白樺の樹液
ザックにタンクを入れ、僕は夜が明けたばかりの外に出た。
太陽はまだ山の影に眠っているが、辺りはもうすっかり明るい。
木の枝先、森の中、家の屋根の上、そこら場から小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
世界は目覚めていた。
それは春と朝を喜ぶ、歓喜の歌声だった。
小鳥の声をただ聞いているだけ清々しい気分になる。
心が、自然と洗われているのだろう。
鳥の鳴き声は、森からの心のシャワーである。
世界中の人が朝、10秒でも良いから鳥達の声に耳を澄ませることが出来たら世界はきっと平和になることだろう。
小さな集落を抜け、僕は山の奥へと続く細い道に入っていった。
ひんやりとした霧が森の木々の間を流れ、早朝の澄んだ空気に包まれた。
気持ち良かった。
その気持ち良さと共に期待感が膨らんでゆく。
沢山溜まっているだろうか?
膨らみ続ける期待は足を軽くし、疲れることを知らずにどんどん山の上へと登って行った。
やがて坂は緩まり、なだらかな平地になると浅黒い森の中で白く輝く木が見えてきた。
白樺の木だ。
いよいよ歩く足は速まってゆく。
タンク一杯に液体が溜まっていた。
樹液だ。白樺の樹液である。
昨日、師匠昭夫さと一緒に仕掛けておいたのだ。
蓋を開け、ボトルに注いで飲んでみた。
ほんのりと透き通った甘み、その瞬間、木が、森が、春が、ここまで来るまでに聞いた鳥の鳴き声、見た景色、森の静けさ、白樺の生きたこれまでの物語、水の物語、全てが身体の中に入ってきた。
感動が全身にほとばしった。あまりの嬉しさに顔がにやけてくる。
寒くて暗い冬を堪え忍び、春を迎え、長い眠りから覚めて今、木は天に思い切り枝葉を広げ、思い切り生きる為に、雪解け水を力一杯吸い上げていた。
水は上へ上へと上ってゆき、新芽となって空一杯にほとばしる。
それは厳しい環境下での、木の生きる力、木の生命力そのものである。
ビタミンなんとかやカルシウム等の栄養が重要視される現代の世。
それよりも命を燃やす力、生命を維持する力、生命力こそが栄養素なんかよりももっともっともっともっともっともっと根本的で、大事なものだ!
その生きる力、偉大な力がもろに口、喉を通って僕の中に入ってきた。
身体中からエネルギーが溢れだした。
どんな病気もこれ飲めば治るな!と思った。
水は水でも湧き水とは全く違う水だった。
木の中を通ることによって、水はこうまで変化するものなのか。
木は心と魂を持った生きた工場だった。
カナダとアラスカにいた頃によく目にし耳にした白樺シロップ。
この樹液を煮詰めればシロップになるのだろうか?来年挑戦してみようと思う!
この町を、木のシロップと蜜蜂の蜂蜜で溢れかえる町にしていこう!
これから毎朝、起きて直ぐに僕は大好きな森にゆく。
昔からずっとやりたかった、憧れであった樹液採集の日々が始まった。