旅する蜂ブログ

奥会津の地球暮らし

~マタギの見習い~ 自然を愛し、地球の詩を書き、奥会津の山奥で素朴に暮らす

ユーコン近づき難し

 

今日は情報収集の日。ユーコンに関する本を読もうと図書館へ行った。約100年前のゴールドラッシュ時代に金に惹かれ、北米大陸ユーコンへ渡った人々の事やアメリカの不況が当時どんなものであったのかが知りたくなったのだ。

手にした本は20世紀のアメリカ人作家・ジャックロンドンの生涯を描いた「馬に乗った水夫」。

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ジャックロンドンとは「海の狼」、「極北の地にて」、「野生の呼び声」などの作品で当時のアメリカ文学に強烈な衝撃を与えた大作家だ。

彼はまた青年時代に一攫千金を夢見てユーコンに渡った、夢追い人の1人であった。そんな彼の一生涯が書いてあるこの本を読めば、その当時ユーコンに渡った人々やアメリカの状況がどうであったのかを少しは知ることが出来るだろう、と思ったわけである。

 

 僕はソファに腰掛けてページをめくっていった。450ページにもなるぶあちぃ本で、冒頭は両親の生い立ちから、まだジャックが生まれる前の話で始まった。

それは僕にとってあまり面白みが無く、読むペースはノロりと緩やかなものであった。やがてジャックが生まれると、いきなり面白みが出てきた。極貧生活を強いられた幼・少年期、そしてその極貧生活から抜け出す為に船を買い取って海賊となり、牡蠣養殖場を荒らし回る青年期。

読んでいる内に僕は、自分自身とはかけ離れた波乱万丈の人生に魅せられ、本に夢中になっていった。

そして・・・あと少し、あと少しでジャックは金を求めてユーコンへの旅が始まるかもしれない!!ついにユーコンへの旅が始まるんだ!読むにつれてそんな高揚感がブクブクと泡立ってきていた。

しかしその高揚感は突然消えてなくなってしまった。

プーンとなにか腐ったような、生臭い臭いが鼻に付いたのである。くさい‼何だこの臭いは‼僕はハッとなり、隣を見た。すると僕のすぐ隣で、わんぱく小僧がきゃっきゃと数体のウルトラマンのフィギアで遊んでいたのである。

よく見ると、靴も靴下も履いてない足は古ぞうきんの様に茶色く汚れ、その足を僕に向けており、臭いはその足から漂ってきていた。

その臭いにより、僕のか細い集中力はいとも簡単にプツンと千切れてしまった。

この小僧は何処から、何故靴を履いていないのだろうか。

臭いと言えば、俺のランニングシューズ。このひと夏ですっかりと臭くなっちまったな・・・そういえばあの靴洗って外に干したままだった、しまわないと。ジャックロンドンの足も臭かったのだろうか?海賊として船に乗っている間、一体どんな臭いがしていたんだろうな・・・。などと臭いにまつわる思いが次から次へと生まれてくる始末。僕はすっかりと上の空となり、心は何処かとんでもない所へ行ってしまった。

だめだ、止めだ!僕は本をぱたりと閉じ、気分を一転する為に全く別のジャンルの本を開いた。

ジョンタ―クの「縄文人は太平洋を渡ったか」という本で、筆者・ジョンタ―クがカヤックで北海道からアラスカを目指し、大陸伝いに太平洋を3000マイル航海する航海記だ。アメリカの西海岸で発見された人骨化石が、日本の縄文人のものではないかという学説が出るや否や、縄文人が日本から本当にアメリカまで行ったのかどうかを自ら実証したいと思いに駆られて冒険に出たのである。

昨日、「今テレビでジョンタ―クって冒険家が出てるんだけど、友磨おまえみたいな奴だな」そう親に言われ、ジョンタ―クとは一体どんな人なんだ?と気になってしまったのだ。

足の臭いは相変わらず漂ってきてはいたがそれにも慣れ、ジョンタークの冒険の放つ魅力に引き込まれていった。気がつけば図書館の閉館時間が迫っていた。

結局本来の目的であったユーコンに辿り着くことが出来ず。足の臭いごときで途切れるか弱い集中力をどうにかせねばと悔い改め、ユーコンにはまだまだたどり着けそうにないなと思う一日であった。

 

1枚1円の名刺

 

 雑誌の編集者と打ち合わせを行うにあたり、直前で僕は大事なことを思い出した。

名刺が無い・・・

会社を退職して世を徘徊するハイエナ・・・いわゆるフリーになったはいいが、まだ名刺を用意していなかったのだ。

何とかして早く作らなければ!!そう焦って今頃急いで外注した所でもう間に合わない。

こうなったら自分自身でこしらえるしかない。

僕は飛び上がって家の中をガサゴソ引っ掻き回し、何か使えそうなものは無いかと血眼になって探した。

幼い頃に毎日毎日草むらに入って昆虫採集をしていた僕は、昆虫を探す目が鍛えられていたのかもしれない。ものの数分でいいものを発見した。

モンベルの紙袋である(昆虫ではなかったが)

丁度よい固さに、しなり具合、色も野生ぽくて、見た途端これにしようと即決した。


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そういう訳で急遽僕は肩書をとりあえずはフリーライターにし、名刺作りをした。

ほんの一時間前のことである。

手順は以下の通りだ。

 

①慌てふためきながら、ワードで名刺のテンプレートを作る

②コンビニへ駆け込んで、A4サイズの普通用紙で印刷する

③手をベタベタと汚しながら、糊で紙袋に張りつける

④指をちょん切らぬよう慎重に、切る

(総計は10円(白黒プリント代一枚分)だ)

 

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いらぬ言葉を加えたことで、一見複雑そうに見えるのだが・・・

実際は実に単純で簡単なものであった。しかも1枚あたり、1円というなんともお財布に優しい値段なのである。

ただ、一枚作るのに時間がかかるのが難点ではあるのだが。

作っている最中、受け取った人の事を考えると嫌でも丁寧になり、少しの緊張感が帯てきて、それがなんだか楽しかった。

 営業時代は会社に頼めばいくらでも簡単に何枚でも名刺が手に入り、一枚の名刺の重みなど微塵も感じなく、あげなくてもよい人にまでやたらめったらバカみたくばらまいていた。(元上司の皆さん、これ見た時には怒ると思いますが・・・、ごめんなさい)

だけど今はそんなことは決してできない。

自分で時間をかけて作ると気がついた。

名刺一枚にしても、丁寧に一枚一枚作るとこんなにも情が移るのか・・・と。

一枚の重みがあの頃と比べ数十倍にも増していた。

気がつくのが遅過ぎである。

これは名刺に限った事でないであろう。

 

これから日々生きながら考えて、もっともっと面白い名刺を作っていこうと思う。

版画の名刺もなんか面白いかもしない!

自ら文明に逆らって、これからは時間がいくら掛かろうと、どんどん時代を逆行して行こう!!!!

 

 

 

 

便所の中の戦い

 彼(以後K)がなんと言おうと、僕はそれに従うしかなかった。
その空間はKの支配下にあり、不動の権力を有する王の下、僕は小さな下人。
だからKの言いうことには決して逆らえないのであった。
そこはKのアパートであり、僕は彼に1晩泊まらせてもらっている身であったからだ。
そんなKに謝らなくてはならないことがある。
 
 その日東京に用があった僕は、夜遅くに満員電車の中帰るのが億劫だったので、その晩泊めてくれとKにお願いした。
Kは快く受け入れてくれた。
 その夜、そんなKが僕にある一冊の本を勧めてきた。
原田マハさんのスピーチライターを題材にした小説「本日は、お日柄もよく」だ。
なんだこれ?ほんとに面白いのか?手渡された瞬間に疑念が渦巻いた。
どうせまた教育関係の本だろう・・・学校の教員をしている彼が読む本はたいてい教育関係の本であり、それらの本は僕の興味を全く引かない。
それでも勧められたのだからとりあえず手に取ってみた。
じろじろと表紙を眺め訝しむ僕に、Kはこう言った。
「今まで読んできた本の中で、その本は10本指に入るよ!」
へぇそうなんか。その言葉に背中を押され、ようやくページをめくった。
テンポと切れが良い文体に、すらすらと活字が頭に入り込んでくきた。
教育関係の本では無く、読み始めて数分後、ユーモアあふれる文章にやられ、読む前に抱いていた疑心はすっかりと消え去り、気持ちはすっかり愉快になっていた。
次はどんな展開が来るんだろう!ようやく気分が弾んで来たと思ったその時、絶対的な権力が猛威を振るった。
Kはとろんとした目をしながら、夢中で読みふける僕にこう言ったのである。
「もう寝ようかな」
まだ読み始めて間もなく、20ページ程しか読めていなかった。まだあと350ページ程残っている。
自ら勧めといて、その直後褒美を取り上げるかのように、こんないい所で中断しろというのか?
その部屋の電気は天井に付いているそれのみで、卓上電気は無なかった。天井の電気を消したら部屋の中は真っ暗になるのである。
本など読めるわけがない。それでも彼に従うしかない。
蟻の様にちっちゃな身分の僕が、部屋の主であり絶対権力を持つ王であるKに逆らうことなど出来やしない。
僕はKに合わせ、電気を消し、読みたい気持ちを無理やり抑え込み、眠ったのである。
夜の10時半であった。

 なんの前触れもなくパッ目が開き、僕は目覚めた。
「あぁいつものあれか・・・」目覚めた瞬間僕は思った。
癖である。なにか面白い事があると興奮して夜な夜な目が覚めてしまう癖を僕は持っていた。
昨日読みかけていた本に共鳴してその癖が顔を出したのである。
しかし電気を点けられないので、読むことは出来ない。
時計を見るとまだ3時半にもなっていなかった。
おいおいなんて時間に目が覚めるんだと・・・その恐ろしい事実を知り、もう一度眠ろうと目を閉じるが、エンジンがかかって火照った心がそれを許さない。
この興奮を静める為には体を動かす他に方法は無い。
よしっ‼と意気込んで僕は再び目を開け、体を起こして部屋を見渡した。
暗くて殆ど何も見えない。近くでスース―とKの寝息が聞こえてくる。
Kを起こさぬようソロソロと部屋を抜け、僕は太陽がまだ眠る冷え切った外へ飛び出した。
何処かへ行く当ても無く、ふらふらと東京狛江市の住宅街を歩きだす。
街は寝静まり人っ子一人いない。道路の至る所にぼんやりと外灯が灯り、いくつか星が輝いている。
何処からかピューと寂しげな音が聞こえ、風が吹きつけて来ては鳥肌を立たせる。
この物静かな世界で、素っ頓狂な僕の興奮だけが猛っていた。
僕はとりあえず走った。走っては歩き、また走り出し、猛りを発散するしかなかった。
 そうして1時間程経った頃、ぼんやりと輝く外灯を見てある考えが頭をよぎった。
「この外灯の光で本を読めばいいんじゃねぇか!!」
画期的な発想に気持ちが弾み、僕は一目散にKの眠る家に帰った。
時間は4時半、Kが家を出る6時半まで2時間はある!
2時間で350ページ読めるだろうか・・・?いや流し読みしてでも読んでやる!
僕のエンジンはさらに熱くなっていった。
しかし本を持ち出して、部屋を出ようと廊下をソロソロと歩いている時だった。
さらに素晴らしい考えが閃いた。
「便所の中で読めばいいんだ!!」
外よりも暖かく、そして安心して座れる。今の状況でこれ以上の条件は無いであろう!
早速僕は便所に滑り込んで便器に座り、悔しくも昨日読めなかった本の続きを読み始めた。
あと1時間半、読め読め読みまくれ!!僕は全力で活字を頭に突っ込んでいった。

 30分程経った頃、僕は大学時代に友人から何気なく聞いたある言葉をふと思い出した。
「知ってたか?洋式の便器に長く座ると腸に負担がかかるんだってよ!」
なんでそんな言葉を思い出したのか・・・恐らく普段決してしない便器に長時間座るという珍奇な行為が、過去の苔むしたどうでも良い記憶を呼び起こしたのだろう。
僕は便器に座りながら心の中でこう呟いた。
腸耐えてくれ、あと1時間ほど。負担をかけちまうだろうけれど・・・我慢してくれ。
自らの腸にわびを入れ、再び気を取り直す。
普段の何倍もの速さで読むものだから、目は疲れ、頭がフラフラしてきた。
それでも負けじと活字をさばいていく。
あと180ページ・・・150ページ・・・100ページ・・・50・・・目が熱くなっていた。
鶏もまだ目をこする早朝から、便所と言う狭苦しい空間で僕は1人懸命に戦っていたのである。
 突然壁を通してやかましい機械音が鳴り響いてきた。
Kの目覚ましだった。気がつくと既に時間は6時を過ぎており、Kが起きた。
僕は負けた。残り40ページを残して本を読み切ることが出来なかった。
はぁ~とため息をついて目を本から離した。一気に力が抜け、痛快な脱力感が全身隅々まで染み渡る。
狭い便所から抜け出した時にはまたそれをさらに上回る快感が襲ってきた。
便所から出た僕は何事も無かったかのようにおっすと挨拶し、眠たそうにそれに答えるK。
外に出ると眩しい陽射しが降り注でいた。これから世界では新たな1日が始まろうとしている。
早朝から1人バカみたく熱くなって・・・なんだか得をしたような気分になっていた。
今日絶対に何かいいことがある!!そんな気がし、今日の僕の1日はすこぶる爽快に始まっていったのである。
 
 Kと別れるまで僕は言えなかった・・・からここで謝ろうと思う。
本を便所に持ち込んですまん。

雪山の毛虫

 その夜、空に雲は無く、近くに夜の輝きを霞ませる人工光も一切なかった。

透き通った空気の中、無数の星々が夜空一面をびっしりと覆い尽くしていた。

時々吹く微風が笹の葉をカサカサと揺らし、山の稜線の窪みに張られた小さなテントの中にスー…と入り込む。

ボーボーと音をたてて吹くバーナーの火がゆらりと微かに傾く。

バーナーの上にはコッフェルが置いてあり、キムチの香りを漂わせながらグツグツと具が煮えている。

僕らはそれを囲って箸で突きながら、静かで心地よい夜を堪能していた。

雪山の装備の点検と、雪山トレーニングでの谷川岳・西黒尾根のことだ。

 

「うちに来るなまはげは皆よぉ、足がフラフラしてて酔っ払ってんだ」

なまはげを一度も生で見たことの無い僕にとってその言葉はとても新鮮で、現地に生きた人だからこそ言える重みがあった。

へぇ―――・・・と相槌を打ちながら、僕は頭の中でべろんべろんに酔っ払っているなまはげを思い描いていた。

「何でなまはげが酔っ払うんですか?」

「それはな、なまはげは訪れる家々で酒を飲んでけと言われるんだ。だからよ、家を回るたんびになまはげって奴ぁは酒を飲んでんだ。酔っ払ってても小さかった頃の俺にとっては恐ろしかったがな」

なまはげだけでは無かった。貧乏だった青年時代、無賃乗車で必死に駅から脱走した話、雪山で一夜にして1mの大雪に降られ、山に3日間閉じ込められた話、蟹族と呼ばれていた話・・・刺激的で心を躍らす話が次から次へと火を噴いていた。

なんたって、僕以外の3人は皆もう60歳を超えており、僕の3倍近くも生きているのだから。人が生きてゆく中で他の人と同じ人生など1つもあり得ない。人が生きた数だけ、この世の中には多彩な人生があるのである。僕は3人の口から出てくる物語にジッと耳を傾けていた。

    そして数時間にも及ぶ会話が落ち着いた頃、テントの外に顔を出して、ふと上を見上げてみた。

暗闇の中ぼんやりと聳える谷川岳の背後から、夜空に弾ける様に星が散らばっていた。僕はしばらくの間、滅多に見られぬその星空に見入り、その後テントに戻って眠りについた。

 翌朝(今日12月4日)は晴れ渡った空から、さんさんと陽光が降り注いでいた。

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暖かい太陽に恵まれて意気揚々とテントを畳み、下山しようとしたその時である。

足元の真っ白く傷の無い雪面に、黒くて枝の様なものが目に入った。

黒糖かりんとうを持ってきていた僕は、初めそれを見た時、「かりんとうを落としたんかな」と思った。しかしそんな所でかりんとうを開け覚えも無く、ましてやそこでザックを広げてもいなかった。

一体何だろう、なにかのうんこかな?と顔を近づけて見てみると、その黒い物がウニリッと動いた、かと思うと、一うねり、二うねりとうねって雪面上を移動していくのである。

毛虫だった。真っ黒い毛虫が、冷たい雪の上を這っているのである。

毛虫??毛虫が・・・こいつはなんでここにいるんだ・・・?

そう疑問が浮かんだ瞬間、僕の頭の中で想像が四方八方に弾け飛んでいった。

 

 毛虫は繭を作ってサナギで越冬し、次の年に成虫の蝶となって空を飛び回る。それが定められた毛虫の運命である(※全部が全部ではないが)。しかしそいつはそんな決められた運命に逆らい、蝶になる事を捨ててまで大冒険に出たのである。何百といる兄弟の中でまだ誰も行ったことない、足を踏み入れたことも無い谷川岳の頂だ。食べる葉も無く、大雪が降り積もる中で越冬する事など不可能である。そこへ行くことは毛虫にとってはつまり死を意味する。それでもそいつはありきたりの運命に逆らって命を捨ててまで冒険に出たのである。まだ見たことの無い世界に対する強く熱い念望に動かされて。秋、そいつは繭になることはせず、ずっと機会をうかがっていた。誰かが自分の傍に腰を下ろすのをジッと待っていた。しかし時は流れ、冷たい雨が降り、その機会は一向に現れず、刻一刻と寒くなる空気の中、柔らかく黒い身を丸めて震わせて、自らの命の限界が近づいていることをひしひしと感じていた。今日明日、もう来なかったら死んでしまうだろう・・・そう思った時、僕らの誰かがそいつの傍に腰を下ろしたのだ。そいつは“今だ!”と意気込んではっしとザックの布にしがみ付き、僕らと一緒に山の上へ上へと登っていったのである。今まで見慣れた生い茂る草木の景色は変わってゆき、ついには白銀の世界が辺り一面に広がったのである。

 

 どこへ向かっているのやら、ウネリウネリと小さな体をうねらせて、そいつは僕の足元の冷たい雪面を這っていた。僕はそいつをそのままいじくらずにそっとし、山を降りて行った。いじくることも何もできなかった。そいつの思うがままにしてやろうと。決まりきった運命を変えてまで冒険したのかもしれない、そいつに何だか親近感が湧いてしまったのだ。

そいつは恐らくもう間もなく死んでしまうことだろう。そして虫社会では今頃、山の頂へ旅立った、ある若い一匹の毛虫の話題で持ちきりだ。

 

※毛虫の物語は四方に飛び散った妄想の一欠けらである

 

北米の広大な荒野へ行こう!!

 静まり返った真っ暗な部屋の中、暖かく心地の良い布団にくるまれながらも僕はなかなか寝付くことが出来ずにいた。噴火する山の如く、マグマの様に心の奥底から興奮がゴボボコと湧き出てくる。

こういう日が何日も何日も続いている。

自由のききにくく重たい体は狭苦しい小さな東京にあっても、身軽でどこまでも好きな所へ行ける心は、東京から遠く離れた広大な北米の大自然の中を、ふらふらと漂っていた。僕は頭の中で荒野を1人、カヌーで川を下っているのである。

 

  今からおよそ100年前、アメリカから10万を超える人々が北米の荒野にやってきたという。目的は金だ。カナダ・ユーコン準州のドーソンで金が発見され、それを聞きつけた人々が一攫千金を夢見たのである。しかし、夢はそれ程までに甘いものではなく、大自然の猛威に晒されて、何人もの人々が命を落としたという。まさに命がけの金堀だ。

僕は毎夜布団に潜り込んでは自分自身に問いかけていた。もし仮にその当時のアメリカに僕が生まれていたのならば、彼らと同じように金に惹かれて北を目指していただろううか・・・?と。出る答えはいつでもこうである。行っちまっていた!たとえ周りから猛反対を受けてもそれらを押し切ってでも行っちまっていた。

そしてゴールドラッシュから100年経った今現在、僕はまさにその北米の地に向かおうとしている!目的は金でない。金なんて無い貧乏な僕ではあるが、金が欲しくて行くのではない。北米の大自然が僕を呼んでいるのである!

 

そういうわけで、長くなったが来る2017年、カナダ・アラスカの地に僕は行ってくる!カナダ・ホワイトホースを出発し、アラスカを抜けてベーリング海を目指して3、000kmをカヌーで下るのだ。荒野の中で一体人々がどんな生活を営んでいるのか・・・。木々に動物達、川に山々が一体どんな姿を見せてくれるのか・・・。それらをじっくりと記録しながら、ゆっくりとカヌーで下るのである!

 

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赤線:カヌー

黄線:陸路(たぶんバス)

黒線:海路(おそらく飛行機)

あぁ、あと残り数か月・・・寝付けぬ夜はまだまだ続きそうである・・・。

 

あ、北米に行く前に日本でまずやりたいことがあった!

それは・・・「雪かき東北縦断の旅」である。  

引っ越し

  幽霊が出ないこと、そして窓は南向き、この2つが何よりも大事であった。その2つに的を絞って借りるアパートを探していたのが今から1年9ヶ月前である。幽霊は大の苦手である。やつらは過去数度にやたり僕の心臓を干し柿の様に縮み上がらせたものだ。あの恐怖といったらもうたまったものじゃない。今思い出してもゾクリと全身を震わせる。幽霊が苦手である僕はそういう訳で、幽霊が出ないことがまずなによりも大前提であり、それと布団が干せる南向きの窓があるならばもうアパートなんてなんでも良かったのである。たとえトイレと風呂が一緒だろうが、共同だろうが、公園のものだろうが、あらゆることは問題でもなんでもなかった。そんな適当さ加減で部屋を探していたものだから、いざ部屋が決まった時に不動屋さんがこう言ったものだ。「いやぁもうほんとにありがとうございます。こんなに簡単に部屋が決まるなんて初めてですよ!」幽霊は出ないし布団は干せる、1年と9ヶ月間このアパートは十分満足のゆくものであった。しかしこのアパートとももう直ぐお別れである。退職を機にアパートを引き払うのだ。そういう訳で僕は今日、部屋の中を整理した。

 

養命酒

「友磨お前・・・その年でもう養命酒なんて飲んでるのか?」1年9ヶ月前、引っ越して直ぐに、部屋に来た親父が台所に置いてあるゴツイ1ℓ瓶の瓶養命酒を見てゲラゲラと笑った。

「いや、それ地元に帰る友達がくれたんだ。荷物を軽くしたいからいらねぇって言うから!俺はまだ飲んだことないけど、欲しいならあげようか?」

弱っている体を元気にさせてくれる養命酒。僕の持っているイメージでは年寄りが飲むものだったのだが、そのイメージは見事にひっくり返された。まさか同期のK(当時22歳)が飲んでいるとは驚いたものである。Kはそんなに疲れていたのだろうか?養命酒に頼らざるを得ない程、体が衰弱してしまっていたのだろうか?23歳という若さで?それらの疑問は今だに晴らせずにいる。あれから1年9ヶ月、結局僕は一滴も飲まなかった。今日まで存在すら忘れていた。引っ越すにあたり、ゴツい1ℓ瓶の養命酒は重い荷物である。誰か欲しい人は居ないのだろうか・・・。今ではKの気持ちが良く分かる。もしかしたらKも知人友人の誰かが引っ越す時に貰ったのかもしれない、そしてその知人友人も誰かから貰ったのかもしれない、その誰かも・・・そうやって巡りめぐって今僕の手元にあるのかもしれない。

 

トイレのスッポン

 あれは引っ越してまだ間もない時のことであった。春の涼しい夜風を部屋に招き入れながらのんびりと本を読んでリラックスしていると、突然玄関がドンドン音をたてて激しく叩かれた。せっかく自分の世界を作り上げていたというのに、夜中にそれも玄関を思い切りぶっ叩く正体不明の人間に少しの不快感を覚えて僕は立ち上がった。玄関を開けると若い男女が2人、額に汗を垂らしながら立っている。男は2つ隣に住む大学生であった。

「トイレのスッポンありますか?今トイレが詰まっちゃってて大変なんです!」それが男の第一声であった。

「いやスッポンは持ってねぇな・・・すまねぇ」僕はスッポンを持っていなかった。

「ちょっとトイレ見ていいですか?」

「いいけど本当にねぇよスッポンは」

そう言って彼らは部屋にズカズカ上がり込みトイレを覗いてきた。こんな図々しい奴は初めてだった。

「あ、これ使えるんじゃないですか?」男はパイプクリーナーを手に取って目を輝かせた。

「いや、どうかなぁ・・・それか隣のAさんに聞いてみれば?優しいからもし持ってたら貸してくれるんじゃねぇかな」

「ほんとですか?!聞いてみます!」

「あぁ、行ってみな。玄関明けたら先ず“こんばんは”は言えよな!」

そう言って彼らはドカドカと僕の家から出て行った。玄関がガチャリと閉まり、再び部屋には静寂が舞い戻った。

 

 トイレと風呂場を覗き、ふとあの訳の分からない一件を思い出した。

 

足の折れたテレビ

 夜中、玄関を叩くのは何もその大学生だけではなかった。NHKの集金と名乗る彼らは諦めずに蛇のようにしつこく攻めてきた。だが、僕は鋼鉄よりも固い決意を持っていたものだから、たとえ法律を出されようと決して怯まなかった。ピクリとも動かぬ僕を前に、彼らは段々と熱を帯びてゆき、声に力が入り、募るイライラが目に見えてくる。テレビを持っているならば払う必要がある!彼らはいつもそう言う。しかし僕は断固として引かない。そうしていつも10分程戦いが続き、いつでも彼らは敗れ、背中に悔しさを滲ませてとぼとぼと帰ってゆくのである。

 たしかにテレビは持っている。しかし立たないのだ。テレビの足が折れていて壁に立て掛けないと立たないのである。テレビも友人Iから譲り受けたものだった。そして、最初から足が折れていた。今思えばなんでそんなテレビを貰ってしまったのか・・・理解に苦しむのだが、当時の僕は貰ってしまったのだ。そんな足が折れていて不安定極まりないテレビは引っ越して早々物置の中に入ってしまった。それからかれこれもうずっと物置の中に眠っている。元々テレビを見ないので苦にもならないがもう何ヶ月テレビを見ていないのだろうか・・・。テレビは僕の部屋からその存在を完全に消し、今までずっと物置で息を潜めていた。そして今日物置を整理している時に、そのテレビは僕に静かに牙を剥いた。足の折れて横たえるテレビは僕にどう処分しようかと悩ませたのである。

 

 まだまだある。上の3つはほんの一部であり、整理すればするほどこの部屋での思い出がボロボロと出てきた。東京での生活は1年9ヶ月と非常に短いもので終わった。今までの人生を思い切りぶっ壊し、これから僕は山に川に荒野に・・・世界中の自然を舞台に活動していきます!!詳しくはまた後ほど

越後三山縦走 ~所長からの選別~

 その日、東京都世田谷区のある建物の中は普段よりも荒れ狂っていた。電話は止むことなく鳴り響き、FAXに印刷機は休むことなく次から次へと紙を吐き出し、社員は皆PCの画面を凝視しながらカタカタと絶え間なくキーボードを打ち鳴らして、舞い込んでくる仕事を処理している。そうこの日11月4日は、昨日の文化の日・祝日明けともあって仕事がいつもより溜まっており、社内は普段よりも目まぐるしく動いていた。そんな中、僕の机はすっとぼけたようにガランとしている。トイレだろうか・・・?5分程待ってみる。だが、僕は現れない。買い出しだろうか・・・?30分程待ってみる。だが僕は現れない。外出しているのだろうか・・・?3時間程待ってみる。あぁやっぱり現れない。営業が休む時や外出する時、出張する時にその旨を書かなくてはならないホワイトボードが壁にぶら下がっている。そのホワイトボードの僕の欄には何も書かれていない。はっちゃん・・・一体はっちゃんはどこへ行っちまったんだ?僕の隣の席の常井さんは、いつまでも現れない僕の行方を疑問に思っていた。常井さんの斜め前には久末所長が険しい顔でPCを睨んでいる。180㎝を裕に越える背丈に、ライザップで鍛え上げられた筋肉を全身に身に纏った、仁王様の様な久末所長がPCを睨むその姿は気迫に満ち溢れている。常井さんはその巨大な背中を椅子の背にググッと寄りかながら眼鏡を上げて、いつもののほほんとした調子で尋ねた。

「所長、あれ、はっちゃんは・・・?はっちゃんは今日、休みですか?」

「八須?あぁあいつは今山、山に登ってるよ!」所長は顔を一瞬だけ緩ませてPCから離し、再び険しい顔に戻してPCに向き直った。

「山ぁ・・・山かぁ」常井さんはそう呟いた。

そう僕は会社から200㌔以上も離れた新潟県の山の中に居た。

 

 その一週間前の週に、僕は、断られるだろうな~・・・無理かな~・・・そう心の中で呟きながら、玉砕覚悟で久末所長に11月4日を有給休暇にして貰えるよう申請した。

「まじか・・・おいおい4日かぁ・・・」所長はそう呟き、眉間に皺を寄せて悩んだ。その間、僕はやや下を見ながらジッと動かず、所長の頭に念を送っていた。許してくれますように、許してくれますようにと。その甲斐あってか返事は予想外に早かった。数秒後、所長は顔を上げて、明るい声で僕に言った。

「山だろ?行ってこい!!行ってこい!!!」

それを聞いて僕の気持ちは飛び上がり、満面の笑顔でお礼を言った。

選別だった。それは所長からもうじき会社を去る僕への選別だった。物欲の全く無い僕にとってそれは金や物よりも遥かに価値のある選別であった。所長の大きな懐によって、僕は11月3,4,5,6日と4連休をとれ、その連休で越後三山(越後駒ケ岳、中ノ岳、八海山)の縦走に晴れて挑むことが出来るようになったのである。そうして僕はホワイトボードに有給と書くこともすっかりと忘れ、2日の夜に4人の仲間と共に東京を出て新潟県中越地方へ向かったのだった。

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 11月4日、越後駒ケ岳から中ノ岳に向かう道にも、中ノ岳から八海山に向かう道にも、どこにも僕の姿は無かった。従来の計画ではその日、越後駒ケ岳にある駒の小屋を早朝に発って、中ノ岳に向かっている筈であった。しかし、その道筋のどこをどう探しても僕の姿は無かった。岩の下に隠れているのだろうか・・・?だがいくら岩の下を覗いたところで僕は隠れて居ない。木影で休んでいるのだろうか・・・?しかしいくら木を切り倒して探そうと僕は居ない。それもそのはず、11月4日丸々1日24時間、僕は越後駒ケ岳に留まっていたのだから。天気が予想以上に荒れに荒れ狂ったのである。朝から晩まで大量の雪を伴った風がごうごうと怒り狂った様に唸りをあげて、止まることなく吹き荒れていた。濃いガスが辺り一面を覆い尽くし、何も見えない。雪はどんどん降り積もり、終いには山の上をすっかり雪景色に変えてしまった。本格的な雪山装備で来なかった僕らは、危険だと判断して先に進むことを諦め、穴に身を隠すネズミの様に駒の小屋に引きこもったのである。

 

 小屋の中は僕ら以外に誰も居ない。冬を前に管理人は小屋を去り、世間では平日ともあって無人と化した小屋には人の気配は全くなかった。広間の壁に付いている3つの窓の内、2つは木の板で塞がれて、唯一残る1つの窓から洩れる細々とした光が、暗い小屋内にもれてくる。外は猛然と吹雪いており、差し込む光も貧相極まりない。頼りなくポッポ燃える蝋燭の小さな火を囲って、色彩に富む様々な話がやたらめったら交差する。

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しかし、その蝋燭を囲む人の輪の中に僕の姿は無かった。便所に行っているのだろうか・・・?便所を覗いてみるが僕は居ない。吹き荒れる雪の中、雪だるまでも作っているのだろうか・・・?小屋の周りを見渡すが僕は居ない。遭難してしまったのだろうか・・・?30分程待ってみる。すると、ガチャリと戸が開き、冷たい風と踊り狂う細かな雪と共に、僕は小屋に現れた!両手には水の入った容器が大量に抱えられている。

「汲んできましたよ、水!」

そう僕は、水場で水を汲んでいたのである。

 

 水場は小屋から5分程斜面を下った所にあった。昨日の夕方に小屋に到着した時、雪はまだ降り積もっておらず、難なくその水場を見つけることが出来た。一本のホースからチョロチョロと音を出して湧き出ているのである。しかしこの日、ひざ下まで降り積もった雪が、水場もろとも地を覆い隠してしまったものだから、どこに水があるのか手で足で必死に雪をかいて探さねばならなかった。僕はケージーさん(東京都小平市に住む会社員)と共に、飯を探す野良犬の様に懸命に雪をかいた。ここだったかもしれない・・・そういって雪をかくも現れるのは、黒々とした岩。いやこっちだったかもしれない・・・そういってまたしても現れるのは、ゴツイ岩。いやこっちに違いない・・・そういってもやっぱり現れるのは、憎たらしい岩なのである。吹き荒れる雪が顔を打ち、靴の中に雪が入り、手がかじかんでくる。あぁ一体どこに水があるんだ!水など諦めて小屋に今すぐにでも逃げ込みたいが、水が切れた今、どうしても水が必要なのである。もういっそのこと雪を溶かして作りたかったが、限られた燃料を節約する為に水が必要であったのだ。僕とケージーさんは死に物狂いで雪をかいてかいてかきまくった。“努力はいつか報われる”そんな言葉を今までに何度も聞いたことがある。そして努力は報われた。ついに水場を掘り当てたのだ。辺りを見回すと、その場はまるで堀り荒らされた金鉱の様であった。ほんの小さな水場を探す為に、僕らは力の限りその何十倍もの面積を無茶苦茶に掘り返したのである。そうやって苦労した水を小屋に持ち帰り、コッフェルに入れてバーナーにかけた。

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冷え切った体を温めようとボーと激しく燃える炎を見つめる。コッフェルの底は燃える炎に炙られていた。しばらくしてふたを開けてみると、小さな泡粒がぷくぷくと底の方に出来始めていた。蓋を元に戻し、再び炎に目を戻す。炎はコッフェルの底に激しく燃えたかっている。直ぐに蓋の隙間から湯気が薄く立ちのってきた。我慢して蓋を開けずにしばらく待つ。湯気はパタパタと音をたてて蓋を揺らした。出来た!!僕はそう声をあげて、バーナーの火を消す。その瞬間に炎の音が消えてシンと辺りが静まり返る。カップの中にインスタントコーヒーをばらばらと入れた。コーヒーの薄い香りがほんのりと漂ってくる。湯をカップの中に注ぎ込むと、じゅうと音をたてた。先程とは比べ物にならぬほどの強いコーヒーの香りが一気に鼻をついてきた。唇をカップのふちに触れさせて傾ける。ズズッと音をたてて熱いコーヒーを少量口に流し込んだ。はぁ一息ついて、僕は思った。久末所長、どうもありがとうございます!!所長の大きな懐から生まれた4連休、越後三山縦走は叶わなかったけれど・・・このコーヒーはその無念を埋めるほどめちゃくちゃ美味しいです!!

ありがとうございます久末所長。