旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

日光旅 枯れ果てた植物園

 山形県米沢から栃木県日光市まで遥々伸びている国道121号線、その道路沿いの森の中に上三依水生植物園はひっそりと身を据えていた。約22,000平方メートルの園内に植えられた約300種の花々は春先から夏にかけて一斉に花開き、訪れる人の心を癒す。

 しかし僕らが訪れたのは10月中旬。花など殆ど咲いていなかった。冬を前にもうどれもこれもほとんどが枯れていた。葉は黒ずんで剥がれ落ち、茎は萎れて俯いている。花の名称が書かれた小さな白い板の看板は、墓標の様に花壇の至る所に突き刺っている。“季節外れ”。もう誰がどこをどう見ても季節外れだ思うであろう廃れ様であった。

朝食を食べ終えて周辺の散策をしている時に、せっかく来たのだからちょっと寄ってみようと軽い気持ちで僕らは寄ってみたのだ。通常500円の入園料も300円まで値下がりしていた。それでも僕ら以外にお客さんは居なかった。

枯れ果て、寂しげに横たえる植物達を眺めながらしばらく歩いていると地面に丸くうずくまる人影が遠目に見えた。こんな所で一体誰がなにしてるんだろう・・・ふと興味を惹かれた僕はその丸くうずくまる人に近寄って行った。お婆ちゃんだった。お婆ちゃんが片手に鎌を持って草を刈っていたのだ。

「こんにちは~、草刈りですか」

僕の言ったその声で鎌を持つ手を止め、婆ちゃんはハッと顔を上げた。

「あらあら、こんにちは」

婆ちゃんは鎌の刃で軍手にくっ付いた泥を削げ落しながら話し始めた。

「そうよ、こうやって刈らないと春に草ボーボーになっちゃうの。綺麗な花園の方がいいでしょ?だから私は春に向けて草刈りをしているの。朝から1日ずっと・・・1日ずっとよ?腰が痛くて痛くて・・・それに何よりも飽きちゃうのよね。でも、ありがとう!こうして兄さんみたいなお客さんが話しかけてくれることが嬉しいの!それが何よりの楽しみなのよ。お兄さんは何処から来たの?」

皺くちゃな顔がだんだんと笑顔に変わっていった。そして嬉しそうに話すお婆ちゃんは花の様に輝いていた。僕はしばらく座って話を楽しみ、その場を去った。話しかけた時のあの笑顔が今でも忘れられない。

草花が枯れ果て、寂れた植物園。そんな園内を見回してみると、至る所に体を丸く丸めたお婆ちゃん達が草を刈っていた。

日光旅 森に呼ばれた朝

   今思えば、あの引き寄せられるような感覚は凄いものであった。それはなにか見えない紐でぐいぐいと引かれているかのようであった。

 

   10月16日の日曜日早朝の事であった。僕は叩き起こされたかのように突然はっと目が覚めた。皆まだ気持ちよさげに眠っている。部屋は暗くまだ夜が明けていないことが分かった。普段ならばそこでもう一度布団にもぐりこみ、再び眠っていただろう。しかしそうはしなかった。頭はボッとしてはいたがためらうことなく布団から抜け出して、暗い部屋の中を速足で戸口へ向かった。時計を見ると5時を過ぎたばかり。サンダルを左右間違えて履いたことなど気にもせず戸口の扉を勢いよく開けて、まだ夜が明けていない青暗い外へ僕は飛び出した。辺り一面に薄い霧が立ち込めていた。キンとする冷気が肌を突き刺し、吐く息が白い。バンガローの前を横切る一本の道、その道路の真ん中に立ち留まり、左右を見渡した。右手に伸びる道(昨日夜中に歩いてきた駅へ続く道)は、古い民家が両側に立ち並び、町の中へ続いている。続いて左手を見た。道の片側には数件のバンガロー、もう片側には畑が広がっている。道は真っ直ぐ数十メートル程続き、その先には霧を被ってかすむ森が広がっていた。道はその森の中に続いていた。左右反対にサンダルを履いていること、上着を取りに戻ることも忘れて僕は迷わずに左へ歩き出した。

夜明けの冷えた空気が服を突き抜けてくる。鳥肌が立ち、両腕を互いにスリスリと擦り合わせる。それでも体はどんどん冷えてきて、体温を温める為に僕は走った。パタパタパタとサンダルが音を立てる。あまりの走り難さにサンダルを途中で履き直し、再び走った。

特に目的があるわけでも、目指すところがあるわけでもなかった。ただ森の中に無性に入りたかったのだ。そうして間もなく森の中へ入っていった。繁茂する枝葉でより森の中は暗く、シンと静まりかえっている。コンクリートの道は草が茂るアスファルトに変わった。朝露に濡れた草の葉が足をペちょりと濡らすが、そんな事など構いやせず、歩を進めていった。どこに続いているのか分からない。ただ引き寄せられるように奥へ奥へと体が引き込まれてゆく。起きてまだ間もない寝起きにも拘わらず、心は妙に安らぎを覚えていた。

道は森の中に延々と続いているわけでも無く、いくらか進むと立ち入り禁止のロープに行く手を阻まれた。僕はようやくそこで歩みを止め、立ち止まった。生い茂る木々が周囲を囲む薄暗い森の中、心地がよい。ロープが無ければどこまでも行ってしまったかもしれない。それほど森の中に引き寄せられていた。

しばらく森の中でたたずんで、いよいよ寒さに耐えられなくなり元来た道を引き返した。森を出ると、空には雲がかかっていたが辺りはもう大分明るくなっていた。バンガローに戻ると、もう皆起きて布団を畳み朝食を作り始めていた。僕は何事も無かったかのように、それらに加わった。森に入ってから続いていた心の弾みは消える事無く、しばらくの間続いていた。

 森には決して目に見えぬ不思議な力がある。この日それをひしひしと感じた。なんだかいつの日か俺は・・・深い深い森の中に入っていってしまうんだろうなと漠然とした予感が頭をよぎった。

日光旅、栃木県の集落を訪れて

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  短かった。実に短い旅だった。しかしこの旅は、この上なき良い出会いにそして深い感銘を受けた旅でもあった。その地を離れる時に感じた悲しみは、今までにあまりない程の大きさであった。残酷な鉄の塊は感傷に沈む僕を物凄い速さでその地から運び去った。一瞬にして名残惜しい景色を後方へすっ飛ばし、僕は固い椅子に座りながら東京へ帰って行った。

 

 

 

10月15日土曜日だった。会社の会議室では売上報告や様々な連絡事項が飛び交っていた。ああぁ何故土曜日にこんなことを・・・とそれらの情報を受け取って苦しむ気持ちとは反対に、数時間後の事を想像して踊って弾む気持ちが僕の胸の中で燃え上がっていた。その炎は会議の時間が終わりに近づくにつれて強さを増していった。会議が終わると僕は下北沢駅へすっ飛んだ。小田急線で代々木上原駅へ行き、そこで千代田線に乗り換えて約1時間、ようやく北千住駅へたどり着いた。時計の針は14時を過ぎている。そこで最後の電車、東武スカイツリーラインに乗った。3時間にも及ぶ長い長い電車旅が始まった。

向かう先は栃木県日光市中三依温泉だ。そこは150年程前に勃発した武士と政府との戦争・戊辰戦争時、会津軍により村々を徹底的に焼き払われた地である。数日前に僕の師匠から「中三依温泉でBBQと周囲の散策をするんだ!凄い良い所だから、時間があったら是非来てくれ」と熱烈な誘いを受けたのだ。

窓の外を流れていた鉄筋コンクリート共の姿が直ぐに住宅にとって変わった。しばらく走る内に住宅の姿も薄くなり、代わりに山に田園風景が多く目につくようになっていった。日が落ちてゆくにつれて外の景色が暗闇に段々飲み込まれ、間もなく完全に外が暗闇に包まれた。駅に停車するごとに人が1人、また1人と人が消えてゆき、もともと空いていた車内にはとうとう僕しか居なくなってしまった。すると眼鏡をかけ、かっちり身を整え見るからに真面目そうな車掌さんがやって来て、椅子に座る僕に尋ねてきた。

「すみません。精算です。どこまでいくんですか?」

僕は読んでいた本を閉じて立ちあがり、答えた。

「さんい温泉です」

「えー・・さんい?さんい温泉?ですか・・・?」

車掌さんは首を傾げながら尋ねてきた。

「はい、さんい温泉です」

それに対して自信満々に答える僕。

「漢字はどういう漢字ですかね?」

「漢数字のさん(三)に、依存のい(依)で、さんい温泉です」

「“みより”です、それは“みより”!みより温泉と読みます」

小学生の頃、勉強が嫌で嫌で仕方が無く、漢字の勉強をことごとく怠ったが為に今になってそのつけが来ていた。

「それで上三依温泉と中三依温泉の2つがあるんですが、どちらで降りられますか?」

「あ、みよりと読むんですか!さんいだとずっと思ってました!!で、えっと・・・たしか中三依温泉だったかな・・・」

自信の無さそうに僕が答えると、車掌さんが再度尋ねてきた。

「駅を降りた後はどちらへ行かれるんですか?もしかしたら聞けば分かるかもしれません」

「おとこじか温泉ですよ!おとこじか温泉!知ってますか?」

「おとこじかではなく、おじか(男鹿)の湯です!そこなら中三依温泉で大丈夫ですね!では730円になります」

東武株主優待券の差額分を受け取ると車掌さんは、電車の揺れに体をふらつかせながら歩き去っていった。 まもなく駅へ到着した。他には降りる人は誰も居なく、電車が去った後、僕は狭く小さな駅にポツリと1人取り残された。駅員も改札もない、無人駅だった。駅を出ると街灯の無い、周囲を山々に囲まれた暗い暗い世界が広がっていた。近くに聳える山の稜線の直ぐ上に月が顔を出していた。その月光がほんの僅か暗い世界を照らしている。初めて踏む地であり右も左も何も分からない。古びた民家が幾つかあるけれど、どこの窓からも電気が漏れていない。誰も居ないのだろうか・・・

そんな中駅を出てすぐの所に男鹿の湯と書かれた白い看板が月光に照らされているのを見つけた。看板に沿って狭く暗い夜道を歩いて行く。脇道の繁った草やぶから沢のチョロチョロと水の流れる音だけが聞こえてくる。左側に数件の古い民家、右には畑が広がっているのが暗闇の中でも何とか見てとれた。そのすぐ後ろには真っ暗な森が広がっている。しばらく歩くと、前方にぼんやりと明かりが見え、近づくにつれて無数の人の話し声が聞こえてきた。男鹿の湯にたどり着いたのだ。それは東京から四時間後のことだった。仲間達はもう既に酒を飲んで、楽し気に笑い合っていた。既に出来上がっている焚火の傍に近寄り、静かに顔おを近づけてゆらゆらと燃える炎を眺める。その炎を眺めてホッとし、そして思った。

「今日も一日終わりか、そして帰るのはもう明日か・・・。なんてはえぇんだ」と。

来て早々、もう東京へ帰ることへの憂鬱さが頭を掠めた。

しかしこれから始まるのである。濃い旅の数時間が・・・・

 

明日か明後日か、し明後日か・・・つづく

温泉大国・米沢の旅館に忘れ去られた者達

 それはつい昨日10月13日の事だった。

「おいどうした八須君!お前・・・このままじゃ始末書もんだぞ・・・」部長は苦笑いを見せながら言った。

「ごめんなさい、2日前から見当たらないんです。絶対にどこかにあるんですが・・・」

僕は答えた。

「そりゃ~絶対にどこかにはあるわな!!」

「そうなんです、どこかに絶対にあるんです。もうちょっとだけ待ってください。見つけるまで探しますので、絶対に見つけます」

10月11日火曜日、僕は会社の携帯を無くしてしまったのだ。

車の中、机上、バッグにリュック、引出しという引出しをひっくり返して、懸命に探すもどこにも見当たらなかった。

約1年半、あいつは僕の耳へ日々毎日様々な情報を伝え、そして口から情報を発信してくれた。時に嫌な情報、また時には嬉しい情報を否応なしに伝えてくる。

その度に僕の感情は色とりどりに変化していった。小さなあいつのあの体1つで一体どれ程僕が翻弄されてきたことだろうか。

1年半も共に生きてきたあいつが突然消えてしまうと何だか哀情がこみ上げてくるものだ。

もしかして道路にでも落としたのだろうか?そんなことをしてしまっていたのならば、あいつは今頃、車に踏んづけられて木っ端微塵にでもなってしまっていることだろう・・・。

無くしたその日から僕の心は落ち着かず、何をやるにしても頭の隅にあいつの姿がぼんやりと浮かんでいた。

 10月14日、まだ太陽の上りきらぬ朝薄暗いなか、目覚めて窓を開けると清々しい風が部屋の中に吹き込んできた。空を見上げると薄暗い空には雲が無い。晴れるぞ!!そう思って洗濯機に溜まった服をぶち込み、続いて布団からシーツをひっぺがした。その時だった。ボトリッと鈍い音がして、何かが床に落ちた。あいつだった。11日から無くしていた携帯だった。数日間、シーツと布団の間に上手く挟まっていたのだった。布団を畳む時にシーツごと畳んでしまうので、今まで上手く挟まっていたのだろう。

床に転がったその姿を見て僕は歓喜し声を上げた。「おっしゃー!!」

何故そんな所に入ってしまったのか・・・何故今まで気がつかなかったのか・・・理解し難い点は幾つもあるけれど、それらは一旦さて置き、それは感動の再会であった。

無事僕の手元に戻って来た携帯を見て、僕は安心すると同時にあることをふと思い出した。

(そういえば・・・あいつらは今どうしているのだろうか・・・)

 

 あいつらと出会ったのは、1ヶ月程前東北を友人2人と旅をしている時のことだった。

その時、僕らは温泉大国である山形県の米沢にいた。

午前中の澄み切った空気の中を、温泉温泉温泉・・・そう呟きながら米沢の古い街並みを眺め、僕らはのんびりと温泉を探し求め歩いていた。

無数の温泉宿がひしめくなか、その内の1つを選んで扉を開けてゆく。

すると宿の人が来てこう言うのだ。

「ごめんなさいね、今男風呂は清掃中なの。終わるのは3時頃なのよ」

そう言われて渋々諦め、僕らはまた他の旅館にあたってゆく。

しかし、入りたいと思った旅館の男風呂はどこそこも全て清掃中なのだ。

僕らは途方に暮れて、どこでもいいから入れる温泉を探した。

そうした中で見つけたのが“扇屋旅館”だった。

木造の外観はとても古く、のっそりとのれんをくぐって侍が出てきそうだ。

扉を潜って中に入るが薄暗い館内には誰も居らずガランとしていた。

受付のテーブルにあった案内書にはこう書かれている。

皿に300円を入れ階段を上がって行って下さい、と。

皿ってなんだ!皿って!と僕らは互いに突っ込み合った。

ゲラゲラ声をたてていると館内の奥から若い女将が現れた。

その後ろにカモの子供の様にヨタヨタと付いてくる男の子。とても可愛らしい。

「あ、いらっしゃいませ!温泉ですか、温泉は階段を上がって右側へ進んでいってください!」

30代前半と思われる若くて美しい女将だった。

その優しい声に従って僕らは階段を上がって行った。

外観からは分からなかったが館内はかなり広かった。

廊下が20m程もあろうか、どこまでも伸び、部屋が幾つもある。

また壁の至る所に様々な絵画が垂れ下がり、日本人形をはじめ見たことも無い奇妙な人形などの置物が沢山置いてあるのだ。

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今では滅多に見られないであろうダイヤル式の電話にミシン、数十年前の料金表・・・温泉に辿り着くまでの長い道のりは旅館と言うよりもむしろ美術館であった。

進むごとにあらゆるものに目を奪われてようやく温泉に辿り着いた。

もうどこであろうと、どこを見ようともそこには何かしらの発見があり、僕は終始感動していた。

脱衣所の中でも好奇心は衰えず僕は新たな発見をすべく脱衣所の中を何か探し回った。

メッキの剥がれた流しの蛇口、黒ずんだ壁。

そしてそこで僕は見つけてしまったのだ。

 

そいつらは寂しそうに横たわっていた。

何年もの間そこでジッとし、自分を置き去りにしていった主人を待っているのであろう。

体は埃にまみれ、錆びついていた。

そいつらは忘れものだった。洗濯バサミにワックス、カミソリにドライバー。

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ワックスとカミソリは分からなくも無いが、ドライバーと洗濯バサミが何故そこにあるのだろうか?

僕は無い頭でそいつらが置き去りになった情景を想像しようと一生懸命試みたのだが、結局納得のゆく答えが見つからなかった。

旅館も旅館で何故埃まみれになるまで放置しているのだろうか・・・。

理由は特に何もないのかもしれない。しかし、なにか面白い理由があるのかもしれない。時間があればゆっくりと話を聞きたかっのだが、そうもいかず・・・僕らは扇屋旅館を去って行った。

 

そして後から知ったのだがこの扇屋旅館は108年もの歴史を持っていた。明治時代から数え切れぬほどの人を癒してきたのだろう。温泉に辿り着くまでの由緒あるあの長い廊下・・・一体あの旅館にはどれ程のドラマが眠っているんだ!後日僕はその深みに改めて飲み込まれたのだ。

 

 床に転がった携帯を見て一瞬の内に扇屋旅館のことを思い出して感動してしまった。

そして今も尚寂しそうに主人を待っているであろう扇屋旅館の忘れ物達。

いつの日かあいつらが主人の元に無事帰れることを願うばかりである。

 

 

 

東北・会津に佇む地味な山。その名も三岩岳!

 10月1日、初秋の会津は灰色の雲で覆われていた。穏やかな陽光を浴びることが出来ず、ブナの木々達はなんだか悲しそうに枝葉を垂らしている。僕ら3人はそんな生い茂る木々の下を通り、山の上へ上へと目指して歩いてゆく。

標高2,000m程の三岩岳。この山のすぐ近くには名高い尾瀬があり、多くの人はその有名な名に気を引かれ、この三岩岳には見向きなどしないかもしれない。標高もそれほど高くはなく一般的にみれば地味な山だ。しかし、そんな人をあまり引き寄せない山を僕らは登っている。空はどんよりと曇り、天気予報は雨が降ると予測していた。登山にはあまり向かない天気の中を登っている。目的は美しい景観でも、紅葉でも、山頂を踏むことでもない。木にょきにょきと生えるキノコが僕らの目的なのだ。だが、僕個人の目的はキノコでもなんでもないのである。

 傍から見れば夫婦とその孫、そう見えることだろう。僕と、一緒に登る他2人とではそれ程年がかけ離れていた。歩くスピードもその2人に合わせてとてもゆったりとしていた。ズカズカと歩かない分、それだけ周りに目を配ることが出来る。「姿勢を低くして下からすくい上げるように見ながら歩いてごらん?それがキノコを見つけるコツだよ」そう説明してくれるのは僕の3倍近くも生きている女性だ。道の両脇に生い茂る藪、その中に佇む朽ちた木。その朽ちた木にひっそりと生えるキノコを、それらは目を凝らさなければ容易には見つけられないのだが、彼女はそれらを次から次へと見つけてしまうのだ。「あ、あそこにあったわ!よし八須君出番よ!いってこい」キノコを見つける度に彼女はそう言い放ち、それを受けた僕は犬の様に藪の中へ突っ込んでキノコを採って来る。あっという間に袋はキノコで満たされた。

 

   標高が上がるに従いブナの木は姿を消し、代わりに針葉樹が現れた。キノコも同時に姿を消した。僕らは黙々と歩き続ける。晴れていれば所々開けている場所で遠く貫く山々を一望できるのであろうが、ガスで充満していたこの日は辺り一面真っ白。何も見えない。展望も何も無かった。最近降った雨で土はぬかるみ、足は泥だらけ。それでも僕は落ち込むことも気を悪くすることも全くない。歩を進める度に新しい発見があり、心が躍っていった。ふと立ち止まり、しゃがんで足元に広がる水たまりを眺めてみる。一匹のアメンボが、人であれば落ち込む様な曇った天気の中でも元気よく気持ち良さそうに泳ぎ回っていた。もっと目を凝らして水の中を見てみると、なにやら5mm程の細長いものが蠢いていた。筒状に丸まった落ち葉がひとりでに動いているのだ。よく見ると芋虫が筒の端から少しだけ顔を出し、もそもそと水底をのんびりと散歩していたのだ。

 

  その日の夕食はその日採れた新鮮なキノコ料理だ。塩コショウで炒めれば肉汁の様な汁を楽しめ、味噌と煮れば深いダシを堪能することが出来る。

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翌朝も変わらずどんよりとした空が広がっていた。三岩岳山頂を踏み、僕らはすぐ隣に隣接する窓明山を目指してゆっくりと尾根を歩いてゆく。

途中、上りが増えて2人が息を上げた。歩く速度も極度に落ちてゆっくりゆっくりと歩いてゆく。そうして足を止めて尻を着いて休んでいる時だった。近くでバキッと木が折れる音がした。咄嗟にその音の方を見るも、生い茂る藪で何も見えない。風で倒れたのかな?そう思うも続けてバキバキッと音が鳴った。藪の中をガサゴソと枝葉をかき分けながらこちらに真っ直ぐに向かってくる。シカ?シカかな?そう思ったが、シカにしては重量感がある歩き方だった。「聞こえますか?この音!」他の2人にそう尋ねるが、音が聞こえないのか「え、何が?」と全くの無関心。その間にも何者かがこちらに近づいてきていた。ガサゴソガサゴソと藪の中を音を立てながら。1人がようやくその音に気が付き、僕の横に立ってその音のする方をじっと眺めた。音はもう数メートル先の藪から聞こえてきていた。次の瞬間、僕らは見た。藪の上に黒い耳を持った黒い顔・・・熊だった。自然の中で初めて目にする熊を前に心臓は激しく打ち鳴りサッと血の気が引いた。しかし、熊も熊で、二本足で立ち尽くすほっそりした奇妙な生物を前に、僕以上にぶったまげたのだろう。瞬時に反転し、その場を慌てて去って行ってしまった。

   夏の間ジッと待ち続けようやく顔を出したキノコ、普通ならば気にも留めない水たまりに生きる小さきもの達、冬眠を前に必死に食料を求めて山を徘徊する熊・・・人をあまり魅力しないかもしれぬ地味と言われる三岩岳。僕の目的は美しい景観でも、紅葉でも、山頂を踏むことでもキノコでも無い・・・。あれから2週間が経ち、山はもう紅葉しているのだろうか、あの熊は今何処に、アメンボは?キノコもまた違った種類のキノコが顔を出していることだろう。

 

人で賑わう尾瀬、その尾瀬の側にあるこの山では今でも様々な生物が賑わいをみせていることだろう 

医者が解き放った一言(続編② ~追撃~)

 

  「20年後、人工透析になるわよ」

検査結果を見て、医者は僕の腎臓機能が年齢のわりに悪いと判断したのだ。

「もうその腎臓は良くならないんですか・・・?」

恐る恐る僕は尋ねた。

「ならないわ、腎臓は一旦悪くしたら決して元に戻らないの」

その言葉でもう十分だった。

その一言で、もう十分僕の心をズタボロに打ちのめしてくれた。

にもかかわらずだ・・・

医者は弱っている僕に容赦なく追撃の弾丸を放ってきた。

「まだ21歳でしょ?9かぁ・・・」医者は検査結果の紙を眺め、難しい顔をする。

まだ何かあるのか…とうんざりしながら僕は医者の口から出てくるであろう恐ろしい言葉を待った。

「尿酸値9かぁ・・・高いわねぇ。いつ痛風になってもおかしくない数値よ?これは」

(尿酸値とは血液中の尿酸の濃度であり、7を超えると高尿酸血症と判断される)

「はぁそうですか・・・痛風?ですか?」僕は何のことやら分からず・・・ただ静かに呟いた。

「まぁでもまだ若いからね、でもこのままじゃあなた25歳には起こしちゃうわよ?痛風を」

痛風・・・痛風ですか・・・?そうですか…」僕は良く分かっていなかった。

痛風という言葉はどこかで耳にしたことはある。

しかしそれが一体どんな病気なのか・・・どんな症状が出るものなのか・・・僕は全く知らなかった。

痛風・・・そんなものは僕の人生には一生関わりの無いものだと思い、それに対して特に興味関心を示さず、記憶にしまい込むことをしなかったのだろう。

 

痛風は激痛よ激痛!!関節が腫れあがり、あまりの痛みで歩けなくなるわ」

医者は痛風とは一体どんな病気なのか、知らない僕に簡単に説明してくれた。

その説明を聞きながら、その痛風とやら一体どんなものなのかを知るに従い、僕はどんどん恐ろしくなっていった。

医者は痛風がいかに痛くて辛いかを至極明確に僕に解説してくるのであった。

 

 20年後には人工透析、4年後には痛風・・・冗談じゃねえや、なんてこった!

痛風人工透析も絶対に嫌です‼まだやりたことが一杯あるんです!」僕はすがる思いで先生に尋ねた。「どうにかならないんですか?」

「まぁあなたはまだ若いからね!大丈夫よ、しっかり治療していけば痛風にも、腎臓をこれ以上痛めなければ人工透析にもならないわ」

その言葉を聞き、黒雲の立ち込めていた心に一筋の光が差し込んだ。

「まずは尿酸値を下げないと。尿酸値は薬で下げることが出来るけれど、薬を一回飲んだら以後ずっと飲み続けなければならないわ。まだ若いからそれはあまりお勧めできない。薬に頼らずにまずは生活習慣を変えて治すことをおすすめするわ」医者は言った。

「それが出来るのならばそうします!」

「じゃあまずは食生活ね、タンパク質は腎臓を傷めつけるから、もう肉はあまり食べちゃだめよ?卵も牛乳も魚も・・・控えないとだめ。食べても1日卵1個分位かな。その代り野菜を多く食べなさい。お酒も尿酸値を上げるから控えなさいね。激しい運動もだめ。それから水を沢山飲むこと、脱水症状には気をつけることよ?」

 

 肉を食べられないこと。それは毎日毎日肉や魚をガツガツ食べていた僕にとって非常に辛い事であった・・・

 激しい運動をしてはならない。それも非情に辛い事であった。その頃、いや昔から何かに憑りつかれたように筋トレに励んでいた僕にとって、筋トレはもはや生活の一部となっていた。その筋トレを奪われることは体の一部を無くすようなものであった・・・


 (酒を控えることに関しちゃ、酒に弱くてあまり好きではなく、自ら進んで飲むことはなかった。なので別に何の被害もなかった)

 

 でも、肉も魚も・・・卵も牛乳も!そして筋トレも!!それら大好きなものを全て捨てなければならない。

人工透析痛風なんてものにもなんてなりたくないから。

 

僕は意を決し、医者の言いつけ通り、生活習慣を改めることにしたのだった。

 

 

PS

つづく

 

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ジャックロンドンが呼んでいる。その呼び声を無視することは出来ない。

これ以上もう書けない…ので今日はここで終わります!

 

 

飯をくれ!!

 東北の旅も半ばを迎える頃、僕らは森の中を車で駆け抜けていた。

窓を開け放ち、葉の吐き出す新鮮な空気に酔いしれながら、のんびりと外の流れる景色を眺めていた。

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(写真は窓が空いてないときです)

 

そんな時、ふと僕らの目がある不思議なものを捉えた。

立ち並ぶ木々の先に、水が流れ落ちているのが見えた。

滝だった。

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それも普通の滝ではない。

滝の水がトンネルから流れ落ちていたのだ。

「あれは滝?トンネルから滝??」

初めて見るその不思議な滝に、僕らの6つの目は興味をそそられて思わず車を停めた。

その滝に誘われるように・・・引き付けられるように・・・僕らの足はその不思議な滝の元に向かって歩んでいった。

滝の近くにたどり着き、まじまじと滝を眺めた。

高さ3メート程の小さな滝は、言葉通りトンネルから流れ落ちていた。

暗い暗いトンネルの中を覗くと、数十メートル先に小さくて明るい出口が見えた。

一体この滝はだれが、何の為に作ったのだろうか・・・?

そんな疑問を抱いて眺めていたのだが、数分後には僕らはその滝にすっかりと飽きてしまった。

そうして車に戻ろうとした時だった・・・

 

一体どこに潜んでいたのか・・・一匹の猫が車の傍にちょこんと座っていた。

そいつは人懐っこく、毛むくじゃらの頭を僕らの足にスリスリとこすりつけてきた。

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そのあまりの可愛さに僕らの心はトロリととろけてしまい、そいつに夢中になってしまった。

くのやろ!こいつめこいつめ!!と僕らは夢中になってそいつを撫でまわした。

顔をむぎゅっと押つぶし、わしゃわしゃと頭を撫でまわし、柔らかいお腹をぽよぽよと・・・容赦なくいじくり回した。

しばらくの間そいつは気持ちよさそうにしていた。

だがあまりにも僕らがしつこいので、

それが相当気に入らなかったのだろう・・・そいつは首を、体をグネグネと振り回し、撫でまわしてくる腕を払いのけて僕らの傍から離れていった。

そいつは少し歩いてから立ち止まり、振り返って首だけをこちらに向けてきた。

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その顔にはこう書かれた。

「飯をくれやがれ!!」

その後そいつは向き直って、森の草むらの中へと姿を消していってしまった。

 

 そいつは知っているのだろう。

その滝が珍しいことを。

そのトンネルから流れ落ちる滝が、人の目を引き、車からついつい降りてしまわずにはいられないことを。

人が降りるとみると、そいつは草むらからひょっこりと姿を現して愛嬌良く人に振る舞うのだ。

頭をすりすりとこすりつけ、ひと声ただ泣くだけでいい。

そうすることで今まで何度美味い飯にありつけたことだろうか・・・。

だが、あの3人は違った。

飯をくれるどころか、ひでぇくらいに撫でまわしてきやがった。

お陰で毛はボサボサだ・・・。

 そいつは再び柔らかい草の上に丸くなり、目をつぶってスピースピーと鼻息を鳴らしながら眠り始めた。

そうしながら、そいつはただジッと待ち続けるのだ。

車が滝の前で停まるのを。

 

 

 

 

東北に森にいたある1匹の猫

 

 

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