旅する本
1年前、東北を旅している時に、青森県のある小さな港町で、僕は1人のおじさんと出会った。
そのおじさんは僕を潮風に晒された小さな家に招き、酒を飲みながらこれまでの人生の物語を淡々と話し聞かせてくれた。
おじさんは昔、罪を犯し、5年間牢屋の中で過ごしていたという。
おじさんには、5年という歳月は途方もなく長く、永遠に感じられた。
やることが何もなく、牢屋の気の遠くなる時間の中で、おじさんはある本を読んだという。
本の名前は「人間釈迦」
僕はおじさんに、この本は絶対に読んだ方が良いと勧められた。
僕は旅を終え、図書館に行ってその本を借りた。
手にとり表紙を眺めると、とても堅苦しい感じがした。
でもせっかく勧められたのだから、読んでみようと何度か挑戦してみた。
が、手にとってページを開かずにいつも終わっていた。
どうしても読む気が起きなかったのだ。
そうしている間に僕はユーコンへ旅立ってしまい、いつの間にかこの本の存在は、頭の中から綺麗に消え去っていた。
ほんの最近。
村の友人から手渡され、読んだ方が良いと勧められた本があった。
「人間釈迦」だった。
1年という歳月を旅し、僕の元に再びやってきた。
直感だった。
これはもう読むしかないと思った。
それは1年がかりの読書だった。
内容は・・・素晴らしかった。
続巻も読み進めようと思った。
(時たま何か宗教に入ってるの?と言われるが、僕は無宗教です!)
あと70年位ある長い人生の内に、一体どれ程素晴らしい本に出会えるのだろうか。
これからそんな本にどんどん出会っていこう!!
今日を生きる意味
「雪かきを手伝ってくれないか?💦」
近所のおじさんのお願いだった。
断る理由も意味もなく、答えは勿論オーケ!
仕事が終わり、夕方から雪に埋もれた家を掘り出し救出した。
時計を持たないのでどれくらいの時間かいてたのか分からないけれど、気がつけば全身汗だくになっていた。
高い金を払ってスポーツジムに行くまでもない。
美しく壮大な雪景色を眼前に体を鍛えられる喜び。
掌に豆が1つ出来、潰れ、また1つ出来た。
ひ弱な掌が、ほんの少しだけ強くなった。
ふと手を止めると、木の枝で小鳥が鳴いていた。
小鳥は何も持っていない。
けれど、雪かきなどしなくても元気に鳴き、生きていた。
人よりも賢くいきている。
夕焼けに山々が輝き、月が出て輝いていた。
それが美しく、心の底から洗われた。
皆、素晴らしい世界に生きていた!
「家の中が暗いから、窓も少しだけ出してくれないか?💦」
第二の使命が舞い降りた。
窓を掘り出し、救出した。
これからの日々、少しでもおじさんの家の中に日の光が射し込み、家族が喜ぶ顔が頭に浮かんだ。
それが源で、体中からエネルギーが湧いてきた。
これこそが大切なことだった。
無事雪かきが終わった。
若者にとっては朝飯前の雪かきが、年配の方にとっては1日がかりの大仕事。
この地でやるべきことは尽きることなく沢山ある。
汗を流しに温泉に行った。
会津若松から来たと言う人と話が盛り上がった。
やがて猛烈に腹が減ってきた。
話は面白く終わりそうもなく、何処かで切らなければ永遠と話していられそうだった。
「すみません、腹が減りすぎてぶっ倒れそうなので・・・・」
と挨拶してお別れした。
空腹が心地よかった。
美味しい夕飯をご馳走になった。
すっからかんになった胃に入る地元でとれた自然食。
体はすんなりそれらを受け入れた。
大地と家族への感謝の念が沸き起こる。
それは明日からの新たなエネルギーとなる。
僕に食べられた食物が、僕の体になり、願う生き方とはどんなものなのだろうか。
その答えは実に簡単なもの。
この地球の為に生きること。
雪をかき、体を鍛え、心が洗われ、夕飯をご馳走になり、感謝までされた。
それらが今日僕が生きた目的だった。
彼は音楽家、魂を揺さぶる音楽家
福島県の各地を転々とし、2週間に及ぶ木こり研修が始まった。
(僕はこれから‘’木こり‘’になるのだ)
男女含め、続々と集まる10数人の人達。
その中で、一際強烈なオーラを放っていた男がいた。
その男は、なにやら背中に巨大はホタテ貝?鍋?みたいなものを背負っていた。
異様だった。異様な姿だった。
何だろうあの背中の物体は?
なんなんだろうこの人は・・・
直感だった。
只者じゃないなこの人は・・・
そう感じた。
直ぐに彼と仲良くなり、その夜、彼はその巨大は鍋みたいなものの包みを開け始めた。
出てきたのはUFOみたいな、怪しい円盤。
今から弾いてあげるよ!そういって、手のひらで叩き始めた。
スウェーデンのハングという楽器らしい。
彼の名は知念さん。
沖縄出身のイタリア人だ。
プロのアーティスト、音楽家だった。
自然の音をとりに、沖縄のジャングルの中に1人.1ヶ月近くもこもったりするという、ぶっ飛んだ自然大好きアーティスト!
掘れば掘るほど芋みたいに出てくる面白いお話の数々。
手のひらで叩き、薪ストーブの温もりが漂う部屋の中に、その音は響き渡った・・・・
それは今まで聞いたことのない不思議なものだった。直ぐに引き込まれた。
全身の細胞隅々まで抵抗なく浸透するような、心地よい音だった。
聞いたことのない音だけれど、でもどこか懐かしくもあり・・・あぁ死んだときはこの世界に行くんだろうな・・・なんとなくそんな風に思えた。
宇宙音?とでもいうのかな。
いつしかその場にいた全員が自然と黙り、聞き入っていた。
音楽でこんなに引き込まれたのは初めてのことだった。
なんでも森の中で奏でると、動物達さえも聞き入ってしまうという。
そんな彼は今、軽井沢に引っ越し、古民家を改造して暮らしてるそうだ。
「田舎には人が居なくて、困っている。だったら俺が行こう!」というのが理由らしい。
なんという気持ちよさ!
そして森をもっと知るために、これから木こりになるそうだ!
どこか僕と同じような匂いがした。
これから長い付き合いになる予感がした。
ハングに森の人、ムーミンを求めにいつの日か、北欧フィンランド(ハングは北欧にあるらしいのだ)に行こう!!
家
「家」
福島県の山奥の小さな集落に住み始めて1ヶ月が過ぎ去った。
変化に富んだ日々を、これまで毎日過ごしてきた。
つい2日前も、4人の友達が突然遊びにやって来た。
個性の強烈な、自然と遊びが大好き愉快なおじさま達だ。
その内の2人はすぐ近くの山へバックカントリーへ繰り出し、残った僕らは町のゲレンデへ行った。
町民はリフトもレンタルも無料なのだ。
(ちなみに子供の教育費も医療費も無料)
輝く太陽の下、滑って滑って滑りつくして燃え尽き、やがて僕らは飽きた。
その後、疲れきった体をほぐしに温泉へ行った。
万病に効くという湯治場”鶴の湯”だ。
静かな露天風呂に浸った。
目の前には只見川が、雪を被った山々の間を滔々と流れていた。
温まり癒され、気も身もすっかりのびきった。
夜は鍋を作り、近所のおじさん友達を呼び、ご先祖様が見つめる中、囲炉裏を囲っての宴会だ。
ワイワイワイワイ。
話は深く深く深く深く・・・
気がつけば深夜の3時を過ぎていた。
いつも9時には眠ってしまう僕。
こんなに燃えたのはいつぶりだろうか。
そして家。
今まで誰も住んでなかった大きな家。
この大きな古い家に住み始めてから、しみじみと実感したことがある。
家は本当に多くの植物で出来ているということ。
黒黒と艶を放ち、堂々と佇む木の柱。
その1本の柱、1本の木でも、家となる前には何十年という長い年月、地球から多くの生命を吸いとって生きてきたのだろう。
雨風雪に打たれては強靭な幹を作り上げ、降り注ぐ陽光に葉を輝かせ、極寒の冬に堪え忍んできたのだろう。
木が根を張っていた大地も、地球が途方もない歳月をかけて作り上げてきたもの。
大地には、はるか昔に生きた、多くの生物達が眠っている。
大地に眠る生命の数は計り知れない。
それらを吸って、木は成長してきた。
雨に風、太陽に空気、大地に水・・・多くの動物達が1本の木を作り上げてきた。
木は雨に風、太陽に空気、大地に水・・・多くの生物のそれら全ての結晶だ。
そんな木を使って作り上げた家。
家は、とんでもない数の命に満ち溢れていた。
家に眠るのは、かつてそこで生きた人のご先祖様だけではない。
常に、ご先祖様をはじめ、多くのもの達に見つめられている。
その目は嘘も見抜き、悪いことなど絶対に出来ない。
家とは地球の縮図なんだな・・・と思った。
これまでの人生、僕は僕なりに色んな地を旅してきた。
多くの地で、自然を愛し地球をいたわって生きている多くの人々に出会ってきた。
彼らの家は、どの家もやさしく、居心地の良い家だった。
日々の生活、何気ない行動、思いが、その人の住む家を作り上げてゆく。
それはつまり、地球という家を作ってゆくことなのだろう。
途方もない数の生命に満ち溢れ、美しい変化に富む、地球という巨大な生きた家を。(友よ!皆で自然が溢れるめちゃくちゃ素敵な家を作ろう!!)
いつの日か、僕のフランス人の友人・ブルーノさんが、24年間作り続けている見た目はもう完成している家を前に、こんなことを言っていた。
「この家はまだまだ完成しないよ。」
荒野の森の中で、朽ちゆく、多くの丸太小屋を見てきた。
それらは朽ちて次なる生命、森へと流れていた。
朽ちて尚、森の中の小屋は生き続けていた。
家に完成と言うものは無いのだな。
常に変化し、川の様に淀みなく流れ続けるこの地球に、完成というものがないのと同じように。
多くの生物、そして僕ら人間、皆で作り続け、生きてゆく場所。
僕の今住んでいる家に人が住まなくなり、空き家となってどれ程の月日が流れていたのだろうか。
その間、部屋のなかはいつでも寂しく静まっていたことだろう。
そんな空間で、ワイワイ楽しむことで、家は甦り、これからも生き続ける!
そして訪ねてきた人をもてなす事への喜びを僕は覚えた。
文章がめちゃくちゃで、全く上手くまとまらないけれど、家っていいね!!
PS
2週間ばかり家出・・・いや村出します!
これから仕事をしていくのに必要なユンボとチェーンソー、刈払機の免許をとってきます。
鹿狩り
朝、突然携帯が鳴り響いた。
金山町のヒーロー昭夫さん(マタギ)からだった。
「今から山に行かないか?」
「行きます!」 寸秒たたずの即答だった。
マタタビ細工の予定が入っていたのだが、山に一瞬のうちに押し潰された。
1月には珍しいという冷たい雨のなか、静かな木々の間、深い雪の上をかんじきで歩いてゆく。
前にあるのはライフルを抱えた昭夫さんの偉大なる背中。
神経を周囲に傾け、会話は一切ない。
それは今までの登山とは、全くの別物であった。
森のなかには鹿の足跡が縦横無尽に伸びていた。
仕留められた2頭の内、一頭を解体する。
崖っぷちでの解体だった。
脂肪の無い引き締まった筋肉の塊だった。 もう一頭はロープを結び、急斜面を引き上げ、森のなかを引いていった。
母なるの大地の命を見た。
山を森を駆け回り、多くの葉を食らい生きてきた鹿!
鹿は大地の生命の凝縮だ!
動く大地そのものだ!
一体どれ程の命が集まっているのか・・・
肉を食べると直ぐに体が熱くなった。
強すぎるエネルギー。
肉は多く食べるものでは決してないと改めて思った。
昔、狼を絶滅させた僕ら人間。
今、その反動で鹿等が増えすぎ、山が泣いている。
今に生きる皆よ、外部から持ってきた飼料を食べさせ、肥やした不自然極まる豚や牛を味に騙され食べている場合じゃないぞ♪
鮭
今年は鮭が高くて買えない!
という話をちょくちょく耳にする。
スーパーに行かない(そもそもスーパーが無いので行けない)ので全く分からないが・・高いのだろうか?
ユーコン川を旅してる時、命を燃やし、3000キロの川を遡るなん十なん百匹もの逞しい鮭達を見てきた。
何も食べず、傷だらけになりながら泳ぐ鮭達。
その生き様に惚れ惚れした。
鮭に見習うべきものがあった。
その鮭を捕らえ、命の糧にしているものたちがいた。
インディアンやエスキモー等の原住民、熊やカワウソ、鳥等の動物、そしてハエ等の虫達、そして草木、森・・・僕も旅の間、鮭を食らって生きた。
鮭は子孫を残すためだけに川をのぼってるのではなかった。
海より集めたその命を広大な大地に広げていた。
一匹の鮭で、一体どれ程の生命の波紋が広がるのだろう。
鮭は海と地を繋ぐもの。
その命は重い。
鮭は安いもの?そんなことはない!
鮭は、いや、鮭に限らず、食べ物は全て決して安いものではない!!!
福島県の奥の方にある集落暮らし1週間目
会津の、奥の奥の方にある小さな集落で家を借り、住みはじめてそろそろ1週間がたつだろう。
昨日、朝起きると世界がえらいことになっていた。
一夜にして雪が、すべてのものを覆っていた。
道も庭も車も・・・・前日は何ともなかったもの全てが雪で覆われていた。
すげえぇぇ・・・僕は感動した。
でも雪が多すぎて車が出せない。
それどころか外にも出られない。
僕はシャベルで雪をかいた。
とにかくかきまくった。
そのうち体は暖まり、汗が出てきた。
爽快だった。
早朝の白銀の世界は美しく、その世界でかく汗は爽快すぎた。
埼玉や東京に住んでいた頃、朝起きると散歩やランニングをしていたけれど、それがこっちでは雪かきに代わっただけ。
それも東京や埼玉では見られなかった幻想的な雪景色を眺めながらだ。
火照った体に流し込む汲みたての湧き水が何とも美味しいこと。
バイト(廃校を使って農業をやってる会社で、空いたときに働かせて頂いている)に行く前に温泉に入った。
もう・・僕は幸せだった。
源泉湯に浸かり、意識が遠のく中、もう何もいらねぇ・・と思った。
そんな感じで日々楽しく生きてます♪
1週間たって思ったことがある。
「人が住むのに、こんなにでかい家はいらない」
ということ。
一階と二階合わせて一体何部屋あるのか・・・・とにかく家がでかすぎる。
昔は家の中で馬を飼い、冠婚葬祭なんかもやったそうで、大きな作りなんだと近所のじいちゃんが言っていた。
でももう時代は変わったのだ。
人が住むのに必要最低限の大きさとは、どれくらいなのか・・・・何となく掴めてきた。
昔はとにかく大きな家に憧れを抱いていたこともあるが、それは間違っていた。
これから作る丸太小屋もそれなりに大きなものを作ろうと意識していたが、それも間違っていた。
小さくていいんだ。
大きければ大きいほど、雪や家の管理に時間も労力も気持ちも奪われ、本当にやるべきことに手が回らなくなってしまうだろう。
目的は家を作ることなんかではないのだから!
「あんちゃん、何故こんな真冬に来た!!」等と多くの村人に笑われたが・・・・良かった!
PS 雪国を舐めすぎて両足しもやけになった