ちゃんは試合を見たことあるけぇ?」

ここからしばらくの間、僕らはボクシングの話題で盛り上がった。

 

 だが、じーさんはボクシングの会場から突然立ち去った。

次にはじーさんは頭の中で、広大は海の上を船でゆらゆらと漂っていた。

じーさんは目を光らせながら訪ねてきた。

「兄ちゃん、マゼラン知ってるかい、マゼランって?お?あの人はいっぺー国をめっけたぞ!」

「知ってますよぉ!俺もあんな冒険家になりたい!」

「そいつぁいいことじゃ!マゼランの時代は…世界が変わってて、マゼランが正しかったんじゃ、おめぇもその内の一人だ!まずどこに行きてぇんだい?」

「アラスカです!アラスカで生きる生き物の物語を書くんです!」

僕は胸を躍らせながら答えた。

「アラスカかぁ…ここで寝られんだから兄ちゃん、世界のどこに行っても寝られらぁ!だけど、さみぃぞアラスカは。狐の毛皮を剥いで防寒着を作っている人がいるそうだ。兄ちゃんも毛皮を剥くといい」

「え?ムクドリ?」僕には“剥くといい”という言葉がムクドリに聞こえた。

ムクドリ?!何言ってるんじゃ!ムクドリじゃ兄ちゃん、毛皮なんか作れねぇだんべ!さては兄ちゃんムクドリを見たことねぇな?お?」

 

 その後じーさんは突然日露戦争の真っただ中に飛び込んで行ったかと思うと、次にはまた突拍子も無く世界を変えていった。

ジャングルに住むオラウータン、ゴミを荒らすカラス、ムンクの叫び、ブラジルのゴールドラッシュ時代、田中角栄、女…次々と僕を色んな世界に連れて行ってくれた。

僕がいちいちゲラゲラと笑うものだから、じーさんもじーさんでそれが嬉しかったのだろう。

目を少年の様にキラキラ光らせて面白い話題をホイホイ投げかけてきたのだ。

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気が付けば時計の針は7時を迎えようとしていた。

目覚めてからおよそ一時間…

はっと我に帰った僕は腹部に凄まじい尿意を覚えていた。

膀胱が破裂してしまう危機に陥り、僕はじーさんの止まらない口を遮った。

「ちょっとごめんなさい!ちょっとトイレ…洩れそうなんです」

「おおそうかい。トイレかい。いっといで!」会話を遮られてシュンとしていた。

「すみません、ちょっと行ってきます…。オジサンはこの後は?」

「わし?わしゃはこの後は…競馬じゃ!競馬!」

 

 僕はザックを背負いトイレへ走った。

そして再び面白い話を聞けることを期待して、さっきの場所へ帰っだ。

だが…もうそこにはじーさんの姿は無かった。

てっきり待っているものかと思っていたのだが、そんなことは無かった。

じーさんは競馬に行ってしまったのである。

 

 突然目の前に現れた面識も無く名前も全く知らない、見ず知らずのじーさん…。

話が次から次へと変わり。色んな世界に連れて行ってくれたじーさん…。

いつもならば朝目覚めて直ぐに人と出会うことの無い僕に、普段とは全く違う楽しい朝の一時を過ごさせてくれたじーさん…。

なんとあっけないお別れだったのだろうか。

尿意を我慢できなかったことを少しだけ後悔し、またいつの日かじーさんに巡り合えることを願いながら、9月17日僕はこうぶしんげん…甲武信ヶ岳に登って行った。

山を登っている最中に、じーさんのことがぐるぐる頭の中を回っていたことは言うまでもない。

 

救われた人生

   山には秋が来ようとしていた。

木々の葉が少しずつ赤く、黄色く色づき始め、どこからか涼しい風がサワサワとやって来る。

燃える様な夏を耐え忍んだ山に住む生き物たちは、心地よい森の中で踊り、歌い、秋の到来に心を躍らせる。

 

   そんな陽気に溢れる森の中に、一筋の苦しそうなうめき声が響き渡っていた…。

「うう…ううぅ…ううううぅー…」

それは一本の木であった。

まだかすかに息はあるが、彼の体はもうほとんど腐りかけていた。

皮は剥がれ、枝は折れ、葉はほとんど枯れて落ちてしまっている。

恐らくその体では、もう彼は今年の冬は越せないであろう…。

 

   そんな死にかけている彼に、おいらは寄生した。

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足を彼の体の中に突っ込み、チューチューと栄養を吸い取った。

彼はまだ生きているのに…まだ朽ち果てていないのに…

おいらは容赦なく彼の体を分解していった。

 

   生きながら栄養分を吸われ、分解される苦痛に耐えきれず彼は耐えずうめき声をあげた。

「うううぅ…まだ僕は死んでいないよ…。頼むからまだ僕に生えないでくれ…」

その悲痛な訴えに応えることは出来ない…。

それがおいら達“キノコ”の生き方だから。

 

 周りの生き物たちはそんなおいらを見て口々に蔑み、非難した。

なんて奴だ、悪魔の様な奴め、情けというものは無いのか…

 

おいら達キノコはいつもそうだ。

醜い見た目から、皆にはいつも気持ち悪がられ、引かれ、邪魔者扱いされてきた。

何度汚く、酷い言葉を浴びせられてきたのだろうか…。

おいらの心はもうズタズタだ…。

見た目を良くしようとおいら達の先祖は昔より、体の色を鮮やかにしてみたり、面白い形にしてみた。

けれども、それは全くの逆効果だった。

なにあの色は…、不気味な形…、うぇ~うぇ~…

ただ嫌われることに拍車をかけただけだった。

それでもおいらは自分の役目を全うする。

朽ちたものを分解し土に返すのだ。

いくら非難されようと、酷い言葉を浴びせられようと、それらに耐え、朽ちたものを分解してゆくのだ。

 

   本当はおいらも秋の到来の喜びを、森の皆と分かち合いたい。

歌いたいし踊りたい…

屍や死にそうな者に寄生をするよりもそっちの方が楽しい筈だから…。

 

   うめき声をあげて苦しむ彼に、おいらは心を痛め泣きながら寄生した。

おいらの人生はなんて悲しいのだろうか…。

非難され、罵倒を浴びせられ、今の様に死にかけている彼に苦痛を与える…おいらの人生はなんと悲しいのだろうか…。

おいらの心はもうズタズタだ…。

 

 そんな悲しいおいらの人生をぶっ壊し、変えてくれた者達がいた。

彼らは心地よい太陽の下、陽気に話し笑い合いながら、歩いてやって来た。

数メートル程の距離になった時、彼らの1人が声をあげた。

「あ、ヌメリスギダケだ!!」

彼らは一目散においらの周りに集まって来た。

そして物珍しそうにじろじろと眺め、口々に言い合った。

「美味そうだー!!あぁー腹が減って来た!」

そんな言葉を聞いておいらはゾッとした。

抵抗する術も無くおいらはナイフで切りとられ、そのまま袋に詰められた。

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ザックの中に入れられた。

そこは暗くて何も見えず、これからどこに連れていかれるのかも分からず恐ろしかった。

 

 数時間後、ザックが開かれ暗い空間からようや出られたかと思うと次には、おいらはフライパンでグツグツと煮られていた。

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体はとろけ、ヌルヌルの体液が溶け出していった。

数分でおいらは煮えたち、周りに芳醇な香りを放っていた。

おいらは、我先にと箸で突いてくる彼らに食われていった…。

 

 おいらの人生が終わる瞬間に聞いた言葉や彼らの顔をおいらは忘れもしない。

おいらを食べる時、彼らは皆、美味い‼と言い、顔には幸せが溢れていた。

それを聞き目にし、どれだけ救われたことか…

おいらの人生は悲しいままで終わることは無かったのだ。

 

 その後、山の中にはいつまでもいつまでも楽し気な笑い声や、話し声が響き渡っていた。

 

語り

金峰山に生えていたヌメリスギタケより。

 

 

医者が解き放った一言

   今から3年前の今頃だろうか・・・いやあれは確か10月過ぎ頃だった。

ツンと鼻を刺すような薬品臭が漂う、白い小さな病院の一室で、死刑を宣告された者の様に、僕はうな垂れて椅子に座っていた。

数秒前、目の前の椅子に座る白衣を着た医者の口から放たれた強烈な一言は、僕を絶望のどん底へと突き落としたのだ。

 

   これから過ごすであろう何十年と長い人生のことを想像すると、当時僕の胸は躍ったものだ。

寿命はまだまだあるはずだ!俺はあともう60年は生きるぞ!60年あれば一体どんな事を経験するのだろう?何十年後には俺は一体どこでどんな事をして、生きているのだろうか?

これから世界中の自然を舞台に冒険したいし、まだ知らない世界(例えば・・・食ったことのない食べ物や、行ったことのない土地等々)を知りたい!

好奇心は湧きに湧き、頭の中で描く未来は青空の如くどこまでもどこまでも広がり明るかった。

これから待ち受ける人生が楽しみで楽しみで仕方が無かった。

 

 僕は小さな頃からずっと生き物が大好きだった。

図鑑を手当たり次第読み漁り、生き物の特集をやるテレビは進んで見てたりしていた。

そういった中でちょくちょく生物の舞台としてあがっていたアマゾンの地。

野生生物の宝庫・アマゾン、そこは生き物が好きな人ならば、必ずや一度は憧れる地ではなかろうか・・・?

僕はその憧れを抱いた内の1人だった。

 

   そんな中、3年前、当時大学3年生だった僕は小さな頃からずっと…ずっと憧れていたブラジル・アマゾンへ1人で行くチャンスを得ることが出来た。

戦後にブラジル・アマゾンに移住した方々と大学との繋がりが、それを実現させてくれたのだ。

期間は9ヶ月。

過去何回か経験していた2~3週間の海外一人旅とはケタが違う。

9ヶ月という長期間があれば色々な事が出来る!色々なものが見られる!!

まだ知ら世界へ、それもずっと憧れていた地へ行くのだ!

僕の心ははち切れんばかりに昂った。

人生はこんなにも刺激的で面白いものなのだと。

 

 そのブラジルへの冒険を前に控え、僕は健康診断をした。

だが・・・そこで思わぬ悲しい現実が僕の人生に突如降りかかって来たのだった。

 

医者は検査結果を見て僕に言い放った。

「このままいけば・・・20年後、君は“人口透析”することになるわよ」

僕の頭の中は一瞬にして真っ暗になった。

人工透析・・・

その一言は今まで描いていた未来像を一瞬で崩壊させ、アマゾンへの冒険をも絶望で覆ってしまった。

 

3年前の医者が解き放ったこの言葉を機に、今までの僕の生活は、いや考え方も生き方も何もかも全てが劇的に変わっていってしまったのだった・・・。

 

  

 

 

PS

続く

モンテクリスト伯のクライマックスが近づいており、読みたくて読みたくてし方がない。その衝動を抑えることが出来ない為、今日はここで止めます)

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森の中の化け物。

   奴らに囲まれた時、俺は悟った。

俺の命ももうここまでか・・・。と

 

   奴ら恐ろしくでかかった。

今まで見た生物の中でも、こんなにでかいものは見たことが無い。

俺の体の何倍・・・いや何十倍もあった。

見上げるとそれはまるで大木でも見上げている様であった。

長くて太い2本の足に支えられた体は細長く、腕が両脇にぶらりと垂れ下がっていた。

顔は平たく、頭の上には草の様な黒いものがもしゃもしゃと生えていた

化け物・・・まさしくあれは化け物だ!

奴らは小さな俺を取り囲んだ。

俺はもう悟ったよ。

何をしてももうダメだ、俺の命ももうここまでか・・・。と

 

 

    それは9月4日の朝だった。

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その日、俺達の住んでいる山には雨が降った。

雨は俺達にとっては無くてはならないものだ。

久しぶりの雨は、乾いた土を、乾いた空気を、乾いた俺達の皮膚を濡らしてくれた。

しとしとと降りしきる雨は心を躍らせ、俺は土から這い出ずには居られなかった。

腹に伝わる濡れた落ち葉のひんやりとした感触、体に滴る水滴の心地よさ、息を吸うと湿った空気のなんと美味い事か!

雨は俺達“カエル”には無くてはならないものだ!

俺は森の中をビョンビョコとはしゃいで飛び跳ねて回った。

 

 それは突然だった。

俺は恐ろしい気配を感じた。

巨大な何かがこちらに近づいてくるのだ。

しかも一匹ではない。

何匹もいる。

群れでやって来る。

ズシンズシンと腹から伝わる地響き、ザッザッザッザッと地面を踏みつける足音。

恐ろしい速さでこちらに近づいてくる。

鹿でもない、タヌキでもない、猿でもない…

 

 ものの数秒で奴らは俺の視界に入って来た。

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奴らは一列に列を成して、こちらにやって来た。

恐ろしかった。

あれはまさに化け物。

今まで見たことの無い巨大な生き物。

俺は奴らの余りの恐ろしさに耐えきれず、その場から逃げようと渾身の力で飛び跳ねた。

しかしそれは間違えだった。

俺の体は茶色い。

その場でジッとしていれば奴らは土と同化した俺に気が付くことなく通り過ぎていったことだろう。

俺の渾身の飛躍は、歩く奴らの足を見事に止めてしまった。

 

奴らは物珍しそうにジロリとこちらに目を向けた。

そしてあろうことかこっちに歩み寄ってきやがったんだ。

俺は逃げた。今まで苦労して食った虫達のエネルギーを使い、あらん限りの力を振り絞ってビョンビョンビョンビョン飛んで飛んで飛んで・・・飛びまくった。

息が切れた。

小さな心臓が弾けんばかりに爆動した。

 

どれぐらい飛び跳ねたのか分からないが・・・俺の必死の逃亡も奴らの大きな一歩にはとても敵いやしなかった。

奴らの巨大な足が一瞬で俺のゆく手を壁の様に阻んだ。

気が付くと左右、後ろ、どこを見ても巨大な足が俺を囲っていた。

奴らは俺をとり囲んだんだ。

 

奴らの全ての目が俺に向けられた。

気味の悪い言葉を何やら発していた。

食っちまおう・・・丸飲みだ・・・焼いちまおう・・・踏みつぶしちまおう・・・早く捕らえるんだ!

何を言っていたのか分からないが俺に対して話し合っていることだけは明らかだった。

もうここまでか・・・奴らに全てを奪われる。

恐怖でもう体は動かなくなっていた。

 

 奴らの一人が持っている棒の先を俺に伸ばしてきた。

あぁついに来た・・・あの野郎は・・・俺をあの尖った棒で突き刺すつもりか・・・

だが奴は突き刺さなかった。

棒の先を俺の腹の下に潜り込ませ、俺の体をひっくり返したんだ。

俺はデーンとひっくり返った。

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もう奴らに対して抵抗しても無駄だ、いくら飛び跳ねようと奴らの包囲網からは抜けられないであろう。

奴らがもし心を持つ生き物であればきっと無抵抗の俺を逃がしてくれるはず・・・。

俺はひっくり返ったまま動かなかった。

それがその時俺が思いつく限りの唯一の生き延びる手段だった。

奴らはそんな俺を見て、ケラケラ笑った。

惨めで、哀れに見えたのだろう。

奴らは俺のひっくり返った姿を見て笑ったんだ。

 

俺はピクリとも動かなかった。

奴らの何人かがしゃがんだ。

細い棒でつんつんと無抵抗の俺を突いてきた。

黒い物体が、俺に向けて、カシャカシャと音を立てていた。

一体何をされているのか分からないがもう生きた心地がしなかった。

 

 だがしばらくすると、奴らの一人が一言声を発した。

その声と共にとしゃがんでいたものは立ち上がり、全員俺に背を向けた。

そして四方を取り囲んでいた巨大な足の包囲網が解かれた。

奴らは俺の元から去って行った。

ズシンズシンズシンズシンと地響きを立てながら、ザッザッザッザッとバカでかい足音を立てながら・・・。

その恐ろしい後姿はあっという間に森の中へ消えて行ってしまった。

 

俺はもう2度と奴らに出会いたくない。

あんな恐ろしい体験はもうこりごりだ。

 

 だが羨ましくもあった。

奴らのあの巨体であれば、まだ俺の知らない世界へ行けるのだろうから。

いつも見えるはるか先のあの山を越え、いくつもの川を越え、どこまでも歩いてゆけるのだろう。

俺のこの小さな体ではこの山から抜けることだけでも困難だ。

いつかこの山を抜けて、この小さな世界から抜け出して俺の知らぬ広い広い世界を見てみたいものだ・・・

 

 突然現れた奴らは俺に恐怖と憧れを与えてくれた。

 

 いつの日か聞いたことがある・・・

この世界には人間と言う巨大な生き物が居るという事を。

奴らがそうだったのかもしれない・・・。

 

 

語り

奥多摩の山に住む一匹のヒキガエルより。