旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

山の一呼吸

沢沿いに続く林道を歩き、山に入り、稜線に続く杉林を抜けると、やがて原生林に入っていった。
ブナやナラの、大きな老人達が生きる、澄みきった生気の満ちる、神聖な領域だった。
前を歩くのは昭夫さんだ。
熊に猪、鹿が残していった痕跡を追いながら、全神経を山に向け、物音をたてないよう、殺気を出さないよう、山の奥へ奥へと慎重に歩いていった。
狭い稜線は曲がりくねって波打ち、両脇には落ち葉の積もった秋の大地が、谷底に向かって落ちていた。
風が吹きあげる度に、木々にぶら下がる枯れ葉がカサカサと音をたてて揺れ、森全体が歌いだす。
そんな中、視界の中で、他の葉が落ちない中を、ある一枚の枯れ葉がヒラヒラと舞いながら地に落ちていった。
その儚い一瞬の出来事に何故か心を奪われ、足が止まった。
一体何故、あの葉だけが落ちたのだろうか・・
しかし考えても分かるはずもなく、僕は再び歩き始めた。

稜線を降り、ブナが立ち並ぶ森の中、ふかふかの厚い枯れ葉の上で僕らは休憩をとった。
寝転び、見上げると、複雑に入り乱れる森の天井が、青空と共に模様となって広がっていた。
風が吹き、木々が揺れ、無数の枯れ葉が魚の様に宙を流れていく。
風が川となり、森の中を流れていた。
それは見事な景色であり、心は満たされ、気持ちが溶けていった。
その時再び、枯れ葉が一枚だけ、ヒラヒラと舞い落ちてきた。
春に芽吹いてから数ヵ月の間、樹上で揺れながら陽を浴び、木の命を支え、木と共に生きてきた一枚の葉。
それが最後、木から離れて地に降りてきていた。
葉にとってそれは、一生に一度の一瞬の旅である。
無数に立ちならぶ木々に見守られながら、小さな葉が親元から離れて旅に出ていた。
波打ちながら落ちるもの、一直線に落ちるもの、くるくる回りながら落ちるもの、風に乗り、遠くまで流れ落ちるもの。
一枚として同じ動きをしている葉はなく、それぞれの歩みを、皆が皆、生きていた
そんな旅する彼らの姿が僕の心を捕らえ、釘付けにした。
葉一枚一枚が喜びとなって落ちていた。
厚く積もる枯れ葉の大地は、彼ら小さな旅人達の喜びで満ち溢れていた。

山はなんとゆっくり呼吸をするのだろう。
春に、多くの命に生命を惜しみ無く分け与える。
虫も鳥も獣達も皆、貰った生命をみなぎらせ、地上を走って飛び回る。
草木は思い切り伸びに伸び、大地を緑一面に埋め尽くす。
そして秋となり、今、彼らに受け渡した命を再び山は吸収していた。
吐いて吸う、一年がかりの山の大きな一呼吸が終わろうとしていた。
呼吸とは流れる四季であり、移り行く変化こそが呼吸であり、生きることであった。
その大きな一呼吸の間に、多くの命の営みが生まれ、そしてそれら全てが再び大地に返ってゆく。
一呼吸一呼吸、命の物語を蓄えて山は成長してきたのだろう。

寝そべり、上を見上げながら僕は一人、大きな感動に包まれていた。
近くに座る昭夫さんが言った。
「見ろ、一本として真っ直ぐに立つ木がない。皆、雪に押されて幹が曲がっている。それでも死なずにしっかり生きて上に上に伸びているんだ。根を見ろ。あんなに酷い斜面でも転がり落ちないように、頑強な根を張って生きているんだ。奴らの傷だらけで曲がった外見は、真っ直ぐに伸びる木よりも酷いもんだけど、そこにこそ生きる強さがあるんだ。内側にこそ本当のかっこよさがあるんだ。それは人も同じことだ。結婚相手を選ぶ時にはお前、必ずそこを見ろ!」 昭夫さんの口から発せられる魂の乗った言葉。
その人生において、ほとんどの時間を山に捧げてきた人の言葉は重く、ずっしりとくる。
山の深く、染み入る言葉が周りを取り囲む木々達と共に入ってきた。
山の中での語りは、そこでしか見られない世界を見せてくれる。
もうこの深みある世界から僕は抜けられないだろう。
鹿に先に僕らの存在を知られ、獲物をとるという猟は失敗したが、それ以上に、山からの教えを多く受けた、別の猟は大成功であった。
そして結婚する相手は、その人の今まで生きてきた道をしっかり感じて、惚れよう!

 

 

 

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