ユーコン川・荒野の旅 ~探し求めていたものが見つかった~
タナナ村を出てから5日間、空は分厚い雲に覆われ、太陽は姿を消した。降りしきる雨に打たれ続けること5日間。最初のうちは何とも無かったのだが・・・テントも毛布も寝袋も荷物が次々と湿り始め、次第に心も湿り始めた。4日を過ぎる頃になると、もう殆どのものが濡れてしまった。荷物も体も心も・・・全て。乾いているものと言えば、過去、喉をからして酷い思いをした記憶位なもので、僕は濡れてヨレヨレになった藁草のように、萎れていった。こんなに雨に打たれ続けたことは過去になかった。こんなに雨を見続けたこともなかった。流れる川の水面に落ちて消えてゆく雨粒を、微かな感触と共に体に落ちて服を滴る水を、眺め、見続けた。テントに打つ音を、土や水面に落ちる音を、聞き続けた。長い、長い間一人、雨とゆっくりと向き合った。雨とは何なのか・・・じっくりと感じ、考えた。深かった。
ある小さな村の20キロ程手前で、川を流れてゆくひもじい濡れネズミの僕を拾ってくれた男がいた。その男は森の中で一人で暮らしていた。(正確には半年間1人、町で働くのが好きだという奥さんがおり、2週間町で働き、終わったら森にきて2週間一緒に暮らし、再び町へ行くという)夏も秋も冬も春も、雨の日も晴れの日も風の日も、その男は森の中で静かに暮らしていた。その男から貰った一杯の温かいコーヒーと、泊めてくれた丸太小屋の中の一夜・・・それらは極上の味がした!
小高い丘の中にある小さなリュービー村は、今までのどんな村よりも美しく、そして居心地が良かった。
そしてリュービー村を去り、白樺の森の中にあった無人の丸太小屋での滞在で、僕はこの旅で探し求めていたものを見つけた!!!!!!その瞬間、海まで行くという目標はすっかりその意味を重要性をなくしてしまった。途方もない開放感と満足感に満たされ、残りの2ヶ月間をこの荒野の中で存分に過ごそう!!!地球よ、ありがとう!
※これを読んでくださった方々へ。抽象的過ぎて何を言っているのか理解できないかと思います。まだ溢れる思いを文にまとめることが出来ないので、お許しください、御免なさい。
タナナから300キロ程下流のガリーナへ到着!
タナナ村を去る。
美しい夕暮れ
錆びて使えなくなったヤカンは、虫除け缶に生まれ変わった。
タナナ村以後・・・ネッツと呼ばれる日本語で何と言うのか分からない、ブヨの様な吸血虫が何十匹と襲いかかってきた。煙で虫を追い払うも、僕も煙で苦しんだ。
一夜を過ごした川岸。
そこは生命にみちあふれていた
熊と僕
オオカミと僕
流れ着いた一本の大木が、その後幾つもの流木をせき止めた。この場所に。
寒い夜、夕食を作ってくれた流木の火の最後の温もりで温まる。
この場所ですぐ近くまできょだいな熊がやって来た。
お気に入りの場所
写真を見返して、ゴミがその存在を教えてくれた。
循環するサケ
雨が来る
今までで最も悪かったキャンプ
誕生日のキャンプ
このあとはどしゃ降り
白樺の皮は、火の焚き付けに欠かせない
大好きなリュービー村
リュービー村で迎えた一夜
北の地で初めて見た猫のキティ
数年前、ドイツ人女性と共にカヌーで下ってきた。
そしてその女性にこのリュービー村で捨てられてしまったそうだ。
不思議な力をもったインディアンの女性の家にて
色んな事を教えてくれた、森の中の無人小屋
はるか下流の前方で老人が僕を待っていた
老人の名はフィル、77歳だ。
川の上で乾杯した
巨大な脚が、フィルと僕の船を結ぶロープだった
静かな支流へそれる
夜中のスプルースと白樺と雲
メモ帳。
僕の字は汚い。
しかし、早く書ける。
どんどん溢れでてくる言葉をこぼさず書き留めるのにこの字体は最適。
小中高の学校時代、先生達に字が汚なすぎる練習をしなさいと言われ続けたが、それをことごとく無視してきた。それで良かった!このままでいい、この字こそが自分が必要とするものであった。
※手紙は丁寧に書きます
ユーコン川・荒野の旅 ~食料が尽き、フィッシュキャンプを回る~
食料が底をつきかけた。米やジャガイモ等の食料が ビーバー村での10日程の滞在中、日に日に乏しくなって行った。そして出航前には殆ど無くなってしまっていた。ビーバー村に店は無く、100キロ程下流の次の村・スティーブンビレッジにも、その村のまた100キロ程下流の次の村・ランパートにも店は無いという。店はビーバー村から300キロ程下流のタナナという村にあり、そこで食料を調達するまでどうにかやりくりしなければならなくなった。なんだかとても面白くなってきた。
僕は最悪数日間飢餓に苦しむ覚悟で、カヌーをビーバー村から出した。数日間食わずとも死にゃしないので、何も恐れもなかった。
二日前に、何処かで大規模な森林火災があったらしく、周囲見渡す限り真白の煙に包まれていた。川のはるか遠くの地平線は霞んでみえず、岸辺の森も空も世界は白かった。幻想的な世界であった。
下っている途中、その日に早くも米が尽きてしまった。川岸に生えるヤナギランやタンポポ、つくし等の野草はいくら食べてもすぐに腹は減り、もうそろそろ飢餓が始まるかと思いきや、川岸の至るところフィッシュキャンプ(夏の間、インディアン達が、川を遡上する鮭を集中的にとる為のキャンプ)が現れた。僕はあらゆるフィッシュキャンプに立ち寄り、体力が有り余る体を差し出し、鮭をとってさばき、ハエの卵を取り除くのを手伝いながら鮭を貰い食いつなぎ、小さな2つの村を越えてタナナ村へたどり着いた。面白かった。
寄る寄るフィッシュキャンプや村々では毎回面白い人が、出会いが僕を待ち構えていたのである。
ビーバー村 スプルースの森の中に沈む夕日
ビーバー村 深夜になると、インディアンとイヌイットの子供達と毎日のように夕日を見にいった
さらばビーバー村
白い煙に包まれる荒野と孤独な男
白い世界をゆく
川岸の森の中にたたずむ無人の小屋
小屋の壁にかかる素晴らしき注意書
川から吹き上げる涼しい風に揺れる鮭
椅子で凍えて眠る生まれて間もない子犬
暇さえあれば至るところを噛みついてきた
ユーコンフラットという平らな地を抜けて山岳地帯に再び入った初日、久々に目にする澄みきった水の小川近くのに張った素晴らしいキャンプ
ジェシーおばさんのフィッシュキャンプ
白樺の林の中に抜けてゆく煙が良い
鮭と煙
ジェシーおばさんと孫のスティーブン青年
ジェシーおばさんのキッチン小屋
雑誌を穴が空くように読みふける三人
ストーブに薪を入れる寡黙で裸の男・アモー
ジェシーおばさんの孫だ
サワドゥというアラスカのパンケーキ
菌は、ジェシーおばさんが子供の頃、母さんから分けて貰ったという。ジェシーおばさんよりも年よりなのである
白夜の漁の帰り
ジェシーおばさんに蓋など要らない
一回り小さなフライパンで充分
白樺の木々に見下ろされながらの眠り
テントよりも良い
1ヶ月程もう靴を履いてないため、足裏は砂利だろうが藪のなかだろうが殆どどこを歩いてびくともしない、頑丈な皮を作り上げた
自分の足裏をこれほど信用し、愛したことは今までなかった
血と鮭
マリーおばさんのフィッシュキャンプ
森の中の3ヶ月の赤んぼう
僕が取り上げると弾けるように号泣した
紅茶飲んでけーと森の中から現れたインディアン
二人は夫婦でない、友達だ
おばあさんから受け取ったクッキーを手に、ピーナッツ塗りすぎだよこりゃと、顔をしかめるおじいさん
欲しかったヤカンを貰った空き缶で作った
とても気に入っていたのだが数日後、中身が錆びてきて駄目になった。悲しかった
時にカヌーを引っ張ってゆく
スボンは股まで濡れ、洗濯になる。
ランパート村で迎えた白夜
砂浜にいくと少女が二人焚き火で泳ぎ冷えた体を暖めていた。こんな光景が現実にあるのかと、その光景をみて頭をガツンとぶっ叩かれた。近くにごつい銃があるのがまたいい
ランパート村
お世話になった老人とその丸太小屋
これが両親だと言って老人が懐中電灯で照らす写真
ライトの光が反射して全く見えず、見えないと言っても耳が遠すぎて伝わらず。暫く輝く光を見続けた
老人は耳が遠いのと、僕の英語が適当すぎるので、まともな会話にならず、夕日に輝くテーブルで筆談をする。
斧で削ったという柱
苦労の波が刻まれている
ランパート村 僕が寝た小屋
灰色の岩に砂、川、そして白い白樺の流木
一見質素で何ともないものだと思うかもしれないが、度々目を奪われる
森に住むバーバラおばさんとレースおじさん
気持ちよく見送ってくれたレースじいさん
荒野に似合わないごつい、キャプテン・ロウの塊
キャプテン・ロウとその仲間達
真ん中のもっっじゃもじゃのおじさんがキャプテン・ロウ
キャプテン・ロウの船のなかで寝たベッド
男の臭いしかしなかった
キャプテン・ロウの船のなかでは沸かすコーヒーはボールで充分。洒落た容器など要らない
途中から時間なんて知る必要ねぇやと腕時計をザックの奥ふかくにかくした。今まで僕を縛っていた時間という縄が解かれ、またひとつ僕は自由になった。
日記を毎日つけていたのだが、何処かで1日ずれたらしく、今日が何日か定かでない日が続いた。キャンプのインディアンに聞いても、今日は今日だという返事が帰ってきて全く把握できず、まぁ何日かどうかなんてどーだっていいやと開き直り、今まで縛られていた日にちという鎖から解かれ、またひとつ僕は身軽になった。
タナナ村へ入り、久々に携帯を使った。この機械は本当に毒だ・・・が、それに犯されている自分自身
歯痒い限りである
ユーコン川・荒野の旅 ~ビーバー村~
太陽は陽射しを強めながらゆっくりと上昇し、テントを照らしていった。テント内はぐんぐん気温が上昇し、たまらず僕は目覚めた。体がうっすらと汗ばんでいた。僕はそんな汗と、しつこくまとわりつく眠気と共に急な砂地の斜面を降りて川岸に向かった。それはビーバー村で迎えた3度目の朝だった。
僕はいつものように素っ裸になり川に入っていった。灰色に濁った川の表面は、そよ風に吹かれて小さな波が生じ朝陽でキラキラと照り輝いていた。水は冷たく、眠気と汗とを一瞬で洗い去ってくれた。水中から水面に顔を出すときの爽快感がたまらない。僕は何度も何度も水に潜っては魚のように水面に顔を出した。水浴を終え、岸にあがって服を着ている時だった。すぐ近くの川岸に留められている小さなボートから声がかかった。
「おはよ!一緒にコーヒーでもどお?」ボートの部屋の中から女性が顔を出している。彼女の名前はミニー。ミニー・トーマス。グッチンインディアンで、ユーコン川のレンジャーだ。彼女は昨日この村に来て、滞在していた。
僕はボードに上がった。暖かい淹れたてのコーヒーが入ったボロボロの紙コップを手渡され、ボートの縁に腰かけた。静かな朝だった。世界は止まっているかのようだった。「水浴び見ちゃったわよ。アダムズ家のシャワーは借りないの?」ミニーが言った。
「借りないよ、シャワーよりも川の方が断然気持ちいいんだ」
コップから1滴のコーヒーが滴り落ちて、右膝のスボンの布に小さな丸い染みが生じた。コップを上げて下から覗くと、底にほんの小さな穴が空いていた。そこからじんわりゆっくりとコーヒーが漏れている。やがて、もう1人、男がボートにやって来た。ジム、彼もまたレンジャーで、デナリ国立公園のレンジャーだ。ジムはコーヒーを受けとると船の縁に腰かけた。視界を遮るものは無く、天上に広がる青空、木々が連なった岸、静かに広々と流れる大河、それら全てが繋がっていた。草が繁った斜面の上には古びた鮭のスモーク小屋があり、近くにアダムズ家の大きな丸太小屋が凛として建っている。岸に繋げられたボートの下の水は穏やかだった。弱々しい風が時たま吹いてきて、岸辺の木の葉がそっと揺れる。僕らはボートの上で、コーヒーを飲みながら、静かな時を過ごした。それはゆっくりとした心地よい時間だった。何事にも追われること無く、全身で感じる陽の暖かみ、身をつつむ静けさ、コーヒーの苦味、時々生じる小さな会話を楽しんだ。他に何も欲しいものはなく、何も必要としなかった。それほどまでにアダムズ家の前の岸辺は、とても居心地の良い空間であった。気がつけば三時間以上も時が過ぎていた。
2011年。アイさんはこのビーバー村へ来て、クリフ・アダムズさんと結婚した。この居心地の良い空間こそ、クリフさんとその孫達と共に作り上げてきたものであった。
僕は数ヵ月前に2ヶ月ほど東北を旅し、多くの家を見て回った。そしてユーコンに来て、かつて人が生活をした古びた丸太小屋をいくつも見てきた。家や小屋、それを取り巻く周囲の環境、それらの中に足を踏み入れた時に感じる感覚が様々であることに、旅をしていた僕は気がついた。嫌な空気を感じるときもあれば、ホッとする時、重みを感じるとき・・・それぞれの空間はどれもこれも違っていた。それこそが人がそこで生活し、そこに住む人々が作り上げた空間であった。
一昔、アラスカの北の海岸地帯・ポイントバローで飢餓と疫病に苦しむイヌイットを引き連れ、ブルックス山脈を越えて内陸部に位置するここインディアンのにやって来たフランク安田さん。フランク安田さんが今あるこのビーバー村を、インディアンとイヌイット達と作り上げた。そして幾つもの世代を経て、それはアイさんとクリフさんに引き継がれてゆき、作った空間。この空間は重く深く、とても心地よかった。
日がオレンジ色の光を世界に散らしながら森の影に沈んだ深夜。アダムズ家の前の、美しく輝く静かな川で、クリフさんの2人の孫、イヌイットやインディアンの子供達と共に川で泳いだ。はしゃぎ、とびきりの笑い声が響き渡った。彼らと共に過ごしたこの楽しい時がまた、アイさんとクリフさんが作り上げた心地よい空間を、さらに良いものとしていった。
僕も自分の住む家を作り、いつか共に生きる人を見つけ、誰が来てもどんな生き物が訪れても居心地が良いと感じる、とびきりの安心感を与える空間を作っていこう!
1人ユーコン川の旅 ~酔っぱらいの村を去り、ビーバー村へ~
僕は目覚め、古びた木の扉を開けて、薄暗いインディアンの小屋から外に出た。清清しい早朝であった。空には白く薄い雲が広がり、それらに遮られて降り注ぐ日差しが柔らかった。心地よい風が村を吹き抜けてゆく。大半の人々はまだ寝ているらしく、騒音と砂ぼこりを巻きちらす車も何も走っていない。嵐のように荒れ狂っていた昨夜とは真逆の世界が広がっていた。そんな朝の、静まり返った涼しい村を、僕は歩き始めた。
しかし、そんな清々しさも直ぐに消え去った。
ある道角を曲がった時だった。小屋の前にインディアンが1人立っていた。その姿を目にし、瞬時に僕は、僕の中の心地よい朝が崩れることを悟った。インディアンは僕に気がつくと、おぼつかない足取りでフラフラとこちらに歩み寄ってきた。僕の目の前に来ると、ろれつのはっきりしない口調で話しかけてきた。「おぅユーマ、どこに行くだぁ?」男の顔は真っ赤で、目の焦点は合わず、酒の臭いが漂ってくる。酔っぱらっていた。朝から壮大に酔っぱらっていた。
フォートユーコンに着き、村のインディアンに招かれて、彼らの家に数日滞在したのだが、その間、物凄い勢いで40度のウィスキーを胃に流し込み、べろんべろんに酔っぱらった多くのインディアンと共に時を過ごしてきた。彼女に振られて目の前でぶっ壊れた洗濯機のように号泣する青年、こうやって悪者をやっつけるんだと鉄パイプを家の中でぶん回すオバチャン、数分おきに何度も何度も名前は何だ、どこから来たんだと同じ質問を繰り返すおじさん、椅子から物凄い勢いでぶっ転びそのまま何が起きたのか分からずに暫くの間唖然と固まる男・・・酒を飲めず、常時しらふだった僕には数日間でだいぶくたびれてしまった。そして素晴らしい早朝に、早速目の前に現れた酔っぱらいを目にし、僕はカヌをー出し、村を去ることに決めた。驚くほど物凄く親切ではあるのだが、僕は朝から晩までべろんべろんに酔っぱらっている彼らに疲れてしまった。
カヌーに乗ると、そこはもう世界がまるで変わった。広大な空が広がり、その下をゆったりと静かに川が流れていた。風が、通りすぎた森の木々の香りを運んできてくれた。それはスプルースであったり、ポプラであったり、その時々によって違った。風は僕に語りかけてくる。それは言葉でなんと表現したら良いのか今はまだ分からない。それは、大きなく、途方もなく大きなものである。広がる広大な世界に吸い込まれ、僕はオールを船に預けて、カヌーを漕がずに水の流れに身を任せることにした。
僕はその日、20時間程ゆっくりと川に流され、大小様々な形をした幾つもの流木が、至るところに積み重なる砂利の岸辺にキャンプをした。朝、目覚めてテントを出た。昨晩行った焚き火跡の前に座わり、目の前に静かに流れる川を見つめた。遠くの対岸の森から鳥の鳴き声が微かに響いてくる。空は曇り、日差しは弱い。それでも水面には、か弱くキラキラと日が光っている。草木の葉を揺らして吹き抜けてくる風が冷たく感じられた。僕は細い枝を集めて小さな火を起こし、近くに生えていたトクサを混ぜて、湯を沸かした。数分後に出来上がるまで、水浴をした。全身水に濡れよりいっそう寒さが増したが、その分不要なものが落ちてスッキリした。涼しい風に煽られ、パチパチと音を立てて燃える火に身を近づける。湯は沸き、コーヒーを作ってコップにに注いだ。立ち上る白い湯気が顔に触れた。ほんのりと暖かった。飲むと暖かい液体が口を満たし、喉を通って胃に達した。通った器官が暖かくなった。火にあたる体の部分が熱くなってきた。先程まで冷たいと感じていた風が、今度は温かく感じられた。暫くすると再び体は冷え、風も冷たくなった。僕はインディアンに貰った丸々1匹の巨大なキングサーモンを切り、フライパンで焼いた。水分を含んだ油が滲み出てきてパチパチと音をたて、オレンジ色の身が薄い灰色へと変わってゆく。ミミズのような細い寄生虫が苦しそうに身をくねらせて柔らかい身から出てき、やがて動かなくなった。暫くして油は茶色く変色して消え、焦げ臭い白い煙が生じてきた。フライパンを火から下ろして、焼けた切り身を箸で口に運んだ。痛いほど熱く、噛むごとに旨味が口に広がった。食べているうちに体の奥から熱が生じるのを感じた。再び冷たかった風は温かくなってきた。雲が薄れて遮られていた日差しが強さを増してきた。一瞬一瞬に小さくも、世界は変化に満ちていた。そしてこれこそが僕の望む世界であった。
カヌーを水に浮かべた当初は、見るもの聞くもの触れるもの全てが真新しく感じられ、興奮の日々であった。それも最近は落ち着いてきて、自分自身の体に心に注意が向けられるようになった。身の回りも変化に富むが、それに反応し、自分自身も常に変化に富んでいた。人が住む村で、人との接するのは刺激的だ。僕は人が大好きだ。しかし、人が誰もいない、大自然の荒野の真っ只中で、1人で過ごす時間もまたこの上なく素晴らしい!
こうして今日7月3日、フォートユーコンから100キロほど離れたビーバー村へたどり着いた。
フォートユーコンのインディアンが皆口にしていた。ビーバー村にアイさんという素晴らしい日本人女性が日本から来て、現地の人と結婚して住んでいるんだと。それを聞いて、ビーバー村に日本人が住んでいることを初めて知った。僕は楽しみになった。辞書を片手に下手くそな英語では伝わらない多くの事を、日本語で思いきり語ろうと楽しみにしていた。おそらく似たような思いで北の地に憧れを抱いたのだろうと思いを馳せた。しかし村につくと、二人のインディアンの女性に迎えられ、あることを伝えられた。1ヶ月程前にアイさんはボートの事故を起こし、現在行方不明なのだそうだ。彼女の家に案内され、数々の嬉しそうに生き生きと生きている彼女の写真を見せられると、途方もない悲しみが込み上げてきた。今日も村人が彼女を探しに川を下っていった。僕は暫くこのビーバー村に滞在しようと思う。
※電波が悪いため、写真は無しです!
ユーコン川1ヶ月目 出発地から1300キロ程の村、フォートユーコンに到着
ドーソンに滞在し2日目の早朝、町を歩いてるときに僕は尿意を覚え、インフォメーションセンターの中へ入って行った。広い広間を抜けて、建物の奥にあるトイレへと繋がる薄暗い通路を歩いてる時だった。一人の男がトイレから出てきて僕の横を通りすぎた。髭を生やした黒い顔からは年齢は判断しがたい。服装は全体的に茶色を帯び、薄暗い空間の中でより一層地味に見える。何処かの炭鉱から出てきたかのようだった。日本人だった。そしてその男が放つ、僕に何処か似たにおいが、僕を引き留めた。そして振り返り、通路を出て行こうとする男に僕は話しかけた。
「こんにちは!どこ行くんですか?」 「うわっ、びっくりした!日本人だったのか!?黒すぎて日本人だと思わなかった!」
彼は自転車で旅をしていた。
「これからさらに北へ走り、イヌビックという村へ行き、北極海を見るんだ!君は?」
「僕はカヌーで川をのんびり下ってるんです!あと3ヶ月位かけて海の方まで行こうかなぁ~って!」
すると彼は梅干しのように顔をしわくちゃにし、悔しそうに言った。
「なんっっだよっもう!!面白いなっ!!!何で今日なんだよっっ!もう俺出るところなんだよ!!」
僕の話し方か、それとも旅の内容かよく分からないが何かが彼のツボにはまったらしい。
「今日もう何処かへ行っちゃうんですか?」
すると、彼の顔に影がさし込み、何だか暗い雰囲気が滲み出てきた。
「何かあったんですか?」僕は気になって聞いてみた。
「実はカメラを水没させちゃってさ・・・何とかメモリーカードは無事だったんだけど本体は壊れちゃったんだ・・・。これからホワホースへヒッチハイクで戻って新しいのを買おうと思うんだ・・・」
「あぁ・・・」僕はかけてあげる言葉が見つからず、彼の失意に飲み込まれた。 僕は話題を変えようと違う話を持ち出した。
「これから日本の友人に手紙を書かなきゃ!」
「日本の何処に出身なの?」
「埼玉県の田舎町ですよ、日本に帰ったら北海道か会津で良い森を探して、自分で丸太小屋を作って暮らすんです!!」 すると彼の暗い顔が輝き出した。
「何だよ、それ!それは俺の思い描いていた夢だよ!!めちゃくちゃ面白い!」 そしてまた梅干しのように顔をしわくちゃにし、悔しそうに言った。
「何で、何で今日会うんだよっっ!!もう俺行くところなんだよっ!!」
「じゃあその夢の丸太小屋作りを始めたら連絡下さいよ!!」僕は言った。 「え、手伝ってくれるのかい?」
「いや、作ってるところ見物しようかなと」
「なんだよっっ!!」彼の顔に再び梅干しが現れた。
連絡先を交換したのち、彼は新しいカメラを買いに数日間汗を降り散らして走ってきた来た道を戻るため、薄暗い通路を去っていった。
僕はトイレに入った。昔の金鉱時代の雰囲気をそのままに作られたトイレであった。洗面台にある大きな鏡で久しぶりに自分の顔をに眺めた。
そんなに黒くなかった。日本人と思われないほど、黒くはなかった。
ドーソンの町を出て、10日ちょっとが過ぎ、僕はアラスカへ入った。今日、ドーソンから500キロ程下流の小さな村、フォートユーコンに到着。この10日間・500キロの道中もまた、多くの事があった!!日々の出来事が全て深い経験として、僕の中に積み重なってゆく。
朝方のドーソンの町
ドーソン最終夜の焚き火パーティー
100人ほどの村、イーグル
土と共に息づく小屋
イーグルを歩いていると、さんさんと降り注ぐ暖かい日差しのもと一軒の木造の白い家からクラシックの心地よい音楽が聞こえてきた。見ると家の前の庭におばあちゃんが1人、音楽に合わせて地を踏んでいた。裸足の僕を見て「何て恰好をしてるのよ!?靴を持っていないの?」と哀れみを含んだ驚きの顔を見せた。さらに北へ行くと寒いからと、食料に暖かい服、靴下までくれた。
イーグルを去って直ぐに出会った川岸の男たち。そのゴーグルで濁った水のなかは見えるのか?僕の質問に彼の答えは・・・?
荒野の森のなかで犬と共に1人で生きる男、アンディー。自分で家をたて、畑を耕し、魚、熊、鹿を食べている。彼の生き方は、、僕の思い描くこれからの生き方そのものであり、共に過ごした2日間は僕に素晴らしいインスピレーションを与えてくれた。僕が自分の家作りに着手し、良い具合に進んだ頃、再び彼を訪れようと思う。今度は2ヶ月程!!
熊、ムース、カリブー、ビーバーの骨。
この中から自分で気に入ったものを選び、1日かけてアンディー共にナイフを作った。
アンディーの犬、トゥーペスと共に近くの湖の上をゆく
ビーバーの巣の近くの無人の丸太小屋。この1ヶ月間、暗闇が恋しく、この小屋で、ランプの小さな火と共に過ごした久しぶりの暗闇で一体何を思ったのか・・・?
太い一本の白樺の傍に建つ無人の丸太小屋。ここで過ごした素晴らしい2日間は・・・?
陽に輝く僕のケツ。動物達も水浴びしするクリーク(小川)で水浴び。姿はなくとも彼らの存在はここにあり!綺麗になるのに石鹸もシャンプーも何も必要ない!!
貴重な栄養源となっているタンポポ。そして見映えは宜しくないがとびきり上等なパンケーキ!!
ユーコン川3週間目、ドーソンへ到着
3週間ぶりに携帯を開いた。小さな画面は、今まで常に回りに解き放っていた僕の感覚を瞬時に吸い込んでいく。全くこの機械は恐ろしいものである。ようやく抜けきったものの、早くも僕は現代器機の毒に蝕まれてゆく。
5月24日の昼過ぎ、僕はユーコン川下りの出発地点であるテズリン川のジョンソンズクロッシッングにて、カヌーに荷物を積んでいた。すると、まん丸と太ったおやじが何処ともなく現れた。
「そのカヌーで何処まで行くんだ?ドーソンか?(ユーコン川の中流の街)」 「いや、ベーリング海まで行く予定なんだ」 話しながら僕は荷物を整理していった。間もなく荷物を積み終え、僕はおやじに別れを告げて岸をゆっくりと離れていった。するとおやじが叫んだ。 「ちょっとまて!どこへ行く!?」 「どこって、海だけど?」 「逆だ!逆!!方向はそっちじゃない!」 僕は地図とコンパスを照らし合わせ、方向を確認した。間違いなかった。向かっている方向は川の下流で間違いなかった。おやじはしきりに手を振って叫んでいる。僕は岸にカヌーを戻し、降りておやじの元へ歩みよって地図とコンパスを見せた。 「いや、ほら見て、僕が向かってた方向で間違いないよ!」 コンパスを訝しげにいじくり回し、そして言った。 「これ、壊れてるんじゃないのか?」 川の水の流れを見れば一目で分かるのだが、流れはゆったりとしすぎて川はまるで湖のように静まり返っていた。おやじはとにかく真剣な顔で逆だと言い張る。その表情は自信と確信に満ち溢れている。僕は何だか自信がなくなってきた。 僕は再びカヌーに乗り込み、さっきとは逆の、おやじが指し示す方向へ漕いでいった。岸から離れ、川の中央へ進んでゆく。おやじの丸まっちい姿はどんどん小さくなっていった。僕は漕いだ。静かな水面を漕いでいった。すると左手に崖のあることに気がついた。地図で確認すると、崖は今見ている方向と逆の右手に書かれている。やはり僕は合っていたのだ。今まさに逆に進んでいるのだ。岸を見るとおやじの姿はもうどこにもなかった。カヌーを回転させ向きを変え、僕は漕いでいった。
こうして5月24日、僕のユーコン川の川旅が始まったのである! それから3週間程かけて800キロ位川を下り、今日6月14日、ユーコン川中流、ゴールドラッシュで栄えた街ドーソンへと到着。人は言う、「ここはパーティーシティだ!!」と。 ここまでの3週間、ずっと自然のなかで過ごし、動物や虫、草木と戯れ、本当に色んなことがあった! ※詳しくは本で書くつもりなのでここでは省きます。 ドーソンで2・3日休んで再び出発だ!
カヌーと僕
おやじに撮って貰った記念の一枚
美しい初の魚、グレイリング
全て採集し調理した食事。グレイリングの丸焼き、ワイルドオニオンの塩炒め、スプルースの茶。この地を旅する僕にとってこれ以上ない食事である!
恐ろし程の寛ぎ様、あまりにも寛ぐので、追い抜く人が写真を撮っていった。
濁った本流の水、透き通った貴重な沢の水!沢を探すのは日々の仕事
朽ち果てた丸太小屋。一軒一軒見るごとに僕の中で、丸太小屋を自分で作ろうという決意が固まってくる。
森すら眠っている早朝の船出はこの上なく清々しい!
雨の日もまた美しい。
のんびりと釣り。ここでは釣れなかった。
ムース!!
風の強い日はカヌーにとって最悪の日。洗濯と読書には最高の日!
まだ雪が残っていた支流。
朝昼夕と欠かさず行う水浴びは僕を魚のようにする
美しい朝日
初日の野宿
春の息吹と共に
ラバージ湖の畔で1週間、氷の溶けるのを待っていた訳ではあるが、ただ単に氷が溶けるのだけを待っていたのではない。僕には氷の他に、待っていた別のものがあった。
飛行機から降り立ち、外に出てまず目に入った物は、天を突き刺すかのようにとんがったトウヒの木々であった。道路脇に、街中に、森の中に、峰に雪を被った山々が遠くにそびえ、その山々の麓に・・・どこまでも広がっているかのような広大なユーコンの地にトウヒは生えていた。それがこの地のシンボルであるかのようにトウヒの木々が生えているのである。この地に降りたってはじめのころはトウヒのとんがった葉の枝先に、ほんの少し新芽の気配が漂っているだけであった。それらを見て、あとどれくらいで、新芽が芽吹くのか検討もつかなかった。2週間?3週間?1か月後?全く分からなかった。僕は氷の溶けるのと同時にこのトウヒの新芽が芽吹くのをひたすら待ったのである。
実はこのトウヒの新芽は生で食べられ、お茶も作れるのである。僕はそれを心の底から楽しみにしていた。長い荒野の旅で、トウヒの新芽・・・それは僕の体を作り、命を繋いでくれる重要なもの。旅の出発はこのトウヒの新芽が芽吹くのと重なりたいな・・・と毎日毎日思っていた。
昨日、強風によりラバージ湖の氷が消え去り、僕は出発を決意した。そして今日、街中を歩いていると、なんとトウヒの新芽が今にも芽吹こうとしていたのである!
もうすでに芽吹き、プルプルの新鮮な黄緑色の新芽を出している枝もあった。堪らず僕は摘まんで口に入れた。苦味と共に喜びがほとばしった。
サマータイムである今のユーコン。日は長い。恐らく明日には、殆どのトウヒの木々から、輝かしく弾ける新芽達を見ることが出来るであろう!!その新芽と共に僕は出発する。僕と一緒に旅をしたいと思っている新芽をどんどん食べ、体の一部にし、一緒に旅をしようではないか!!
ではでは、長くなりましたが・・・トウヒの新芽と共に、行ってきます!!
PS
日本でも、山菜等の春の命が次々と土からボコボコ芽吹いてることだろう。日本にいる多くの人がこれらを口にし、思いっきり元気になれるよう祈っています♪
ラバージ湖へと流れる雪解けの小川
この川を越えるのに何度もゆるゆるの氷が崩れてずっこけ泥だらけになった
ラバージ湖のすぐそばに住むデンマークの老夫婦に家に招かれた
彼らは、若い頃、夫婦二人で自然のなかを冒険し、それをデンマークでの講演会で人々に伝える仕事をやっていた。以後、カナダに移住し、楽しく生きている
食べ物は野菜と豆と米
食器達